Vodafone:長期にわたるデジタル変革


グローバル通信グループであるVodafone Group (以下本稿ではVodafoneと記載します)の変革への取り組みについて、日本語でのまとまった資料があまりないので、この機会に調べて記してみました。Vodafoneは、実に長い時間をかけて、組織と業務、そして業務の中でのデータの使い方を変えてくることで改革を実現してきました。本稿でその概略を報告します。

Vodafoneの沿革

まず、Vodafone変革をご説明する前に、背景としての企業の歴史をまとめます。
Vodafoneは、2020年現在、世界で3億加入以上のモバイルユーザと5000万のブロードバンド/ケーブルテレビサービスを提供し、収益は450億€、10万人の従業員を抱える、世界最大級のモバイル通信企業グループです。22カ国で自社ネットワーク設備を持ち、それを含めた48カ国でサービスを提供し、ローミングを含めたサービスを100カ国以上で利用できます。

Vodafoneロゴ

Speech Markとして知られるVodafoneロゴ

Vodafoneは、1982年英国の無線技術の企業Racal Electronics社の軍用無線機器の事業から始まりました。その時点から現在に至るまで、ロンドンから100Kmほど離れた郊外のニューベリーに本社があります。無線携帯電話の市場が立ち上がることを見越して、1991年にRacal社の別事業であった通信事業と合併し、Vodafone Groupとして無線・有線の通信事業を始めました。ちょうど日本ではNTTドコモの前身であるエヌ・ティ・ティ・移動通信企画が立ち上がった年です。1997年には、”Speech Mark”として知られる真っ赤なロゴを採用し、現在のVodafoneの組織・ブランドなどが形作られました。

1998年に日本でi-Modeによるデータ通信サービスが開始され、2000年に入ると各国で3Gサービスが始まります。通話からデータ通信へとサービスの中心が移るにしたがって、世界各国の携帯電話市場は成長しました。その市場の変革期にVodafoneはイギリスでの自社の成長をてこにして、ヨーロッパへ、そしてグローバルに進出して行きました。
もちろん、すべてが順調な道のりだったわけではありません。各国に進出したVodafoneの子会社は、事情のそれぞれ異なる国とマーケットに合わせて、最適化されたビジネスを推進してゆかなければなりません。かといってそれぞれバラバラのやり方をするだけであれば、グローバルオペレーションの強みも、Vodafoneというブランドのもとでひとつの組織として運営する意味もありません。
Vodafoneは、1999年に米国市場に進出しましたが、その事業を2013年にVerizonに売却し、米国から撤退しています。2003年に日本で買収したJ-Phone事業も、2006年ソフトバンクに売却しています。拡大ばかりでなく必要なタイミングで撤退の決断をできたからこそ、Vodafoneは世界最大級のモバイル通信企業グループになれたと言えます。

 

