組織の大いなる変革に向けて心をひとつに — NHSの挑戦

作成者:松井 昌代投稿日:2021年12月3日

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

ライフ・サイエンス、ヘルスケア、医療と呼ばれる分野は関わる組織や人々が非常に多岐に渡る。医薬品や医療機器のメーカー、ロジスティクスを担う卸業者、医療機関や医療従事者、そして患者や消費者。さらには国家や地方自治体まで。SAPはこれまで長く企業間の取引データ分野でのソフトウェアでお客様をご支援してきたが、SAPのCorporate Visionは “Help the world run better, and improve people’s lives.” である。人の命や健康に関わる医療分野で、我々ができうる限り直接的に貢献しようとするならば、まずは人々の声を耳を傾けること、傾けられるしくみが不可欠だ。

本稿では、誰しもが少なくとも患者として必ず関わる医療・健康の分野において直接的に人の声を聞く取り組みから得られやすい共感を元に、”広く”組織の改善を成し遂げるために人の声に耳を傾け活かすことについて考えてみたい。

はじめに

National Health Service、通称NHSはイギリスの国営医療サービス事業を指し、患者の医療ニーズに対して公平なサービスを提供することを目的に、1948年に設立された。かつて「ゆりかごから墓場まで」と言われたイギリスの福祉サービスを現在も担っている組織である。

ちなみに2012年のロンドンオリンピック開会式では、「ジェームズ・ボンドのエスコートでヘリからスタジアムに降り立った」エリザベス女王陛下がエディンバラ公とともに貴賓席に着かれ、国旗掲揚と聴覚障碍者児童による”Very differently and warm”なイギリス国歌歌唱のあと、「Great Ormond Street Hospital(グレートオーモンド小児病院)で働くNHS所属の医療従事者たちと入院患者たち」という設定の、世界中の今の子供だけたちでなく、かつての子供たちも惹きつけられるダンスを覚えておられる方も多いだろう。これはNHSに捧げられたオマージュと言われている。

2012年ロンドンオリンピック開会式動画 (NHSパートより再生)

約14分間のNHSパートのあとは、サイモン・ラトルとロンドン交響楽団による「炎のランナー」の演奏 with Mr.ビーン。イギリスを代表する錚々たる人物と並んで全世界に向けて紹介されていることで、NHSが英国らしさを象徴するひとつであることを誰しも肌で感じられるだろう。

NHSの取り組み

イギリスはNHSが70周年の節目を迎えた2018年に、今後10年間におけるNHS Long Term Planを発表した。Planの中では、イギリスの医療が直面する財源不足、人材不足、格差の拡大、高齢化などの懸念に対して、今後の改革の方向性を明らかにしている。7章建てで取り組みの概要がまとめられている。

  1. 求められる新たなサービスモデルへの移行方法
  2. 予防の強化、健康に関する格差の是正
  3. 医療の品質と結果の改善に関する指標の設定
  4. 人材不足や医療従事者に対するサポートの改善
  5. テクノロジーとデジタル対応ケアを充実させるための広範囲な資金プログラム
  6. 持続可能なNHS運営のための財源の確保(年間あたりの伸び率向上)
  7. 次のステップ — 関係者のコラボレーションに基づく運用モデル

このLong Term Planを実現するための人材分野(特に上記4)における戦略として、2020年7月に直近2年間におけるNHS People Planを発表した。2020年7月と言えば新型コロナウィルスが全世界を襲ってから間もない時期である。そこで多くの人々が抱くであろう「なぜ今People Planなのか」という疑問。同サイトには、NHS 最高人事責任者であるPrerana Issarが投げかけたこの問いに対する、英国保健教育機関議長Sir David Behanの答えを直接動画で知ることができる。ここでは彼の答えを共有したい。

