SAP Cloud Platform が実現した NLMK従業員の安全


痛みを知る資源大国の鉄鋼リーダーは持続する未来を目指す

リペツクという名の町がある。1703年、帝政ロシアのピョートル大帝は鉄鉱石の鉱床に近いこの町に、砲弾を作る鋳物工場を作るように命じた。その後、リペツクは冶金・金属工業・機械製造によって発展してきた。現在、コンビナートが立ち並ぶこの町には、ロシア最大の鉄鋼企業であるノヴォリペツク・スチール(NLMK)の本社がある。粗鋼生産能力は年間17MT以上を誇り、鉄鋼企業としての収益性は世界のトップランクに位置する(2019年実績 EBITA26億ドル;マージン24%)。


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NLMKリペツクの製鉄ビデオ。ダイナミックさの中にある美しさに魅了される。

NLMKは垂直統合型のビジネスモデルを作り上げている。採掘と製鋼をロシアの低コスト地域で行い、完成品を顧客に近い場所で加工販売する。これにより、生産とロジスティクス・コストを最小限に押さえながら、市場変化に迅速・柔軟に対応することが可能だ。彼らの中期戦略を見ると、収益に繋がる運用効率向上、低コスト化、販売ポートフォリオ拡大が最初に記載されている。

Strategy 2022 goals

  • 運用効率におけるリーダーシップ (Leadership in operational efficiency)
    コストが低い鉄鋼生産の拡大 (Growth in low-cost steel production)
    世界の販売ポートフォリオ拡大 (World-class sales portfolio)
    持続可能性と安全におけるリーダーシップ (Leadership in sustainability and safety)

出典:NLMK ホームページ

戦略の最後に並ぶのは、非財務であるサステナビリティと安全だ。実はNLMK は環境と安全衛生(EHS : Environment, Health & Safety)に関して、世界で最も先進的な製鋼会社のひとつである。2014年から開始されたNLMKの「環境プログラム」ではこれまでに14.6億USドルを投資している。

また、従業員の安全衛生では、LTIFR(Lost Time Injury Frequency Rate:100万時間あたりの休業災害頻度率)を2023年までに0.5にすることを公約としている(2019年の鉄鋼業界平均は0.83)。

NLMKのLTFIRの推移と2023年目標
NLMK Annual Report 2019WoeldSteelデータより筆者作成
NLMK_LTIFR

NLMKが環境と労働衛生に力を入れることには理由がある。

豊富な金属資源を持つロシア(2018年 鉄鉱石生産量世界5位)は、むしろその事実によって多くの痛みを経験してきた。一例をあげるならば、北極海に面するノリリスクだ。世界最大のニッケル鉱床を有するこの町に1935年に建設された製錬コンビナートは、旧ソ連強制収容所の強制労働で操業され、多くの危険を伴っていた。また、製錬による酸性雨や水質汚染はツンドラの大地を数十年に渡り焼きつづけ、今も汚染改善の目途はたっていない。現在、ノリリスクの企業と従業員をつなぐものは、国内有数の高給のみである。

出典:RUSSIA BEYOND ロシアで最も汚染された街ノリリスク

NLMKは国内の負の歴史から学び、業界のリーダーとして持続可能な開発を行うことを目指している。

労働者の安全を守るイノベーション

2017年の初頭、NLMKとSAP は共同でイノベーションラボを設立した。目標は最先端のデジタル技術を使用して、ビジネスの競争力を高める革新的なアイディアを探すことだ。その最初のプロジェクトとなったのが、従業員の安全を守るためのポジショニングシステムであった。

ラボでは、SAPがグローバルの専門知識、デジタル技術、デジタルシンキングやアジャイルといった開発方法を提供し、NLMKの製鋼管理の専門性と組み合わせる。アプリケーション開発とIoTのプラットフォームはSAP Cloud Platformが採用された。プロトタイプ・ソリューションはわずか2か月で開発され、NLMKの連続溶融亜鉛メッキプラントでテストが行われた。


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SAP Cloud Platform が実現した NLMK の従業員ポジショニングシステム