VodafoneのBPRプロジェクトの開始

2000年代のグローバルモバイルオペレーターとしてのVodafoneの主要な事業課題は、分散したネットワークシステムの構築・維持・管理、そしてまた分散した業務オペレーションの効率的運営です。Vodafone Germany、Vodafone UK、Vodacom(南ア)などの各国の子会社は、同じモバイル通信サービスを行っていると言っても、実態としてはそれぞれ別々の人材が、様々異なる社会環境・事業環境の中で、それぞれの国の競合他社と競争しながら個別に立ち上げた企業です。
それぞれの子会社の事業のやり方が違うのは必然とも言えます。しかし、そのような環境でVodafoneは2000年代の初めからグローバルでの経営効率を高めるための検討を始めました。
「ネットワークオペレーションの業務をグローバルで共通化する事でコスト削減が図れないか?」「財務、調達や人事などの業務を共通化して、グローバルでシェアードサービス化することによって、大きなコスト削減が図れるのではないか?」など、様々な議論がなされました。
2006年、Vodafoneの幹部はアクセンチュアとSAPに声をかけ、EVO(Evolutional Vodafone)というBPRプロジェクトを開始しています。プロジェクト開始にあたってVodafoneの経営メンバーは、拙速な改革を手がけるのではなく、高い目線で、まずこの改革を行う順序とロードマップを定める事に注力しました。
Vodafoneが最初に手がけたのは、事業モデルの標準化するCommon Business Model (CBM)というフレームワークを構築することです。すべての子会社の業務をカバーする標準の業務テンプレートとし、業務標準化を通して経営のガバナンスとコスト削減を中長期的に推進してゆく仕組み作りを狙いました。
しかし、UKの本社がトップダウンでテンプレートを作っても、各国子会社の現場にフィットするは限りませんし、現場に合わない業務を押しつければ無理がでます。逆に業務を行う現場同士を突き合わせて調整を図ろうとしても、それぞれの現場のエゴがぶつかるばかりで、標準化と呼ぶにふさわしい結論など出てこない事が容易に想像されます。そこで、Vodafoneは今で言うデザインシンキングのワークショップのようなやり方で短期決戦を計りました。
2006年4月、VodafoneはAccelerated Solution Design (ASD) workshops と名付けられた会議を開催しました。ボードメンバーと世界16カ国のVodafone子会社で決定権を持つCFO、CHROなどの役員・事業部長など総勢128名を一同に集め、3日間で、HR、ファイナンス、サプライチェーンというそれぞれの領域についてCBMの大枠を作るという意欲的な取り組みです。
彼らはまず、全社合意するバリューチェーンを書き下し、各領域の業務プロセスを定義し、そのプロセスを「グローバルで共通化すべきもの」と、「ローカルで個々別々に進めるべきもの」に分類しました。(例えば人事領域においては、“採用面接のプロセスは共通化”するものの、“報償・福利厚生については各国に委ねる”など)
標準化を標準であると推し進めつつも、フレキシブルな部分を残す濃淡のついたモデルを定義できたことで、彼らの改革はグループ全社を巻き込んで、包括的なスタートを切ることができたといえます。
また、世界各国での事業を構成する業務プロセスのブロックを共通化・標準化できただけでなく、世界各国でのビジネスを計測・分析する軸を作り上げることができました。EVOのプロジェクトのすべてはここから始まりました。
通信事業の国際団体TM Forumが通信事業の事業プロセスモデルeTOMを制定したのが2009年です。それに先立つ2006年にこのような取り組みをはじめたのは、当時のVodafone幹部が「通信事業の経営」に対する深い考察と高い目線を持っていたと言えます。このワークショップに際して、当時のグループCFOアンディ・ハルフォード氏が役員全員に「全員の合意がなされるまで会場を出ない」というコミットメントのサインをさせたそうです。Vodafoneの標準化に対する強い意志を感じます。

ワークショップ参加役員のサイン

ワークショップ参加役員のサイン

 

ERPによる改革の実践

ASD Workshopによって、CBMのグローバルテンプレートが制定され、その後数週間から数ヶ月にわたって、各国子会社内と子会社間でサブプロセスの標準化のローカル・グローバル両面にわたる調整が進められました。最終的にCBMにより定義されたビジネスプロセスは下表のような範囲にわたります。

CBMで定義されたビジネスプロセス

CBMで定義されたビジネスプロセス

翌2007年、Vodafoneはシェアードサービスセンターを構築し、2008年にはVodafone Group本社、Vodafone Germany、Vodafone UKに対してSAP ERPを導入しました。Vodafoneは5年かけた移行プロジェクトで子会社の基幹システムを一社ずつ移行することによって、20カ国の子会社にSAP ERPの導入を完了しました。当時としては画期的な規模のグローバル規模のOne ERPによるIT経営基盤を実現しています。〔脚注参照〕

Vodafoneは、このプロジェクトによって、下記のイニシアチブを実現しました。

  1. Vodafoneのビジョンと戦略の浸透
  2. 各国マーケットユニット単位の成果の測定と評価
  3. 業務プロセスの標準化(CBMのITに対する適用)
  4. 統合したマスタデータを用い標準化された業務プロセスから生成される「分析に資するトランザクションデータ」の生成
  5. コンプライアンスの向上
  6. 継続的な事業構造改革を行う体制

また、Vodafoneは業務のシェアード化を強力に進めており、いまやVodafone各社はグローバル規模展開されるシェアードサービスセンターにバックオフィス業務の多くを託しています。これは2010年ころから徐々に機能を追加して、2016年ころにはFollow-the-Sun(世界各地に置いたセンターで24時間運用)を実現した結果です。

 

その後の改革

Vodafoneの改革は、これにとどまりません。ERPを含む各国・グローバルのデータシステム環境から得られるデータを用いて、各国で試験的な施策を実施しています。

2016年、Vodafone Germanyは、従来管理しにくかった通信収益の詳細な分析を通して、収益計上漏れの発見を自動化しました。(ブログ「通信業界における ビッグデータを活用した収益計上漏れの把握」(https://www.sapjp.com/blog/archives/21196)に記述)個々の通信サービスのコストは、製造業の原価計算などよりも複雑でわかりにくいものです。サービスセグメント、サービス種類、あるいは個々のアカウントのサービスマージンを正確に計算し、監視し、最適化することを、サービスの加入者データ、サービス種別、販売店コスト、キャンペーンコスト、地域データなどのビッグデータを用いて多次元的に分析でるようにした事例です。これによってVodafone Germanyは、毎月数億円以上のマージン漏れを発見できるようになりました。

