KION Groupの長期ビジネス戦略に沿ったデジタル変革

作成者:古澤 昌宏 投稿日:2020年10月19日

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本稿では、ドイツKION Groupの長期事業戦略と、それに沿ったIT変革について3点紹介します。

  1. インダストリー4.0に必要なイントラロジスティクス4.0実現にむけて
  2. MES (製造実行システム) の一元化
  3. PLM (製品ライフサイクル管理) の一元化

KION Groupは豊田自動織機に次ぐ規模を誇る世界第2位のフォークリフトトラックメーカーです。19世紀からの長い歴史をもつ Lindeから産業車両部門が分離して2006年に発足しました。2016年にマテリアルハンドリングの自動化とサプライチェーンソリューション(SCS)に強みをもつ Dematic社を買収し、現在の企業グループを構成しています。

KION Groupの構成

 

インダストリー4.0のゴールのひとつ : Segment of One ものづくり

2019年3月に投稿したブログ 「Segment of One ものづくり」と「製造アイランド」で、筆者は次のように書きました。

「組立ライン」から脱却し、「製造アイランド」を平面に配置。その間を無人配送車(AGV)に乗せられたバラエティに富んだ「クルマの仕掛品」が自由に移動する世界。また、アイランドに供給される取引部品も、AGVやドローンで運ばれている様子が見えます。

そのイメージを視覚的に掴むには、Audi Media Centerからダウンロード可能な文書Encounter Smart Factory 2015 が有用です。

Audiのスマートファクトリーイメージ

大型のAGVにクルマの仕掛品が、そして小型AGVや空中を浮遊するドローンには次の工程で必要となる部品群が、それぞれ搭載されて次の作業場を目指しています。そして完成したクルマには一つとして同じものがありません。これが Segment of Oneものづくりのイメージです。

その絵で示されている通り、Segment of Oneものづくりを効率的に行うためには、今までのライン生産とは異なる構内物流が必要となります。

インダストリー4.0に対応したイントラロジスティクス4.0

そこで必要になる考え方が、構内物流の「システムによる自動化」です。倉庫の特性に応じたシステムにより自動搬送が制御され、他の機器やソフトウェアと連携する姿です。この概念をKION Groupは “Automated Systems” と呼び、”No Industry4.0 without Intralogistics 4.0 (構内物流4.0無くしてインダストリー4.0無し)”とのキャッチフレーズをつけています。

Intralogistics 4.0 (以下IL40) へ向かうKIONのロードマップはユニークです。STILL Cube XX

手始めにインテリジェントトラックのコンセプト機を開発 (SAP HANA Cloud Platformも活用) し、構内を自律的に安全に運搬できることを証明しました。

次にフリートデータマネジメントでトラック利用の最適化方法を編み出し、それらを組み合わせて構内無人走行の実現を目指しています。その先にAutomated Systemsがあります。

IL40へ向かうKIONのロードマップ

IL40の実現を目指して、KION Groupはサプライチェーンソリューション(以下SCS) のDematic社を2016年6月に買収しました。(翌2017年に豊田自動織機がBastian社とVanderlande社を立て続けに買収した意図も同じだと筆者は考えています)

KION Group の商材

KION GroupのWebページには今の商材が一枚の動画 (2020年10月現在)にまとめられています。

KION Groupのポートフォリオ黄色の⊕は主にDematic社が提供しているSCS、青い⊕は産業用車両のハードウェアやサービスを示しています。以下でKION Groupの特徴について、先に同社のSCS、続いて同社のものづくりに焦点を当てて述べていきます。

SAPは、これからのものづくりの仕組みに重要な「つながる」5つのシナリオを示しています。

「つながる」5つのシナリオ

その筆頭に挙げられているのは、いわゆる “from shop floor to top floor” という企業内垂直統合です。ERPからのデータを元に下した経営判断がダイレクトに生産工場で活躍する人や機械設備に届き、かつ、今、生産工場がどうなっているかが経営層までリアルタイムに届くことを意味します。この実現には、ERPからハードウェアに至るまでの垂直統合が必要です。

Kion Groupの製品とサービス提供について、本ブログの後段では詳細に見ていきますが、その垂直統合をワンストップで実現したいという意図が見えてきます。マルチベンダーの機器やソフトウェアの統合は顧客リスクでのプロジェクトとなりますが、それを一社で請け負うことができれば、それはIL40を求める顧客への価値向上につながります。

Dematic社のSCS

それを文字で記すのは簡単ですが、実際の垂直統合は現場ごとに異なる工夫を施す必要があります。自社開発のSCSであるDematic IQを用いて、複雑なインテグレーションをパターン化して素早く実装するノウハウを確立しているようです。

またDematic社はSAPのパートナー企業でもあり、特にSAPのSCSである LES, eWM, TMなどの導入サービスに力を入れています。同社のWebページを見るとDematic IQ と並列にSAPのソリューションが挙げられていることがわかります。

Dematicの商材にSAPの物流ソリューション導入サービスがある


KION Groupは、Dematic社の買収を機に長期計画を策定し直し、2018年に “KION 2027” を発表しました。まず、狙う市場セグメントを「マテリアルハンドリング」と定め、その市場成長以上の成長と、その市場において最も利益率の高い企業グループとなることを目標に掲げます。ちょっと注目しておきたいのは、COVID-19で俄に注目を浴びた Resilience (困難から立ち直る力) という単語を用いて、将来ビジネス的な苦境が来ることを想定していることです。単にその時の状況に応じた最適化では、継続的な成長は見込めないことを教えてくれているようです。

