システム制約からの解放に向けて踏み切ったPayPal
作成者:前園 曙宏 投稿日:2021年6月21日
スケールアウトアーキテクチャによるコストの削減と俊敏性の向上
フィンテックや異業種からの新規市場参入者を見れば、今や競争上の優位性は、クラウドを如何に上手く活用するかで決まることは明白です。ビジネスの拡張に迅速に対応し、予期せぬ急速な変化にも順応しながら、サービスレベルを維持し、絶え間なく変化する顧客の行動様式に対しても最高の体験と成果を持続的に生み出すには、従来のオンプレミス環境に構築された大規模な単一ノードのITアーキテクチャで俊敏にコストを抑え対応し続けることは非常に厳しいと言えます。
今日、システムの拡張性、俊敏性、および応答性は、金融業界で成功するための重要な鍵です。業界は今まで以上にビジネストランザクションの急速な変化に対し瞬時に拡張する方法を必要としています。数分以内に追加のインフラストラクチャをプロビジョニングし、将来にわたって膨大なデータ量にアクセスできるよう備える必要が増えています。既に多くのネットワークやエコシステムにも連動している中で、決して自社のフロントシステムだけを強化すれば良いというではなく、世界経済の影響を瞬時に受ける環境に於いてはミドルからバックまで一貫した日次オペレーションの拡張性、俊敏性、応答性が求められています。
たとえば、新型コロナウイルス感染症のパンデミックとそれにともなう様々なシャットダウンにより、世界同時に消費者の新しい行動パターン変容が起きました。経済実態は急速に変化するという事象が一斉に起こり、金融機関も国内外を問わず経営を維持するためには、俊敏性が求められました。
さらに金融機関は、常に各国・各種規制要件を満たし、顧客体験レベルを維持・向上させるというプレッシャーの下で、より高度なレベルでより多くのデータを管理しなければなりません。これが、世界の多くの金融機関が急速にクラウドへ移行している理由のひとつと言われています。一般的にはオンプレミスに比べ、クラウドでは運用がより俊敏になり、イノベーションが加速され、コストが低くなると言われています。
PayPalの戦略とシステム制約の壁
PayPalは世界で3億人以上のユーザーが利用し、2400万以上の店舗で導入されている決済サービスを支え、クレジットカードや銀行口座に代わるべく機能追加拡張を提供し続けています。さらに、近年では個人間送金サービスのベンモ(Venmo)、中国の決済サービス企業、国付宝(GoPay)の完全子会社化、東南アジアではゴジェック(Gojek)とのパートナーシップ契約、Google PayやSamsung Payとの連携に加えて、世界各国でのQRコード機能、そして暗号資産(仮想通貨)での支払いなど積極的に投資を続けています。直近の発表では、新型コロナウイルス感染拡大を受け消費とデジタル決済の拡大が追い風となり、新規顧客、取扱高、顧客のエンゲージメントの点で創業以来、最も力強い伸びを記録しており、今後は日本の事業者向けにも、特に国際的ビジネスの拡大支援に力を入れていくようです。
成長し続けるPayPalは、リスクとコンプライアンスなどの規制要件を満たし、加盟店へより高いマージンを提供し、顧客体験を改善するというプレッシャーの下で、高度なデータ分析、増幅するトランザクションを迅速に処理するため、拡張性を持ちスケールアウト構成で動作するSAP HANA(インメモリーデータベース)、そして銀行・証券、保険および再保険会社、新規参入やフィンテック企業向けに最適化された包括的な金融商品補助元帳のSAP S/4HANA for financial products subledgerのクラウド化に向けた検証を、2020年4月から9月にかけてSAPとGoogle Cloudの共同チームとともに実施しました。この取り組みは、SAP Innovation Awards 2021にも選出されました。
世界有数規模のSAP HANAを最新のマルチインスタンススケールアウト環境へ
多くの金融機関が未だシステムの大部分を単一ノードアーキテクチャに支配されています。PayPalもオンプレミス環境のスケールアップ構成を構築していましたが、ビジネスの成長に伴い増加し続ける膨大な量のデータを安定的に管理するためのコストは、非常に深刻な問題となっていました。オンプレミス環境での限界は48TBであったため、Google Cloud 上でSAP HANA 2.0 SPS05のネイティブストレージ拡張機能をスケールアウト構成にして、高いパフォーマンス、低コスト、柔軟性を備えたシステム環境の検証を実施しました。
