顧客の「範」たるために先を行く — アクセンチュアの資金流動性管理

作成者:久松 正和投稿日:2021年6月21日

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1. SAPの戦略Intelligent Enterprise

これまで、SAPは戦略としてのIntelligent Enterpriseを説明する際にしばしば下記の図を用いてきました。

SAP Intelligent Enterprise

SAP Intelligent Enterprise

図をご覧になっておわかりいただけると思うのですが、グラフで黄色に示された高付加価値業務は後に行くほど加速化しており、グラフの右側がピンと立っています。DXによる効果はリニアなものではなく、加速度的に生産性を上げて行くことが可能だと示しています。SAP一社だけでなく、パートナーや顧客を巻き込んで改革を推進し、ソリューションを開発し、個社を越えてビジネスプロセスを実現することで、より高次元なビジネスネットワークの構築を目指すことを説いています。
この加速化を支えるのが、現在の戦略におけるソリューションのクラウド化とモジュール化です。ERPソリューションであるSAP S/4HANAをクラウド化して、汎用的なBusiness Technology Platformを介して、自社/他社の様々なソリューションと連携できるようにする。個々のソフトウェアが独立したモジュールとして連携することで、従来の企業基幹系システムのような、複雑で相互依存性の高くて扱いにくいシステムから、個別に開発して発展することができるシステムになるよう目指しています。

2021年SAP Innovation Awardにこの戦略に沿ったよい取り組みがAdoption Superheroとして表彰されましたので、ご紹介させていただきます。
Transforming Accenture Treasury with Intelligent Cash Solution

 

2. 資金流動性の管理

資金流動性リスク(Funding Liquidity Risk)とは、満期の負債と手元資金のミスマッチにより、債務をすぐに返済できない可能性が生じるリスクで、これが高まると、通常よりも著しく高い金利での借り入れや、資金調達ができずに黒字倒産が生じる可能性が高まります。
当たり前のことですが、企業活動にはキャッシュ=現金が必要です。企業におけるあらゆる調達、税金の支払い、給与支払い、買収活動など、さらにグローバル企業ではその現地ごとにキャッシュが必要となります。しかし企業活動、特に複数の子会社を持つグローバル企業の中で行われる業務は必ずしもキャッシュでやりとりされるわけではありません。
日本本社で開発した製品を、インドで調達した原料を元に、タイの工場で製品化して、中国市場で販売したとします。このままでは、上海の口座に人民元が入るだけで、インドにもタイにも、日本の本社にも現金がないという状態になってしまいます。しかし、次の仕入にはインドでルピーが必要ですし、従業員の給与精算にはバーツも、日本円も必要です。
ところが、国際資金移動には未だに様々な費用がかかります。さすがにグローバル企業はSWIFTのような旧態依然とした国際送金システムの利用は減っているようですが、それでも口座利用には決済手数料がかかり、国内決済よりも時間がかかりますし、もちろん変動する為替の中では多くの場合、差損が生じます。一旦、すべての資金を日本に集めてインドやタイなど各国に資金を送って現地でキャッシュ化する、なんてことをすると経費が数%余分にかかり、かといってもたもたしていると各々の現地で借り入れの必要性など、資金リスクが生じます。
これらを解決するための金融業界におけるデジタル変革も行われており、暗号資産を含め様々なサービスも提案されています。しかし、まだ市況から考えて開発段階であり、今後の期待はあるものの、メジャーな手段になるにはまだ時間がかかりそうです。グローバル企業がコストやリスクを避けるためにも、自社でリーダーシップをもってグローバル資金を管理し、各国での資金流動性管理を行うことは、重要かつ戦略的な課題です。

Global Cash Pool

グローバル資金プール

 

3. アクセンチュアの資金管理プロジェクト

ご紹介するアクセンチュアは、自社の資金流動性管理を自動化するためにIntelligent Cash Applicationを開発し、SAP S/4HANAと連動するソリューションとして自社導入しました。

このブログを読まれる方には既知のことかもしれませんが、アクセンチュアについて少々ご紹介しておきましょう。
アクセンチュアは2001年に登場してから成長し続けているグローバルなITプロフェッショナルサービス企業です。デジタル、クラウド、セキュリティの分野で最先端のテクノロジーによって、世界中の 40を超える業界に対して、比類のない経験と専門スキルを組み合わせたサービスを提供しています。その内容は、戦略とコンサルティング、インタラクティブ、テクノロジー、オペレーションといった分野に及び、51万人あまりの従業員によって、120か国以上で事業を展開しています。売上は440億ドルを超え、この規模の企業としては希有な5%以上の成長を続けています。