このプラントは、鋼材の錆や腐食を防ぐために亜鉛メッキを施すためのものである。高温の化学液槽や溶融亜鉛槽の周囲を回廊が取り巻いており、可視性が低く危険性が高い。NLMKとSAPのソリューションは、このプラントに透過性を与えた。仕組みを説明しよう。従業員は、業務開始時にセンサータグを体に装着する。従業員が移動すると、3Dデジタル化されたユニットで上に表示され、コントロールセンターでリアルタイムに把握することが出来る。もし、従業員がセキュリティ許可されていないエリアや、危険エリアに入ると、従業員とセンターに自動的に通知される。

さらに、このソリューションにより、以下のような安全管理を行うことが可能となる。マネージャーは、プラント内のあらゆる事故の可能性を見通し、迅速に対応することが可能だ。

  • 温度上昇などの異常事態を自動検出して自動通知
  • 体調不良の従業員がセンサーのボタンを押すことにより支援を要請
  • 従業員の姿勢変化(転倒や転落など)を自動的検出して通知
  • 全従業員の行動を1つのダッシュボードにリアルタイムに表示
  • ダッシュボードの監視対象イベントのカスタマイズ

NLMKのIT担当ヴァイス・プレジデントであるエレナ・デミヤノヴァは次のように述べている。

従業員ポジショニングシステムは、大量データの分析に役立つだけではありません。
作業中の事故を防ぎ、安全上のリスクを軽減し、運用効率を向上させることができます。
グループ内で期待が高まっています。

企業の未来をも見通す

NLMKがデジタルで見通すものはプラントの状況だけではない。彼らはさらに、自社の未来を見通すためにデジタル技術を活用する。NLMK-SAP Coイノベーションラボでは予測メンテナンスシステムを作り上げた。高炉へ酸素を送る装置(羽口)は交換時期を誤ると破損し、計画外の停止につながってしまう。SAP Predictive Analyticsの機械学習を利用したこのシステムで、羽口の交換時期を正確に予想する。ダウンタイムの短縮により、高炉の生産性は約20%向上する見込みだと言う。


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NLMK高炉の予測メンテナンスPoV。ロシア語だがイメージは十分理解できる。

また、NLMKのグループ鉱業企業であるStoilensky GOKに導入された鉱山シミュレーションシステムは、更に未来を見通している。露天掘り鉱山全体を3Dデジタル化し、地質データと統合したこのシステムでは、なんと40年先までの最適な鉱山開発計画をシミュレーションすることが可能だ。最小コストと最大の効率で採掘を進めることを目的としている。
出典:NLMK Group presents digital transformation projects at SAP Forum

裏返すと、NLMKはひとつの鉱山で、少なくとも40年先まで持続する活動を考えている。その企業活動を持続するためには、未来を共に作る優秀な人材が必要だ。彼らのEHSへの取り組みは、従業員に誇りと安心を与え、人材の確保に役立っている。


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NLMKコーポレートビデオ。160年以上前に作られたラルビエール工場の技術者は
”我々は何世代にも渡ってここで働いてきました。我々の息子も働いています。”と語った。

痛みを乗り越えて未来へ向かうために

ロシアは多くの資源を持つがゆえに、人々が環境汚染や危険をともなう作業に苦しんできた。それゆえNLMKは世界でも先進的なEHSへの取り組みを進める。資源を多く有していても、地球と共存し、安全に利用できなければ、持続する価値を生み出せないことを知っているからだ。そして彼らがEHSに取り組む手段として利用したものは、SAPのソリューションが提供する「デジタルによる透明性」であった。

資源を掘り起こし、加工する金属業界の環境負荷や労働者の危険性は他の業界に比べて高い。しかし開発途上国を含む世界が成長を続けるためには、これからも持続的な金属生産が必要だ。「地球と共存し、従業員を無事に家へ帰す」ことを約束するNLMKには、誇りをもった人々が今日も集い、安心して能力を発揮している。

※本稿は公開情報に基づき筆者が構成したもので、NLMK社のレビューを受けたものではありません。