山東能源集団:Intelligent Enterpriseによる超巨大企業の自己変革

作成者:東 良太 投稿日:2021年6月22日

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カーボン・ニュートラルへ向かう石炭企業の自己変革

孔子の教えを記した論語の為政(いせい)には、「子日く、故きを温ねて新しきを知れば、以って師と為る可し」という言葉がある。過去を顧みて研究し、新しい知見を得ることができれば人を導くことができるという意味だ。この言葉を体現する鉱業企業が、孔子の出身地である中国山東省にある。名をシャンドン・エナジー・グループ(山東能源集団:以下、シャンドン・エナジー)という。2011年に石炭企業6社が合併して誕生したシャンドン・エナジーは、2020年に兗(エン)鉱集団と合併したことで、25万8,000人の従業員を抱える世界第2位の石炭供給企業となった(年間生産量278MT;売上519億ドル; 営業利益7.3億ドル)。

ビジネスは、石炭の採掘・火力発電・化学工業に留まらず、ハイエンドな機器製造、貿易、物流、さらには再生可能エネルギーと新材料へと拡大し、アジア、オセアニア、北米、南米に展開している。戦略目標は以下のとおりだ。

Strategic Targets

  • 総合力の向上:石炭産業のシェア維持と再生可能エネルギーを含む新ビジネスの展開
  • 資本運用の向上:グループ4社の上場、利益率の向上と不良資産の削減
  • 改革と革新:国有企業の責任を明確にして盤石な経営を行いつつ子会社の独立を進める
  • 調和のとれた発展:グループの発展のために環境に優しい低炭素産業を構築する

出典:Shandong Energy Group HPより筆者意訳

1点目と4点目を見ると、従来の石炭産業を重要な基盤として維持しながら、再生可能エネルギーを含む低炭素に貢献する産業を発展させようとしている。疑問となるのは、カーボン・ニュートラルの潮流の中で、なぜリスクが高い石炭産業の維持をトップに掲げているのかということだ。中国の習近平国家主席は2020年9月に「2060年までのカーボン・ニュートラル実現を目指す」と発表した。この意向を汲んで、中国鉄鋼大手は2021年に大幅な減産を表明している。

背景には中国のエネルギー事情がある。2021年4月に出された中国電力企業連合会のレポートによると、中国全土の電力構成は48.8%を石炭火力発電に依存しているという(2021年3月末時点・再生可能エネルギーの割合は44.9%)。2021年には再生可能エネルギーの割合が石炭火力を超えるとしているが、14億を超える人口と都市化によるエネルギー需要を賄うためには、バランスを見ながら石炭火力発電を縮小しなくてはならない。シャンドン・エナジーは現在を生きる国民の生活のためのエネルギーを供給しつつ、理想的なカーボンニュートラルの未来を目指す必要があった。

重厚な国営企業のインテリジェント・エンタープライズ化

シャンドン・エナジーは2001年に中国の鉱業業界で初めてSAP R/3(当時のSAP ERP製品)を採用し、SAPのIS-Mining(鉱業に特化した業界ソリューション)等の周辺ソリューションを全面的に利用してきたアーリー・アダプターである。しかし、大規模なM&Aの繰り返しによる巨大化と、複雑化したITランドスケープは、現在と未来を両立する改革において障害となっていた。

抜本的な対策として行ったのが2017年から開始した「SAP S/4HANA upgrade」だ。SAP S/4HANAをデジタルコアとして採用し、18の周辺システムを統合して、グループ全体の改革の基盤となる「エンタープライズ・インテリジェンス・プラットフォーム」を作り上げた。

出典:SAP Innovation Awards 2021 Dreaming Intelligence – SAP Energy Industry Application Practice

上図はシャンドン・エナジーの「エンタープライズ・インテリジェンス・プラットフォーム」のアーキテクチャだが、SAP インテリジェント・エンタープライズを下敷きに使っている。図中の「SN Business Cloud(*SNはShandong Energyの意)」には、企業のコアプロセスを支えるSAP S/4HANA 等のソリューションを配置。その右横の「SN Industry Cloud」には、産業毎の特性を持つソリューションを配置している。この図では石炭産業を中心に記載しているが、その他の成長産業のソリューションもここに配置される。さらにその隣にある「SN Analytics Cloud」には、企業を水平と垂直の観点で可視化、分析するソリューションを配置した。

シャンドン・エナジー・グループを統合するコア・プロセスを中心に置き、産業毎の特性と競争力を持つインダストリー・プロセスを複数接続し、これらのプロセスから来るデータを多軸で可視化・分析可能とすることで、グループ全体の統一性を持ちながら、多くの産業を成長させることができるプラットフォームを作り上げている。