アクセンチュアには、その規模のビジネスを管理するために必要な資金を確保するために、グローバル財務部門として資金流動性を予測することが重要なミッションでした。 資金を一元化して管理する、という使命を果たすために、財務チームは50か国の200以上の都市にあるアクセンチュアのすべてのオフィスとオペレーションの流動性ポジションを分析して、キャッシュを移動・借入れ・投資して各国の個々の事業部門のあらゆるニーズに応えていました。
多くの国にまたがる複雑なオペレーションも、優秀な財務チームの職員がいたからこそ安定的に業務を回してゆくことができたのですが、2017年以降は企業の成長に応じてプロセスが急激に複雑になり、効率的かつ効果的な意思決定を行うことが困難になってきました。当時は 流動性に関する意思決定のためにデータをマニュアルで引出し、スプレッドシートで処理をして管理していましたが、この作業には時間がかかり非効率的でやり直しが発生しがちでした。 アクセンチュアの財務チームは、財務プロセス、機能、およびシステムをよりデジタル化、インテリジェント化、および自動化する必要に迫られていました。

今回、アクセンチュアの企業財務およびグローバルIT部門は、SAP Analytics Cloud Planningツール、SAP Liquidity Plannerを活用し、SAP S/4HANAを中心に構成される既存のプラットフォームへの投資を行ってIntelligent Cashソリューションを開発しました。

プロジェクトの主な目的:

  • アクセンチュアの財務機能を再考して、アクセンチュアの事業運営とグローバルな資金管理からより多くの価値を創出する
  • 国別の資金予測を行う担当者とレビューアーが、アクセンチュアのキャッシュ履歴・予測と、最適化の決定の全体像をリアルタイムで把握できるようにする
  • アクセンチュアのネットワーク全体で資金を活用できるようにし、容易に投資/買収を実施できる基盤を作る
  • 通貨プールに保持される現金を活用し、余剰資金から利益を得ることができるようにすると同時に、クレジットラインへの依存を減らすことで節約して、資本コストを削減する

アクセンチュアは、最先端のテクノロジーと分析を使用した独自のIntelligent Cashソリューションによって、プロセスを合理化および自動化しながらキャッシュパフォーマンスを大幅に向上させることで、新境地を開拓しました。
Intelligent Cashソリューションは、デジタル化、自動化、および一元化を通じて、グローバルな現金予測・意思決定・流動性管理プロセスを変革しました。財務部門の業務、情報共有、意思決定の変革において、テクノロジーを活用して資金流動性に関する業務を大幅に強化しました。その結果、アクセンチュアの財務部門は、リアルタイムのインテリジェンスを最大に活用する部門になりました。

Process Flow

アクセンチュアが開発した資金流動性管理システムのアーキテクチャ

図をクリックすると別画面で拡大できます。
※SAP Innovation Awards 2021 Entry Pitchを元に筆者が日本語化

 

4. Intelligent Cashソリューションとベネフィット

開発したIntelligent Cashソリューションは以下の特徴を持っています。

  1. SAP S/4HANAとSAP HANA Enterpriseデータマートを使用したダッシュボードツールによって、キャッシュポジションの分析ができます。キャッシュ、クレジット、会社間取引、および保留中の懸念事項のステータスを簡単に視覚化し、即座に分析を提示し、世界中のそれぞれの事業部門で資金がどのように使用されているか、履歴とリアルタイムのビューを提示します。
  2. 機械学習アルゴリズムとAIを搭載した予測ツールで、各事業部門における資金流量の予測。このツールは、SAP Liquidity Plannerを使用しており、銀行の明細データを自動的に分類および集約し、予測モデリングアルゴリズムによって、キャッシュフロー予測を自動的に生成します。予測モデルは、データ分類を実行するSAP Analytics Cloud上に構築された Planningツールに統合され、資金在庫の最適化モデルの鍵となります。
  3. 在庫原則を各国のキャッシュに適用し、それを最適化する資金在庫の最適化モデル。モデルは、キャッシュフロー予測と企業固有の経済的要因に基づいて、キャッシュを注入するか抽出するかを推奨します。ユーザーはSAP Analytics Cloudを使用して、AIツールが提供する推奨事項を自分のビジネスに関する知識に応じて調整します。

アクセンチュアが各国に展開する財務チームは、このソリューションによってこんなベネフィットを得ることができました。

  • ビジネスユーザーへの流動性情報のタイムリーな配信
  • アイドル状態の現金の削減、コア資金プール内にキャッシュを集中化
  • 為替手数料や銀行手数料の削減、クレジットラインへの依存度の低下による節約
  • グローバルに一元化されたハウスバンクに現金を集め、従来の運用に必要だった現金の20%を運用に回す
  • 鋭敏なキャッシュフロー項目の予測で、市場および1回限りのイベントであっても90%の精度で管理
  • 戦略的投資と資本節約の実現

