取り組みからの示唆を再考する – 審査員がモロッコ保健省に込めた思いとは

作成者:松井 昌代投稿日:2021年6月21日

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北アフリカの西に位置するモロッコ王国(以下モロッコ)。古くから北アフリカの広い地域に住む先住民族の文化、アラブ文化、ヨーロッパ文化の融合による美しさから、観光に訪れる人々も多い国です。映画「カサブランカ」を思い起こす方もいらっしゃるでしょうか。

そのモロッコのMinistry of Health – 保健省がSAP Innovation Awards 2021のSocial Catalyst部門で唯一の受賞者になりました。

Social Catalystの受賞クライテリアは以下のように定義されています。

Social Catalyst recognizes customers with stories highlighting the usage of SAP solutions in ways that demonstrate positive social, environmental or economic impact and shared purpose in helping the world run better and improving people’s lives

「Social Catalyst は、社会、環境、あるいは経済にポジティブな影響を示し、世界をより良くし人々の生活を向上させるという目的を示すためにSAPソリューションの活用をハイライトしたストーリーを賞賛します」

Social Catalystは、実は2021年の受賞カテゴリー紹介のトップに記載され、そのクライテリアにSAP自身のコーポレートビジョン – Help the world run better, and improving people’s lives — が織り込まれていることから、このAwards全体の中でもSAPの思い入れが特に強く感じられるカテゴリーなのです。

本稿では、モロッコ保健省の取り組みの紹介のみならず、取り組みがSocial Catalystにふさわしいとされ、この受賞が社会や経済に及ぼすポジティブな影響について考察します。

 

パンデミックが起きてからの迅速なアクション

モロッコ保健省は 1982 年に設立されました。同省は、国の国立研究所と研究所、基本的な医療ネットワーク、病院ネットワークの運営を統括しています。モロッコの医療体制には 4 つの層があり、最初の層がプライマリー・ヘルスケアです。これには公的医療用の診療所、保健センター、地元の病院、民間医療用の診療所や診療所が含まれます。第 2 層には、州および県の公衆衛生の医療機関と、専門の診療所と民間の医療機関が含まれます。第 3 層にはすべての主要都市の病院が含まれ、第 4 層には大学病院が含まれます。

2020年初め、新型コロナウィルス感染が急拡大したとき、他のいかなる国と同様、モロッコ保健省も、確認された症例の総数、重大な症例、症例の結果(回復または死亡)、毎日の新規感染の成長因子など、進化する状況を迅速に明確に把握する必要がありました。地元の病院、地方の中核病院、大学病院など、モロッコの医療システムのさまざまな層全てからの状況把握が必要でした。同省は、午後 6 時にゴールデンアワーのテレビで 新型コロナウィルス の状況に関する最新情報を毎日公開しました。最大の課題は、いかにして状況を適切に監視、評価、伝達するか。そのためには信頼できる単一の情報源とリアルタイムデータを迅速に収集するすべが必要でした。ご多聞に漏れず、モロッコの医療システムにも、新型コロナウィルスの患者、治療、検査のデータを大規模に管理するためのデジタルシステムは存在しませんでした。情報収集はサイロ化され、紙のフォームに依存していたため症例の追跡が遅れ、検査と医薬品の配布が妨げられ、公衆衛生当局による監視と危機管理が妨げられていました。モロッコ保健省が採ったアクションは素早く、ALGO Consulting Group(以下ALGO)と組み、「新型コロナウィルスリアルタイム監視システム」をわずか 2 週間で構築しました。

ただし、モロッコ保健省がALGO Consulting Groupに提示した要件は決して容易なものではありませんでした。

  • 確認された症例、活動症例、回復、死亡、死亡率、成長因子、病院や地域ごとの薬の在庫などの KPI をリアルタイムで監視し、新型コロナウィルス感染データの真実を単一のソースによって確立
  • 患者と薬を管理し、両者を一致させて処方プロセスを最適化し、高い透明性とともに治療効果を高める直感的なアプリケーションの提供
  • 医療システムのさまざまな関係者が直感的に使用でき、多くのデバイスで利用でき、新型コロナウィルス感染拡大防止の運営会議をインテリジェントな会議に変えることができる、費用対効果の高いリアルタイム管理レポートおよび監視システムの迅速な構築

