「働き方」を再創造する − Murphy社の取り組みから学べること
作成者:竹川 直樹 投稿日:2020年6月16日
過去20年、インターネット、スマートフォン、ソーシャルメディア、さらには機械学習などにより、私たちのコミュニケーションやショッピング、情報収集や学習、消費行動のあり様は、大きな変貌を遂げてきました。みなさまご自身が経験されていることと思います。一方で私たちのビジネスの日常には、これらと同じレベルのユーザーエクスペリエンスが普及しているとは言い難い状況ではないでしょうか。私たちの「働き方」を再創造しなければならない時期なのだと思います。今後数年のうちに、人工知能、拡張現実、IoT(Internet of Things)、クラウドといった新しいテクノロジーはますます進歩していくでしょう。それらテクノロジーの力を借りることで、以下に示す要素を備えた新しい働き方を実現していくことができると考えます。
- チームおよび企業間のより高度なコラボレーション
- 人手による作業の排除、および、反復プロセスの自動化
- より高次元の可視性にもとづいたリアルタイムのビジネス管理
- 個々人の生産性のかつてない劇的な向上
Murphy Oil Corporation(以下、Murphy社)は、石油や天然ガスの探鉱・開発から生産を担う米国に本社を置く企業です。Murphy社は、その油田開発や生産活動の「現場」における働き方の変革に取り組んでおり、そのために様々なテクノロジーを駆使しています。なお、Murphy社のこの取り組みは、SAP Innovation Award 2020を受賞しており、すでに本稼働している仕組みとなっています(以下で紹介するいくつかの動画はもちろんデモデータやデモシナリオに基づくものです)。どういった取り組みなのでしょうか。
「働き方」を再創造する、ということ
まずは、こちらの短い動画をご覧下さい。現場のエンジニアが、モバイルアプリに話しかけ、割り当てられた業務を遂行していきます。モバイルアプリは、エンジニアの音声を的確に読み取り、作業完了の報告を作成してくれます。これらの動作が「タッチレス」で行えることも重要でしょう。次に、こちらの短い動画もご覧ください。現場のエンジニアが、遠隔地にいる同僚の支援を受けながら業務を遂行しています。モバイルアプリにて、現場の様子を映像で共有することで、より適切なコラボレーションが可能となっています。これら新しいテクノロジーの活用により、業務の品質や効率性・生産性の向上を図ることができるでしょう。
しかしながら、これらの動画に示された内容は、新しいテクノロジーの局所的な適用を説明しているに過ぎません。モバイルアプリが実現している内容も、今後、ヘッドセットやメガネ型のデバイスの方が現場での適用においては優位性が高い可能性もあり、ハードウェアの進化もあわせて考えていくことになるでしょう。
ここで、「私たちのビジネスの日常」について考えてみましょう。消費者としてのエクスペリエンスはテクノロジーの恩恵を受けて進化しました。なぜ「働き方」のエクスペリエンスは進化できないのでしょう。大きな理由のひとつに、ビジネス遂行のための統合された「プラットフォーム」を提供、あるいは活用できていないことが挙げられると思います。消費者としては、コミュニケーションやインターネット商取引、オンラインバンキング等のプラットフォームが(それぞれ)あります。例えば、「友達/連絡先」とその「つながり」や、「商品」と「購買履歴」といった“データ”が統合的に管理され、ビジネス活動よりはシンプルではあるものの商品の検索・購買や配送ステータスのチェック、決済等の“プロセス”はそれぞれのプラットフォームで完結します。そして蓄積されたデータに基づき、「レコメンデーション」や、あるいは「写真・動画アルバムの自動作成」といった新しいエクスペリエンスを提供してくれます。
Murphy社の取り組みにおいて、より重要で本質的なことは、動画内の言葉を借りるならば、“IOP=Integrated Operations Platform”、すなわち、統合された業務遂行プラットフォームがそれら新しいテクノロジーの活用をより意義あるものにしている、ということです。そして、何を統合しなければならないのか。Murphy社は、データ、プロセス、システムを統合しています。
まず、「データ」という側面では、上述いずれの動画が示すように、設備の保全に関連する膨大な「作業指示」が、様々な付帯情報(例:作業場所, 作業者, 作業ステータス, 作業履歴)とともに、統合的にかつ標準化された上で管理されていなければなりません。さらにその前提として、関連する設備のマスタデータも標準化されていなければならないでしょう。そして、IoTを駆使して連携される、それら設備からのセンサーデータは、マスタデータとの関連のもとに個別の設置(インスタレーション)ベースと紐付けて収集・把握されなければなりません。設備からのセンサーデータに基づき異常を検知したり、あらかじめ部品の交換や修理を指示するケースも、それら設置ベースのデータを標準化した上で、統合的に管理されていることが前提となります。ちなみに、Murphy社では、800の油田・ガス田から2400万件のイベントが後述のクラウドプラットフォームで統合的に管理されています。
そして、それら「データ」を生成するのは人(もしくは機械)であり「プロセス」です。Murphy社では、全ての作業指示をリアルタイムに把握・管理し、機械学習が検知する緊急性や優先度に応じて、中央司令室からリアルタイムにエンジニアを割り当て、作業指示を出していくことができます(以前はチャットアプリや電話で対応しており、場当たり的かつ時間もかかる突貫プロセスだったとのことです)。そして、作業の実施と完了報告は、それぞれのエンジニアが上述のモバイルアプリを通して行います。中央司令室と保全の現場及びエンジニアが、統合されたプロセスで連携しているということです。
このように、必要な粒度・精度・鮮度でデータを把握しつつ、より迅速かつ適切な意思決定を行えるプロセスを再定義しながら新しい働き方を検討すべきと思います。また、テクノロジーの適用を迅速に展開していくためには、全社レベルで標準化を考えることも重要でしょう。SAPが40年以上の永きにわたって蓄積してきた多様な業界や業務ごとの「ベストプラクティス」を参照しながら、個々の企業に最適なプロセスを検討することもできます。
「システム」に関しては、Murphy社においては、この取り組みを推進する上で「15のシステム」と連携する必要がありました。それらは、作業指示や完了報告などの基幹業務プロセスを担うERPシステムであったり、エンジニアをそのスキル等々含めて統合管理するクラウドベースのタレントマネジメントシステムであったり、マスタデータの標準を担保するシステムであったり、様々なものがありました。Murphy社は、SAPのクラウドプラットフォーム、すなわちSAP Cloud Platform (SCP)を、それら複数システムを統合する基盤として活用し、データとプロセスも含めたリアルタイムのビジネス管理を実現しています。
Murphy社の取り組みについては、ぜひ以下の動画もご参照下さい。デジタル「オイルフィールド」の臨場感・現場感も含め、そのダイナミズムに触れることができると思います。
Murphy社は「15~20%の生産性の向上」を報告しています。モバイルアプリやチャットボットのような、テクノロジーの局所的な適用のみでは、そのような劇的な変革は難しいでしょう。テクノロジーの進化をより有意に活用し「働き方」を再創造するにあたっては、より広い視点で、すなわち、データとプロセスをEnd-to-Endで再定義し、統合されたプラットフォームを確立することが要諦と考えます。
※本稿は公開情報に基づき筆者が構成したもので、Murphy社及び導入パートナーであるIncture, LLCのレビューを受けたものではありません。