マージンを最大化し続けるロイヒルのインテリジェント・サプライチェーン・フォー・アセット
作成者:東 良太 投稿日:2020年10月19日
ピンク色に覆われた大地の壮大な採掘プロジェクト
ピンク色に覆われた大地を ピンク色の重機が縦横に走り回る。ロイヒルは西オーストラリア州のピルバラ地域で行われる鉄鉱石採掘プロジェクトだ。日本の総合商社である丸紅も15%を出資するこのプロジェクトは、ハンコック・プロスペクティング社のジーナ・ラインハート会長が描いた構想を具体化して始まった。年間6,000万トンを採掘し、ポートヘッドランドに積出港を1つ、積載船2隻とシップローダーを1基保有し、輸送用鉄道は344kmにおよぶ。
Roy Hill – Where we Work ※画像クリックでビデオが再生されます
ロイヒルの紹介ビデオ。ピンク色に塗られた巨大な設備がダイナミックに採掘活動を行う。
鉱山業界のイメージは巨大で屈強な男の世界ではないだろうか。ピンク色は似合わないと思うかもしれない。しかしロイヒルの鉱業活動は驚くほど自動化され、洗練されている。女性従業員の割合は20%を占め、トラック運転手や採掘機オペレーター、マネージャーなど様々な職種についている。ロイヒルのビジョンはこうだ。
”人々が貢献し、潜在能力を発揮できる、鉱業ビジネスをハイ・パフォーマンスに行う”
そのために以下の組織を目指す
- イノベーション思想を中心としたナレッジに基づく
- 約束したものを確実に届ける
- 従業員がロイヒルの目標達成を考え積極的に貢献する
- 各分野で最高の人財をひきつけて維持する
- 合理化プロセスによりハイ・パフォーマンスな結果をもたらす
ハイ・パフォーマンスという言葉が使われている。実は、オーストラリアのピルバラ港の認可局はロイヒルが出荷できる鉄鉱石量を年間6,000万トンと定めている。このためロイヒルは、通常の鉱業のように採掘量のみを重要視していない。鉄鉱石の品質とグレードを一貫させ、ローコストな鉄鉱石を持続的に生産することで、マージンを最大化することにフォーカスしている。
マージンを最大化し続けるためのロイヒル戦略
マージンを最大化し続けるためにロイヒルが行っていることは、徹底的なオペレーション統合だ。5つのオペレーティングモデル(ガバナンス、デマンド、サプライ、ピープル、インプルーブメント)は、鉱業機能(採掘、処理、鉄道運搬、積出港)に横串をさして配置されている。これにより、鉱業機能別にサイロ化されることなくEnd to Endで統合され、最適化された運用を行うことを可能としている。
出典:2017 SAP Metals & Mining Summit Moscow
一例をみてみよう。ロイヒルが保有するすべての設備とメンテナンス供給は、設備の可用性を最大限に引き出すことを目的に、SAP インテリジェント・サプライチェーン・フォー・アセットで統合されている。
ロイヒル:インテリジェント・サプライチェーン・フォー・アセット
※画像クリックでビデオが再生されます
面白いのは設備メンテナンスをリフレーミングしていることだ。設備をお客様と捉え、設備の情報(Voice of Asset)を元にメンテナンスという製品を供給し、可用性を最大限に引き出す仕組みを構築した。
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- 重機や鉄道などすべての設備から出る情報をIoTで集める
- 設備の情報や故障予測アルゴリズムを元にメンテナンス需要予測を行う
- 需要情報はメンテナンスジョブ計画や部品供給計画のインプットとなる
- ロイヒル内の倉庫にあるメンテナンス部品在庫が可視化される
- 需要情報はロイヒル内だけでなく協業サプライヤーまで共有される
出典:2017 SAP Metals & Mining Summit Moscow
例えば、鉄道機関車はロイヒルのネットワークを介して米国のコントロールセンターに直接リンクされており、250以上のデータポイントで監視されている。データはアルゴリズムによって欠陥と必要な是正処理が識別され、機関車整備チームのメンテナンスジョブや、部品供給計画のインプットとなる。