SAPはSAP S/4HANA for financial products subledgerを最適化し、簡単にデプロイできるスケールアウトソリューションとしてパブリック・クラウドで実行可能とし、Google VMインスタンス、ネットワークとストレージのリソース検証、そしてSAP HANAのデータベースとアプリケーション・サーバー環境が96 TBまで拡張できるマルチノードクラスタなど多岐にわたるものでした。テスト環境の詳細については、ホワイトペーパー“Increasing Scalability and Performance for Even the Heaviest Financial Workloads” をご覧ください。
■共同検証結果:
- 並列化によりクエリ実行速度を40倍高速化、一連の日次処理で7倍高速化
- データ階層化の最適化でメモリ使用量78%削減、残高に関する2,000億件のレコードアクセスを30秒以内に短縮
- オンプレミス環境のスケールアップ構成と比較して処理パフォーマンスがOLTPで 10倍、OLAPでは20倍向上
- ゼロダウンタイムで24週間連続のノンストップオペレーション
- データ再配置の並列化によりメンテナンスダウンタイムウィンドを50%削減
- マルチリージョンのクラウドストレージで複数バックアップした結果、95%の可用性(または「イレブンナイン」の耐久性)
- Backintエージェントの使用、暗号化された状態で5GB/秒以上の一貫したバックアップ速度
Scale-Out Architecture for SAP S/4HANA for financial products subledger on Google Cloud
■検証から得られた成果:
(ビジネス・ソーシャル観点)
- 膨大なデータ、急激なデータ増加にも対応できるスケーラブルなプラットフォーム
- グローバル展開や規制(Brexit、インド)、買収戦略(Braintree、Venmo)に対応する複数の国・地域でのサポート体制
- 繁忙期などに週末、臨時出社することなく、その日のうちにオペレーションが完了
- 冗長性、データ移動・複製処理を排除
- 適用される規制ルールに対し完全な透明性
(ヒューマンエンパワーメント)
- ソリューションをテンプレート化し、各国で展開できるようにできたことで、IT担当者やビジネスユーザーが現地のデータ保護規制変更に対応する時間を節約
- パフォーマンスの向上により、ビジネスユーザーの処理待ち時間を大幅に短縮
- 予測可能なシステム環境となり、IT担当者はビジネスユーザーへのリスクを軽減しながらアップグレードやメンテナンスを策定
「SAPとGoogle Cloudのパートナーシップを通じて実現したテクノロジー、プロダクト、サービスによって、バックオフィスで大幅な俊敏性と拡張性が得られました。Google Cloudに移行することで、トランザクション量の増加、世界中で絶え間なくリリースされる新しい金融商品、そして迅速な運用を必要とするM&Aの統合処理に対応できるようになりました」とPayPalのEmployee Technology & Experiences VPのDan Torunian 氏は述べています。
PayPalは、現状に留まることなく、将来に渡りビジネスを成長させるためにシステム制約をいち早く排除することを目指し、あらゆるビジネスシーンに瞬時に対応する機動力を得るために、最新のスケールアウト構成への移行を推進すべく、SAPとGoogleの共同検証に取り組みました。この結果は今後のシステム戦略を策定する上で十分な結果をもたらしたと思われ、システム制約が完全に排除された後のPayPalの今後の動向にも大いに注目していきたいと思います。
尚、検証情報はGoogle Cloudのサイトでも公開されています。
※本稿は公開情報をもとに筆者が構成したものであり、PayPalのレビューを受けたものではありません。
出典:Increasing Scalability and Performance for Even the Heaviest Financial Workloads