AAF アメリカンエアフィルタ社 COVID-19対応でビジネスプロセスの速度を上げる
作成者:古澤 昌宏 投稿日:2021年6月21日
企業概要と業務領域
AAF (American Air Filter) 社は、ちょうど100年前の1921年創業。2006年にダイキン工業株式会社が買収、100%子会社とした。同社売上の90%以上を占める空調事業の中でも要注目の、空気清浄フィルターを製造販売している。エアフィルターは、空気中の粉塵・カビなどを除去することで空気環境を改善し、人の安全確保、製品品質・歩留りの改善などに役立つ。2016年には、AAFがUSでトップシェアを占めていたフランダース社を買収することで、2009年に買収した日本市場向けの日本無機株式会社と併せて、エアフィルター領域でグローバルシェアトップとなったという。
それらの買収を進めていた頃、ダイキンとしてはCOVID-19を予測できたはずもなく、製薬・バイオ・食品・半導体等の領域でフィルター事業は拡大するものと見込んでいた。またこれら屋内環境浄化に留まらず、PM2.5やVOC(揮発性有機化合物)といった大気汚染抑制にも寄与するビジネスであると考えていた。それらは今も変わらず、「『空気』と『環境』の新しい価値創出」という同社のビジョンに沿った、重要な事業と位置付けられている。
AAFはUSケンタッキー州ルイビルの世界本社の指揮の下、3,000人以上の従業員がグローバル22か国で活動している。特に欧州地域はビジネスの集中度が高く、16法人7工場で、過半の12か国で事業展開している。
昨年以降、空気ろ過によって新型コロナウィルスの蔓延を抑えるという新しい顧客ニーズが加わり、エアフィルターの需要が増している。そのために、AAFもビジネスプロセスの速度を上げて意思決定を速め、生産効率を上げていくことが急務となった。
以前の状態
AAF欧州にSAPのシステムは1つも存在せず、異なるベンダー製ERP 13基を含む複雑なITインフラで構成されていた。各ERPシステムは、対象国のローカルで必要とされる特定のニーズに合わせてカスタマイズされているが故にエンハンスもままならず、またシステム同士がバッチインタフェースでの受け渡しであったために、ビジネスプロセスのスピードも上げられず、現場の効率化ニーズに全く応えられない状態だった。また、意思決定のための経営陣向けレポートの作成にも時間を浪費する状態だったという。
すなわち、欧州全体でプロセスと業務手順に標準と呼べる定義がなく、顧客サービスを遂行するスピードと効率に大きな問題を抱えていた。
非効率からの脱出
SAP Preferred SuccessおよびSAP Value Assuranceサービスも活用して、AAFはSAPクラウドベースのソリューションを導入した。SAP S/4HANA Cloudで欧州地域のデータを1つにまとめ上げ、プロセスを標準化することで変革をサポートし、インテリジェントな企業になることを目指した。
下のアーキテクチャ図にある通り、周辺システムにSAP S/4HANA Cloudとの親和性がよいSAP Sales Cloud, SAP Concur, SAP Analytics Cloudなどが配備されている。また、ダイキン本体へは連結処理を容易にするために、すべての経理仕訳明細データが転送されている。

SAP S/4HANA Cloudを中央に配置したアーキテクチャ
この新システム導入により、AAFは以下のようなメリットを享受することができた。
- 欧州事業の統合ビューとリアルタイム情報への容易なアクセスによって、ビジネス透明性を向上させることができた。
- 信頼性が高くタイムリーな情報配信によって、変化する要件に機敏に対応することで、顧客体験を向上させることができた。
- 個別配置されていた13基のERPシステムを、単一のSAP S/4HANA Cloudに統合することで、総所有コストを削減。
ここまですべてIT面からの描写であるが、実はこのプロジェクトは、社内では「ビジネス変革」として取り扱われてきた。COOがプロジェクトオーナーとなり、次の強いメッセージで関係者の意識統一が図られたのだ。
これはITプロジェクトではない。企業文化の変革の非常に重要な一部である。
ビジネスオペレーション上の目標は、下記3点を全業務プロセスに適用することだった。
- プロセスの標準化
- 国を跨いでのデータやオペレーションの共通化
- シンプル化
プロセスの標準化を通じて、顧客に健康的な空気を提供する目標を達成する
リアルタイム同期されたプロセスと信頼できる情報源の一元化により、AAFは、すべてのビジネス領域にわたって、より透過的に合理化されたビジネスオペレーションの恩恵を受けることができるようになった。プロジェクト前後を比較して、すべてのコアタスクで10% ~ 15%の時間短縮が見込まれている。また簡素化された新しいITインフラストラクチャは、エンハンスにかかるコストが低く、今後もクラウドのインテリジェント技術を利用してシステムを革新し続けることができる。
これらはすべて、AAFの顧客を幸せに保ち、世界的な健康危機に対して、空気中の汚染物質から顧客を安全に保つために役立っている。
AAF Europeの財務およびIT担当バイスプレジデントであるFrank Kess氏は以下のように述べている。
SAPのクラウドソリューションにより、欧州事業全体でプロセスを調和させることができるようになった。これにより、より良いサービスを顧客に提供しながら、より効率的かつ生産的にオペレーションすることができるようになった。
終わりに
このAAFの取り組みは、これから初めてクラウドベースのSAPシステム導入を検討される企業にとって有用な事例だ。
- グローバル全体での標準化を目指す前に、(欧州)地域での国を跨いだ標準化・共通化を行った
- IT側面でプロジェクトを遂行するのではなく、企業文化の変革として捉え、COO自らが推進役となった
- 各国の事情に拘泥するのではなく、顧客のために地域全体の意思決定をリアルタイムに行えるようにする、という明確な理由付けを行い、従業員の意識統一を図った。
日本でも、過去20年以上にわたって既存基幹システムをエンハンスして使い続けている企業もあれば、業況拡大にビジネスオペレーションの標準化自動化が追い付かず、マニュアルワークが増え続けている新興企業もある。それぞれに表面化している課題は異なって見えるかもしれないが、いずれにしても限りある社有資源 (ヒト・モノ・カネ) を最大限有効活用して、最大の利益を上げることを目指してビジネスプロセスのスピードアップを狙うこれからの企業に、このAAFの事例は有効な資料となるだろう。下記のリンク先からダウンロード可能である。
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本稿は、AAF社がSAP Innovation Awards 2021に応募した内容に、若干の公知情報を加味して執筆した。