KION 2027で目指す姿

KION 2027戦略は5つの柱で構成されています。KION 2027の戦略5本柱本稿の前半で紹介したIL40はその Energy, Digital, Automationに相当します。後半ではPerformanceの例を見ていきます。

KION Groupの産業用車両

複数ブランドで同じカテゴリーのトラックを開発生産している

グループでは産業車両として、Linde(上図の赤), FENWICK(赤), STILL(柿), Baoli(空), VOLTAS(黄), OM(黄) といった、バラエティに富んだブランドを保持しつつ、同じカテゴリーの車両を設計・生産しています。複数ブランドによって市場の占有率を保持し、なおかつ効率の良いものづくりを行うにはどうしたらよいでしょうか。KION 2027戦略の Performance の項にその方針が示されています。

KION Groupの効率的な製品開発方針

中段に「効率的な製品開発」という方針が示されています。まずは西欧で共通モジュール化の明確なロードマップを描き、グローバルプラットフォームについては引き続き欧州域外にも展開するというものです。

この実現に向けては、生産プロセスも設計プロセスもグループ内で同じであったほうが効率が良いはずです。KION Groupではプロセスの標準化を目指してIT変革プロジェクトを起こしました。MESの一元化を目指す K1MES と、PLMの一元化を目指す K1PLM です。

K1MESは前述した “from shop floor to top floor” の垂直統合を、単一のITプラットフォームで実現するもので、SAP ERPのバリアントコンフィグレーションSAP MIISAP MESAP BI/BOが用いられ、OTとの接続にはPCoが用いられています。作業指示は電子的に提供され、作業進捗はサイバー空間から可視化されます。工場全体のアーキテクチャはインダストリー4.0標準に沿ったものになっています。

フォークリフトは受注時に多数のオプションが指定されます。これまでの紙の生産指図での作業と比べて、必要な構成部品とその在庫情報の取得時間の短縮エラーの削減受注から完成品までの追跡生産実績の確認などに大きな効果をあげることができました。

KION Groupでは、このK1MESをLindeのAschaffenburg工場でテンプレート化し、その他の工場に展開しています。

K1PLMもKION 2027に沿ったプロジェクトですが、前史があります。2012年から15年にかけて、レガシーのPDMシステムをグローバルで一元化された設計バックボーンシステムに転換し、同社の戦略であった “design anywhere – produce everywhere” を支えていました。世界中どこでも設計でき、どこでも同じように作れる、という標準化思想は欧州系ものづくり大企業でよく見かける戦略です。日本企業の、日本のものづくりと同じレベルを海外に求めない、という発想との違いが筆者には興味深いです。

2016-17年は、PLMのスコープを製品の複雑性を管理するところに集中させました。製品のモジュラー設計を進めることで、製品E-BOMの複雑度が増しても対応可能とし、その結果顧客からのカスタマイズオプション需要が飛躍的に高まりました。一元化されたK1PKMがCADと製品構成を管理するよう、一応の完成をみました。

2018年からは、K1PLMをIoTとデジタル対応に引き上げるイニシアティブを開始しました。”Connected” フォークリフトの開発と、そのデータを活用することで新たなビジネスモデルを始めるための製品設計に対応させることが目的です。製品構成にはハードウェアだけでなく埋込ソフトウェアも含まれるようになりました。

K1PLMでは、SAP ERPと同居しているSAP PLMと、ECTRを介して、Siemens NXとが密な連携をしています。NXは900人ほどのエンジニアが、そしてSAP PLMは2000人ほどのアクティブユーザが使用しているとのことです。E-CADは図研E3、ドキュメント類はMS Officeとの連携も果たしています。下流の生産工程は前述のK1MESでERPとの統合を果たしていますから、これで 製品構成管理を中核にした モジュラー設計 → E-BOM構成 → 受注時のバリアント選定(部品とソフトウェア) → M-BOM展開 → 部品手配 → 生産指図と現場での組立 → 生産実績記録 の プロセスが上流の設計から下流の生産までE2Eでつながったことになります。

この成果として、Kion Groupは2019年末にインダストリー4.0対応フォークリフトトラックと銘打って、フルデジタル生産の Linde Digital Truck 1202シリーズを発表しました。テレマティクス用にコミュニケーションユニットを搭載し常にクラウド接続されていて、インテリジェントセンサーから上がってくるさまざまな情報を解析して、Kion/Lindeにとって新しいビジネスモデル創出の基礎データとなる製品です。今後もフルデジタル生産のトラックが続いて市場投入されていくはずです。

本稿では、明確な長期ビジネス戦略に沿って、ITの変革が着々と進行している例を取り上げました。これからもKion Groupの進捗をウォッチしていきたいと思います。

本稿を執筆するにあたり

本稿は、KION Groupから投資家向けに公開されている文書や、SAPのセミナーで発表された内容に基づき筆者が構成したものであり、同グループのレビューを受けたものではありません。

参照したドキュメント類は、2020年10月現在、以下のリンクから参照・入手可能です。特に本ブログの後段で述べたK1MES/K1PLMに関しては敢えて画像を貼りませんでしたが、詳しくお知りになりたい方はこれら文書を研究なさってください。

 

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