Vodafone:SAP S/4HANAをてこにしたインテリジェントエンタープライズの実現

作成者:久松 正和 投稿日:2020年10月20日

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はじめに

ヨーロッパを中心にグローバルで携帯電話事業を展開するVodafone(本社:英国)はSAP製品を活用した長期にわたる事業変革を進めており、今回SAP ECC6.0からSAP S/4HANAへのアップグレードによる次世代の経営基盤構築を実現しました。このマイグレーションは、SAPの全顧客の事例のうち5本の指に入る最大級のSAP S/4HANA導入でしたが、プロジェクト総工期18ヶ月という迅速な導入の成功事例ともなりました。

下記のように様々な報道もされています。
https://www.cio.com/article/3570169/inside-vodafones-massive-s4hana-migration.html
https://www.computerweekly.com/news/252487598/Vodafone-builds-smart-enterprise-on-SAP-S-4-Hana
Vodafoneの目指した改革と効果を解説します。

 

Vodafoneの概要

世界各国の通信事業は、国ごとに電波や免許を取得し、サービス設備を国内に設置して事業をするドメスティック事業ですが、Vodafoneは、唯一グローバルブランドを構築した希有な企業です。
元々イギリスの携帯電話会社でしたが、2000年代はじめ各国での3Gの波に乗って、世界各国でそのビジネスモデルを展開しはじめました。現在はヨーロッパ・アフリカなど22カ国で自社ネットワークをもち、48カ国でのモバイルサービスを提供しています。進出したすべての国で順調な成長を遂げたわけではありません。ご存じのように日本ではソフトバンクへ事業を売却し、米国ではVerizonとの共同事業を手放しています。その他の国でも猛烈な値下げに対応しつつ、4Gの設備投資を行い、サービスの高度化の競争に打ち勝った結果、12カ国ではトップシェアになるまで成長しています。
VodafoneはSAPやアクセンチュアとの取り組みによって2006年から各国子会社の業務の標準化/統合化を長年にわたり進めてきました。事業モデルCommon Business Model (CBM)の構築を元に、2008年からおよそ5年間かけてGlobal One ERPを実現しました。Vodafoneは非常に粘り強く長期にわたって『業務プロセスの標準化』と『データ活用』への取り組みを続けてきた企業です。この長年に渡る変革の軌跡を下表に、別途、詳細なストーリーをまとめたブログをリリースましたので、是非ご参照ください。(ブログ「Vodafone:長期にわたるデジタル変革」

Vodafoneのデジタルトランスフォーメーションの軌跡

Vodafoneのデジタルトランスフォーメーションの軌跡

 

今回のSAP S/4HANA導入

Vodafoneは、業務プロセス標準化とGlobal One ERPによるデータ活用という、近年聞かれるデジタル事業変革をすでに10年以上前から手がけていますが、今回、この完成されたERP環境をあえてバージョンアップすることを決断しました。
その理由、つまりこのプロジェクトに際して全社で目指したのは「データ、データ、さらなるデータへの注力」とCIOのグラシア・イグナチオ氏は語っています。
業務プロセスの標準化を行い、整えたERPの環境も、22カ国と100以上に分かれた事業体のデータを長期にわたって運用するうちに、様々なバッチによるデータの運用が必要になっていました。
ネットワーク需要の変化が想定される現在、先進的な業務改善を実現し、従業員の働き方を変え、経営判断をより迅速に正確に行っていくためには、データとそれに基づいたAIの活用は必須です。南アフリカで実現された設備コスト削減施策や、ドイツで開発されたマージン漏れ分析手法、イギリスでの離反率の低減施策などを自動化して全世界の子会社に適用できれば、Vodafone本来の強みを活かした競争戦略を実現できます。また、人材不足が想定される先進各国では働き方改革も重要です。中間管理職の業務の多くを占める承認作業をAIで代替し、より戦略的な活動に人員を割くことなども想定されます。
また、通信事業は5Gやソフトウェアドリブンのネットワークによる事業変革の時期を迎えています。新しいサービス・市場・販売方法に対して戦略を立てるには、世界中の需要と業績を注意深く見つめて、成功に対する確信、失敗に対する反省をいかに早いサイクルで回してゆくかがキーになります。それらすべての意思決定の元となるのも、データです。
これらデータのあり方を一度見直して、過去からのデータも含めて継続的に利用できる環境を作る必要があるとVodafoneは考えました。また、変化する事業環境の中で、今後必要となる新たなKPIを定めて再度ビジネスの変革を推進する必要もあります。それをITシステムによって加速化することを目指しました。