これらは全て保健省から医療従事者までの全てのユーザーが難しい決定をより迅速かつ正確に行うために必要だからです。要件を満たす機能として、データの収集と分析に SAP HANA® を使用し、SAP® Analytics Cloud ソリューションと SAP Digital Boardroom を使用して、保健分野それぞれの意思決定者 (トップは保健大臣) にリアルタイムに状況の概要を提供するしくみを開発しました。単一の全国規模のリアルタイムの情報源からもたらされる真実により、多くのレベルでの迅速で事実に基づいた意思決定と、当局による国民への効果的なコミュニケーションが可能になります。より多くのラボが検査データを提出できるようになったため検査能力と品質が向上し、医療機関全体の薬の在庫をより効率的に管理し、必要な人が利用できるようになりました。2週間という構築スピードの速さに加えて、次の定量的効果が報告されています。

  • ラボにおける新型コロナウィルスのテストキャパシティーが100倍に
  • 医療機関からのデータ提供のスピードが4倍に

システム全体のフローは非常にシンプルです。モロッコ国内の医療機関で採取したサンプルをラボでPCR検査し、その結果を各地域のドクターが確認したら、データが自動的にシステムにアップロードされ、保健省、疫学センター、各12地域のドクターが必要とする情報に変換され、それぞれのダッシュボードに表示されます。

突然の感染拡大から2週間のシステム構築とその効果を物語る4分53秒のドキュメンタリーをご覧ください。

 

お見事!アフリカ初のSAP認定パートナー企業ALGO

ALGO は、SAP HANA をセントラルデータレイヤーとして機能させることで、先に別のSAPパートナー企業によってパッケージ化されていた既存の運輸部門向けソリューションを、全国の新型コロナウィルスデータをリアルタイムで監視するために適応できることに気づいていました。故にわずか2週間で、以下のコンポーネントを含むソリューションが保健省に納められたのです。

  • React JavaScript を使用して開発された Web アプリケーションは、病院 (患者情報) および検査機関のエージェント (PCR検査の陽性または陰性結果) によるデータ入力用に。さらにその後の検証用に開発された単純なワークフローを含む
  • 患者データなどのサードパーティソースから生データを収集するための抽出、変換、およびロード用の SQL Server Integration Services
  • SAP HANA は生データを最も詳細なレベルで保存しKPI を計算。データは保健省の要件に沿って10 分ごとに更新
  • SAP HANA とのライブ データ接続を使用するリアルタイムのロール固有ダッシュボード用の SAP Analytics Cloud。承認はデスクトップやモバイルデバイスからアクセスする SAP Analytics Cloud で処理。 SAP Digital Boardroom は、保健大臣のオフィスにコントロール センターとして設置され (データは 10 分ごとに更新)、大臣が難しい決定をより迅速かつ効率的に下すことに寄与

データとソリューションは、Microsoft Azure 上の顧客専用のクラウドでホストされます。

モロッコで新型コロナウィルスの最初の症例が記録されてからわずか2週間後の2020年3月1日、ALGOによる新型コロウィルスリアルタイム監視システムが稼働し、ウィルスを追跡し、医薬品の在庫を把握できるようになりました。システムを開発、展開したのは15名のコンサルタントによるチーム。彼らはすべてリモートで作業し、ビデオを電話を使用してプロジェクトを成功させました。

動画の1分12秒からの箇所で登場している Naoual Hammane は、別の取材で付け加えて語っています。「私たちは24時間体制で働きました。ふたつのチームが24時間シフトで作業し、稼働を実現しました。私はSAPプロジェクトを14年間管理してきましたが、プロジェクトをリモートで管理したのはこれが初めてでした。私たちはビデオ会議、電話、WhatsAppによるビデオの送信を駆使しました。直接誰かに会ったのは、保健大臣と疫学センターの所長だけで、そのときはシステムをセットアップして使い方を指導しました」

保健大臣はわずか30分でSAP Digital Boardroomを使えるようになったそうです。

さらには各所での迅速な採用を促進するために、ALGO は稼働開始からわずか 4 時間でユーザーがすぐに習得できるトレーニング ビデオを開発したことも特筆に値します。その結果として、400名のユーザーがそのビデオを見て新システムを使い始めました、ダッシュボードの使用はその後モロッコ政府の他のふたりの閣僚にも拡大したそうです。

ALGO が我々の要求に即座に対応してくれたことで、我々のリーダー、モロッコの人々、メディアに事実に基づいた情報を提供できました。このことは我々がこの危機を乗り切ったことを示しています。だから私はこのプロジェクトを誇りに思うのです。

— Dr. Ahmed Rguig, Director of the Centre of Moroccan Epidemiology, Ministry of Health

モロッコの実績を世界的観点から

私たちは、日々更新されるJohn’s Hopkins Universityのサイトで、国別地方別の感染者と死者数、及び国ごとのワクチン接種者の人数を閲覧することができます。