また、同年ドイツやイギリスにおいてVodafoneは、顧客の離反分析をAIによって高度化しています。彼らは、様々な角度からCHURN分析を行うために、手動で数十の分析モデルを作製し、個別に分析を行ってきました。彼らは、より多くの要素を含めて分析するためにAI機能(SAP Predictive Analysis)を活用し、分析モデルを350種類以上に増やし、さらに従来よりも頻度高く、日次分析をすることで、離反顧客に対するインサイトを得、対策のバリエーションとスピードを向上しました。

2017年には、南アフリカ子会社Vodacomでネットワーク設備のデジタルツインを目指した次世代の設備管理のPOCを始めています。ネットワーク設備は事業の根幹を担う重要なものですが、資産として非常に点数が多く、かつ複雑に接続されています。これまで財務状況と、保守保全活動状況、運用状況などは綿密に管理されているものの、別々のシステムで運用されているため一覧で見ることができませんでした。その結果、個々の設備が事業にどのくらい貢献しているのか、個別の故障がどのようなコストインパクトを与えたのか、判断がつきにくい状況下で経営をせざるを得ません。サービスの品質を考えると余裕ある投資をせざるを得ず、それが過剰なのか適切なのかも十分理解できていませんでした。
Vodacomは、ネットワークシステムにまつわる、システム構築から運用、廃棄に至るまでにかかるあらゆる費用と、死活状況やトラフィックなどの活用状況などを一元的に見える化し、その最適化をシミュレーションできるようにしました。
彼らの地域では、システムの冷却系統の故障が原因となって無線基地局の障害が起こる事が多発していました。これに対して、エアコンに各種のIoTセンサーを適用し、故障をAIによる分析で予測しました。適切なタイミングで事前保守が可能になったことで、保守サイクルの最適化により、コスト削減とサービス品質の向上を実現しています。
Vodacomは、現在、基地局単位あるいは設備単位について、構築時から運用時、そして廃棄まで至るまでのライフサイクルコストを算出する事ができ、また収益に寄与した割合から、システムの財務的なパフォーマンスを計上する事ができるようになりました。

Vodafoneは個々の子会社のこういった取り組みを、グループで取り上げ、各国に展開して行っています。またVodafoneは、グローバルの経営データが、現場で活用できる環境にも取り組んでいます。彼らは、Global One ERPから得られるデータを整理して、各国子会社の社内の各所において、すべての社員がEVO Appsというアプリケーションでアクセスをできるようにしました。社員は、これらのデータを用いて、自部門と他部門の成果を比較したり、各部門の施策の成果をいち早く知ることができます。

Vodafone社内で用いられるEVO Apps

Vodafone社内で用いられるEVO Apps

 

NTT・KDDI・ソフトバンクという日本の通信3社は常に安定した成長を実現し、「儲かりすぎ」と批判を受けるまで成功しているかもしれません。それに対してVodafoneは日本通信市場から撤退してしまった会社と受け取られる方もいるかもしれませんが、それ以外の猛烈な値下げに遭う世界各国のモバイル市場で常に寡占の一翼を担ってきました。そのためになしてきた裏側での改革は、本稿だけでは語り尽くせません。

今後、5GやIoTによって通信の利用局面が大きく変わるといわれます。その市場の変革の中で、通信事業は、市場からの激烈な価格圧力にも巻き込まれる可能性があるのではないでしょうか?
成功は、時には失敗以上に変革の妨げになるといいます。
Vodafoneは、眼前の競争にこだわらず、長期の視点をもち、また世界各国の子会社を束ねてグループの経営を推進してきました。このような観点を柔らかい頭で受け止め、日本の通信事業、ひいてはその通信を利用したすべての事業の発展に寄与してほしいと、筆者は切に想います。
〔注〕Deloitteが、2013年にCIOのインタビューに基づき、VodafoneのグローバルERP事例として詳細に考察・報告していますので、ご参照ください。Deloitte社のサイトへのリンク

※本稿は公開情報に基づき筆者が構成したもので、Vodafone社のレビューを受けたものではありません。