また、このシステムの導入によって財務部門での従業員のエンパワーメントも進んでいます。

  • 毎日のキャッシュに関する意思決定をIntelligent Cashソリューションが変革しました。チームは、資金についてエンタープライズレベルで包括的に視覚化し、リアルタイムの予測ができるようになりました。アクセンチュア全社の資金を管理するための最も効率的で費用効果の高い方法を最適化モデルが支援
  • スタッフは、リアルタイムで正確で、ビジネスとの関連性が高い情報に基づいて、各国で保持されているキャッシュの量を変更し、本社財務で保持するキャッシュの量の最大化

 

5. ITシステムとしての価値

従来からアクセンチュアの基幹系システムは、グローバルで統合されたシングルインスタンスでしたが、SAP S/4HANAに移行するに際してMicrosoft Azure上に実装しクラウド化を実現していました。その上で今回のAIを使った開発は、SAPのクラウドプラットフォームをフルに活用して実現されました。ERPのアドオンのように密結合なシステムではなく、クラウドERPと疎結合でありながら高い機能性を実現しています。

  • 開発の基盤として用いたSAP Analytics Cloudは、Intelligent Cashコンポーネントを統合します。分析時にデータレイクにデータを毎回保存する必要性を回避し、高速データを提供すると同時に、メインの統合されたユーザーインターフェイスとして機能します。
  • SAP Analytics Cloud Planningによって毎日の詳細なレベルの予測を実施します。このデータを分析プラットフォームとして設定されたSAP BW/4HANAとSAP HANAを介してSAP S/4HANAへ接続します。
  • SAP Liquidity Plannerによって、すべてのトランザクション分類を実行し、より良い自動化をサポートします。

アクセンチュアは、このようにパッケージソフトウェアを活用しつつ、自社のソリューションをもモジュール化することで、大変に複雑な機能を実現しました。通常のソフトウェア開発であれば、機能モジュールが複雑になればシステムが複雑になり、システム間の相互依存性も高まります。将来の改変のたびに、さらに複雑な試験項目を検討しなければならなくなることが想像されます。
しかし、アクセンチュアのすごいところは、クラウドを活用しAPIなどによって個々のモジュールの独立性を担保することでITのランドスケープのシンプル化に成功したことです。このため、個々のシステムは常に最新のバージョンにそろえ、四半期に一回というような頻繁なバージョンアップにも対応できるようになっています。これにより、Intelligent Cashソリューションそのものの柔軟性も先進性も機能性も最大限に発揮することができるのです。

同様なAIを用いたインテリジェントキャッシュソリューションを使用する企業はあります。しかし、他のほとんどの企業よりもアクセンチュアは3〜6年進んでいるとアクセンチュアは考えています。アクセンチュアのSAP環境への投資と、新しいソリューションによって価値を生み出していること、シンプルで大規模で高速なシステムを活用している点をSAPは高く評価し賞賛しました。また、グローバルでシングルインスタンスのERPを実現していたからこそ、これを実現できたことも評価すべき点です。

関連ブログ1:Vodafone:長期にわたるデジタル変革
関連ブログ2:米国通信大手ベライゾンのデジタルトランスフォーメーションの推進力とは

これこそ、SAPが新しいIntelligent Enterprise戦略で提唱する、ITシステムの姿といえます。
アクセンチュアは、この取り組みをもとに、世界中の顧客の変革をより高いレベルで推進してゆくことができると考えます。
また、アクセンチュアのような顧客にITを提供する事業者にとっては、自らの経験が顧客のDXに対する道標になります。

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6. Intelligent Enterpriseのソフトウェア運用とは

社会状況は変化し、それに応じた経営状況もめまぐるしく変わってゆきます。業務プロセスが常時変化する中で、高度なAIを用いて自動化されたITシステムをがっちり作ってしまうと、かえって業務に合わせるための細かいシャドウITワークが増えてしまいます。
おそらく日本のホワイトカラーは世界一Excelワークが得意だと思います。日本企業が必ずしもデジタルツールの利用が遅れているとは言えないのに、DXが進まないと言われるのは、標準化されない業務プロセスをやたらExcelワークのようなシャドウITで埋めていることを言っているのではないだろうか?と筆者は考えます。複雑に絡み合ったExcelツリーによって、業務も見えず、かといって作業負荷も軽減されない、そんな状況が想像されます。
このような状況を脱するために改革を実施して業務を標準化するはずが、移行した先で柔軟性の薄い固定化されたITにとらわれてしまうことは避けるべきです。例えば、筆者のヒアリングしたある企業は、RPAを用いてこういったExcelワークの作業量を半減させることに成功していました。しかし、今度はちょっとした業務変更が生じるたびに、このRPAの再設定に多大な労力がかかっているようです。
SAPはソリューションのクラウド化と、モジュール化によって柔軟でシンプルなITランドスケープとその相互接続性を実現しています。常に変わる環境と業務、そして新しいテクノロジーに対応できるようなITを実現する事が、これからの時代のIntelligent Enterpriseを体現できるといえます。

※本稿は公開情報をもとに筆者が構成したものであり、アクセンチュアのレビューを受けたものではありません。

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