出典:Mining Company Roy Hill: Role Model for a Digital Enterprise using SAP
「マージン最大化のための統合」を基本思想に据えたこのようなシステムを利用することは、従業員の意識を思想に寄り添わせることに繋がる。ビデオ内で、サプライシステム・トランスフォーメーション・ディレクターのインドラセン・ナイドゥー氏は以下のように発言している。
ビジネスモデル再編やシステム構築を行うだけでは変革には不十分です。
我々にとって、ヒューマンシステムに注目することが重要でした。
ヒューマンシステムとは、従業員の思考や感情および行動が、
(目標に合わせて)描かれた新しいビジネスモデルやシステムに沿って
これまでと違う行動をとることによって、変わってくるのというものです。※括弧書きは、意味を補完するために筆者が挿入した箇所
鉱業会社として社会と向き合う
もちろん、ロイヒルが追い求めるのはマージンだけではない。例えば、冒頭に紹介した設備のピンク色は、乳がんに対する認識を高めるために塗られたものだ。乳がん啓発活動のシンボルカラーにちなんでいる。同社は、マッチングギフトによる寄付を通じて、世界の女性の最大の死因となっている乳がん撲滅活動への支援を行っている。このことは多くの女性の支持を集め、同社のダイバーシティ&インクルージョンの助けとなっている。
出典:ロイヒルHP:ピンクのデリバリーによるがん啓発キャンペーン
さらに、環境保全にも力を入れる。ロイヒルでは採掘時に取り除かれた表土と岩石の多くが、採掘ピットに低コストで埋め戻される。この表土には土地の再生に必要な種子や微生物が含まれており、原状回復のスピードを速める。また、この埋め戻しプロセスにより、土砂の運搬距離が最小化されるため、CO2排出の削減にもなる。ロイヒルが含有する鉱石の全採掘が完了するのとほぼ同時に、すべてのピットが埋め戻され、原状回復が完了する見通しだという。
これらの活動は、ロイヒルが企業として大切にする社会貢献への理念を明確に示している。そのような理念に共感した優秀な人々がロイヒルに集い、ビジネスに貢献し、潜在能力を発揮するのである。優秀な人財を確保できないかぎり事業を継続しつづけることは難しい。社会に対するロイヒルの貢献は一回りして、企業としてのサステナビリティ強化に繋がっている。
以下は丸紅によるロイヒル紹介ビデオだが、働く人々の熱意に共感必至だ。ぜひ見ていただきたい。化学工学と冶金学を学んだエンジニアのネスラ・ネア氏は、”自分の知識を、とてつもなく巨大な設備を扱うこの環境で使ってみたい”と語る。
最新の技術で運営する世界最大規模の鉄鉱山(丸紅株式会社)
※画像クリックでビデオが再生されます
企業と社会のサステナビリティを両立する
マージンにフォーカスする。社会や地球と共存する。ロイヒルの経営は見事にふたつを両立している。理念をもち、持続可能な開発を行おうと考えるなら、まず企業が継続しなくてはならない。そして、企業が存続するために社会や地球への配慮は欠かせない。
ロイヒルは、SAP インテリジェント・サプライチェーン・フォー・アセットを用いて設備の可用性を最大化し、コスト効率を高めてマージンを最大化している。同時に、スペアパーツの寿命を最大化することや、メンテナンス活動を最小化してCO2排出量を削減することで、地球環境へも配慮している。後者はマージンを追いかけた結果、副次的に発生したものだろうか。そうではない。ふたつのありたい姿を明確に描き、マージン最大化と共存を同時に成り立たせられるようにシステムを構築したのだ。そして、そのシステム構築に必要だったものは、SAPが創業以来変わらぬ思想として持つ、End to Endのデータおよびプロセス統合である。
※本稿は公開情報に基づき筆者が構成したもので、ロイヒル社、丸紅社のレビューを受けたものではありません。