彼らは、このプロジェクトを本業である石炭産業から始めた。伝統的産業を研究・分析してデジタルによる革命を起こすことで、従業員の意識をシフトさせ、新産業へ向かう基盤を作ろうとしたのだ。事実、石炭産業の後にこのプラットフォームに接続された貿易事業において、清華大学経済学部とハーバード・ビジネス・レビューが主催する「2021 China Digital Transformation Pioneer Award」を受賞している。

危険な炭鉱にインテリジェンスによる安全を持ち込む

では、シャンドン・エナジーが実現した石炭産業の革命とはどのようなものであろうか。彼らはまず、自社が保有する多くの炭鉱でその改革をおこなった。広く知られていることだが、石炭採掘は労働者の死亡者数が大きい。特に中国では1985年から 2005年までの20年間において、炭鉱事故による死亡者数は年平均 約6,600人に上った(出典:経済産業研究所「中国における石炭産業の構造変化と制度設計」2016年4月 )。死亡率は近年大幅に改善されているが、依然として先進国よりも高く、2020年は205名が死亡している(2020年の石炭採掘量同100万トン当たり死亡率より筆者計算)。シャンドン・エナジーでも、2018年に21名が死亡する痛ましい事故が発生している。

21 killed in Shandong coal mine accident :CGTN
※画像クリックでビデオが再生されます

シャンドン・エナジーは経験した痛みから目を背けず、再び繰り返さないことを誓い、炭鉱にリアルタイムな透過性と自動化による安全を持ち込んだ。前項で紹介したBusiness、Industry、 Analyticsの3つのCloudにインターネット・ビッグデータ・AI・5Gを統合し、世界初の5G完備の地下炭鉱を作り上げたのである。以下のシャンドン・エナジーのコーポレートビデオではデジタル化されたインテリジェント炭鉱を見ることができる。

Dreaming Intelligence (Shandong Energy Group:英語字幕付)
※画像クリックでビデオが再生されます

インテリジェント炭鉱では、80の採掘作業現場と、71の炭鉱開発現場が完全に自動化されて運用されている。これによって、山東省の36の鉱山では夜勤を中止し、9,700人の労働者を危険な炭鉱開発から解放することに成功した。地下炭鉱の情報はリアルタイムに収集され現場に可視性を与える。例えば、ビデオ内では「粉塵を管理して集塵・冷却するインテリジェント技術を応用して、災害可能性の指標を算出して事前警告を行うシステムを開発し、早期かつ高度な予防を実現した」と紹介されている。この災害予測は、地上の管理センターと全労働者に周知されて安全を確保すると共に、生産計画や輸送計画に反映され、顧客への納入時期等を迅速に調整、更に災害回復後は計画の再作成が成されるのであろう。インテリジェント炭鉱では他にも以下が実現されている。

  • 地下炭鉱を完全3D化して、スマートウォッチで労働者の位置情報やバイタルサインを把握
  • 地上センターでのリアルタイム監視と緊急放送システムを完備
  • 自動化されたインテリジェントな採掘・輸送により1,489の輸送支援労働を削減
  • 鉱山ロボットを利用し、状態異常をリアルタイム・アラートで検知

現在を守り未来を育むために

シャンドン・エナジーは、2つの視点で現在と未来を両立させようとしている。ひとつめの観点は、現在を生きる国民に生活のためのエネルギーを供給しつつ、理想的なカーボン・ニュートラルの未来を目指すということだ。そしてもうひとつの観点として、伝統的な石炭産業に従事する従業員の雇用を維持しつつ、新エネルギーや新素材などの産業へシフトすることを目指す。

そのために、伝統的な石炭産業を研究して改革し、新産業に応用できる方法を見つけている。過去の仕事のやり方を真似るのみでは新産業に利用できるインサイトは少ないかもしれない。しかし、故きを温ねて研究し、真の問題点を乗り越えて作り出したものは、確実に新産業を発展させる基盤になるだろう。

石炭産業は大気汚染、炭素排出、死亡者数の観点から、今後縮小する産業である。しかし、いきなり縮小できることでは到底なく、縮小していく過程そのものの中に未来に繋がるインサイトがあるとすれば、そこに関わる人々は常に前向きに業務に取り組めるのではないだろうか。現在を生きる人を守り、活かしながら、理想的な未来へ進もうとするシャンドン・エナジーの石炭産業から、学ぶところは大きい。

※本稿は公開情報に基づき筆者が構成したもので、Shandong Energy Groupのレビューを受けたものではありません。

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