COVID-19 Dashboard of John’s Hopkins University

動画での「確認された全症例は欧米の一部の国々よりも低く保たれています」の言葉は、2020年秋に一度感染が拡大したものの、それでも継続して低く保たれていることで現時点でも通用します。

ちなみに2021年6月時点で、SAPのグローバル本社があるバーデン・ビュルテンベルク州が奇しくもモロッコとほぼ同じ感染者数死者数を記録しています。そこでそれぞれの人口を比較してみました。

モロッコ王国:3,647万人

ドイツ、バーデン・ビュルテンベルク州:1,074万人

この数字から、感染が低く保たれているというモロッコの発言も頷けますし、一方、感染が急拡大したバーデン・ビュルテンベルク州のライン・ネッカー大都市圏にあるハイデルベルク大学病院でも、いち早くデジタル技術を使って患者に適切な治療を提供できる医療機関に搬送する一元的なしくみを構築することで、より効果的な治療にあたっています。

新型コロナウィルス感染拡大に立ち向かう – 新たな行動で難局を打開したハイデルベルク大学病院

しかもモロッコはワクチン接種開始の時期が比較的早く、かつ順調に接種が進んでいるせいか、2021年に入ってからは感染拡大せず落ち着きを見せているようです。その点では世界的にも進んでいるように見受けられます(2021年6月現在)。

SAP Innovation Awards 2021 Social Catalyst受賞取り組みの示唆

例年同様SAP Innovation Awards 2021の審査員は、SAP社内外の、世界を俯瞰する立場にいる33名の人々で構成されています。

SAP Innovation Awards 2021 Judging Panel

これらの人々が、他のさまざまな業界や業務領域での取り組みと比較しても、特にモロッコ保健省の取り組みがSocial Catalystにふさわしいと考えたことの意義を考えてみました。

例えばこの取り組みを単に「各国および地方自治体の保健行政を担う部署向けのSAPソリューション活用事例」とだけ捉えてもあまり意味はないでしょう。今やグローバル規模で各業界には「標準」があり、それに合わせることが半ば常識化していますが、ヘルスケア業界はすぐにはグローバル標準化が通用するとは言い難いことを、今回の新型コロナウィルスの各国の感染拡大とその対応から感じました。なぜならそれぞれの国に固有の医療体制や制度があり、もとよりグローバル規模で稼働しているわけではないので、民間ビジネスと比べると「グローバル標準に合わせる」ことへのモチベーションは乏しいでしょう。ましてや今回のような緊急事態に陥ってしまってからでは、どれほど海外に目覚ましい取り組みがあるとわかっても、事態を収拾することが最優先となります。

そうではなくて、パンデミックに限らず、誰もが予想だにしなかった事象が起きた際に、今やデジタル技術の活用リードタイムはその足枷になるものではないのだから、行政側も民間エキスパート側も、自国の民の生活や命を守るために、前例や他国の状況と比較するのではなく、自分たちができることに信念を持って迅速に行動すべき、そのために普段から知見を貯めておくべき、というのがモロッコの取り組みの示唆と考えます。 さらにSAP Innovation Awards の審査員は、彼らの積極果敢な行動を広く社会に知らしめることで、モロッコ国内に留まらないポジティブな影響を願ったと考えるべきでしょう。

SAPが提供するテクノロジーはワクチンや治療薬とは違い、ウィルスの感染拡大防止や治療に”直接的に”効くものではないけれど、モロッコの取り組みを知ることで、自分たちにもできることがあるかもしれないと思わせてくれました。

モロッコだからできた、私たちの国ではできないと、できないことを論うことはいくらでもできますが、それが良い結果に結びつくことはありません。私たちが、私ができることはないかと考えるきっかけをもらったと思うべきでしょう。

新型コロナウィルスとの戦いはまだまだ続きます。今回の取り組みで自信を得たモロッコも今まさにその最中です。いずれの国もいずれの人々も、この先に今を振り返ったときに「人々の生活をよくする」行動をしたと言えるように日々を重ねていくことが、自分が歩んできた道に誇りを持てる唯一の行動でしょう。そしてSocial Catalystたるこの取り組みのメッセージだと考えます。

※本稿は公開情報をもとに筆者が構成したものであり、モロッコおよびALGOのレビューを受けたものではありません。

参考:

SAP Innovation Awards Entry-Pitch Deck モロッコ保健省

SAP News Article : SAP Partner ALGO Helps Save Lives in Morocco’s Lockdown

 

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