 

プロジェクトの推進

このプロジェクトは、2段階に分けて実施されました。最初はデータベースのレイヤの移行で、旧来のERPや周辺システムを動かしていたOracleのデータベースをSAP HANAに移行することから始めました。その次にアプリケーションレイヤにおけるSAP S/4HANAに移行にとりかかりました。
昨今のDXの事例では、グリーンフィールドアプローチで構築したERPに業務プロセスを合わせることで標準化する手法を採用する例が多く聞かれます。しかし、15年前から業務プロセスの多くについて、グローバル標準化と各国でのローカル最適化のブレンドを実現してきたVodafoneにとって、優先することは速やかなシステム移行でした。このために、現在のアプリケーション構成を極力変更せず、移行の手順を最小限にするために、ブラウンフィールドアプローチの構築を選択しました。
実際の移行手順は、当初22日かかると想定されました。しかし、Vodafone独自の取り組みでIT環境の中で個々のプログラムの使用状況をカウントする機構を取り入れていましたので、その利用頻度に応じて移行するプログラムは取捨選択することができました。これにより移行のスコープを絞り、システム移行期間を4日(!)に縮めることができました。
最終的にグローバルにわたる大規模なシステム移行を予定通り18ヶ月で完遂し、3ヶ月の安定化運用を経て、2020年当初よりSAP S/4HANAグローバル・ワン・インスタンスによる事業運営が始まっています。
これにより実現したのは3点です。

  • グローバルでのデータガバナンスの実現
    例えば、すべての事業エリアの通信設備資産のデータを統合化することで、最大のコスト要素である通信設備のパフォーマンスを測定し、業績向上へのインサイトを得ることができるようになりました。このように、バリューチェーンのあらゆる側面において統合化されたデータにより経営にデータを活用できるようになりました。
  •  従業員のエクスペリエンスの向上
    Vodafoneは以前から、従業員のエクスペリエンスを測定してきました。SAP Fioriによるユーザインターフェースによって、従業員の業務効率度・満足度ともに向上しています。
  • シェアードサービスの推進
    同時に統合化したSAP SuccessFactors 、SAP Concur、SAP Aribaによって各国ごとにばらついていた業務プロセスも再度標準化され、よりシェアードサービスセンターの活用を進める事ができるようになりました。

Vodafoneのシェアードサービスセンターについては、是非、Vodafoneサイトをご覧ください。SAPの誇るシェアードサービスを凌ぐ様々な機能を、自社だけでなく、Vodafoneのビジネス顧客にも提供しています。

 

業界の変革期において

5Gが始まろうとしている現在のモバイル市場は、2000年ごろの携帯市場に似ています。テクノロジー主導のスローガンが先行し、新しいサービスの登場が喧伝され、期待が先行するものの、具体的なサービスの登場もマーケットの反応も鈍いままです。しかし、3Gのその後、スマートフォンによるマーケットの爆発と大きな社会変革が起こったように、今は隠された需要が先にあるようにうかがえます。これこそが、通信企業が捉えるべき変革期です。
日本の通信市場にも、これまで考えられなかったような大きなスキームチェンジが想像されます。大きな需要はスマホから、コネクテッドカーやスマートファクトリーなどのIoTによるビジネスサービスに移り、通信会社の直接の顧客も個人からビジネスに変わります。単機能なブロードバンド回線は強烈な価格圧力に遭う一方で、様々に多様化した需要をカバーするアプリケーションサービスが重用されるようになります。当然、その回線を販売・提供する手法は、これまでのシンプルで数が多いだけのショップでは難しく、現場でサービスを組み立てる能力を醸成する必要があります。個別に“当たった案件”だけに注力すると、社内のプロセスはどんどん分散化してしまい、効率性を落としていきますので、全社一丸あるいは業界一丸となって業務の標準化に取り組まないと、通信事業の価値はテクノロジーの進歩に比例して成長することができなくなります。
このような状況で日本の通信時業が成長するには、Vodafoneがグローバルで実現してきた「標準化」と「データ活用」の道のりを、事業形態の違いではなく取り組みそのものに着目することで参考になるのではないでしょうか。彼らの変革を短期間でキャッチアップすることは難しいかもしれませんが、SAPはベストプラクティスというひな形を提示することができます。私どもSAPジャパンは、日本の通信事業の変革、ひいてはICTによる日本のデジタルトランスフォーメーションを支援していきたいと考えています。
※本稿は公開情報に基づき筆者が構成したもので、Vodafone社のレビューを受けたものではありません。

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