NHSがこの新型ウイルスによって引き起こされた世界的大流行に対応し、わずか5か月間と言えども劇的な経験で培われた知見をキャプチャすることは本当に重要でした。 NHSの反応は大いなる賞賛に値すると思います。この事実から3つのことを挙げたいと思います。まず、人々は彼らが占める役割や肩書ではなく彼らが持っているスキルに基づいてチームに参加しました。次に、総合診療医(*)はテクノロジーを使用してバーチャルでの相談を実施し、彼らに相談したい多くの人がアクセスしやすくするだけでなく、総合診療医が実際に診療を提供できるように改善しています。これらは持続可能な(今後も継続すべき)変化であり、私たちが維持する必要のある敏捷性を示したと思います。したがって私たちが提唱しているプランは、2019-21会計年度の行動に焦点を当て、確保された知見を実際に捉え、今後の運用方法に確実に組み込まれるようにします。さらに、NHS内にはこれまで以上に持続可能で思いやりのある文化を作りたいと考えています。過去5か月間、信じられないほど一生懸命働いてきたスタッフの多くは疲れており、今後は実際に彼らの幸福と福祉を促進する方法を構築する必要があります。ですから、包括的で思いやりのあるリーダーシップに重点を置き、スタッフが最善を尽くすようにサポートし、患者に最高のケアを提供できるようにする、それこそが私たちがピープルプランから確保したいことです。
— Sir David Behan, Chair of Health Education England

*イギリスでは国民一人ひとりの総合診療医(GP)が予め決まっていて、不調の部位や程度に依らず、医療サービスを受けたいときはまず自身の担当GPにコンタクトする

People Planの具体的内容についてご興味のある方は、上記のリンクから直接サイトにアクセスしていただきたい。ここで私が注目するのはPeople Plan自体そのものよりも、Sir David Behanが答えたのはいずれも「言うは易しだが行うは難し」で、それぞれの目標が果たして進捗しているのか、進捗しているとしてその度合いを測定できるのか、計画通り機能しているかどうか、例えばスタッフに対するサポートが行き届いているかどうかをいかに把握するかということである。

実はそのことにSAPとQualtricsが関わっている。NHSは過酷な状況で勤務する医療従事者たちへの賞賛と感謝を具合的に表す行動として、テクノロジーを使って彼らの声を集めたのだ。サーベイに回答したのは595,270名。2021年5月時点のフルタイム医療従事者数は1,193,666名、実にNHSに所属する約半数の声が集まったことになる。そこにはNHSの変革への期待もあっただろう。

eBookでは最前線で働く彼らの想像を超える心身のダメージを数字で見ることができる。

  • 業務関連のストレスのため気分が悪いことがある — 44%
  • (コロナ感染以外の理由により)気分がすぐれないにも関わらず仕事をした — 46%
  • NHSという組織を離れることをしばしば考えている — 26%
  • コロナ禍以降、燃え尽き症候群を感じた — 47%

その一方で、予期しなかった過酷な経験の結果として、医療界がより良く変化すると信じている医療従事者が64%いることもまた掴めている。さらには数値だけでなく、フリーコメント回答欄からのインサイトをマイニングし、優先すべきアクションを特定している。さらに詳しくお知りになりたい方は以下eBookにアクセスしていただきたい。

Enhancing the employee experience for a more resilient NHS

ちなみにこのeBook、我々SAPとQualtricsにとっての販売促進ツールである訳だが、しかしながらサーベイ結果を我々が全世界に向けて配信するのをNHSが認めていることに、彼らの覚悟、いわば本気度合いを感じる。おそらく今後もこのサーベイは継続するであろうし(いや、継続するはず)、結果としてその進捗を誰もが知ることになるのだ。イギリスの国家予算の実に1/4で運営されていると言われるNHS。NHSだけの問題ではなくイギリスの問題として国民も心を寄せ、ともに変革に参加しようと考えることにつながるのではないだろうか。

ちなみにSAPは数年前にITソフトウェアベンダーからエコシステムパートナーへの脱皮を宣言している。NHSの取り組みへの関与がまさしくその形を示していると言えよう。

NHSが教えてくれること

さて、改めて何がこちらに本気度合いを感じさせるのかを考えてみた。そもそもNHSの取り組みは本気で取り組んでいることを示す、単なる掛け声ではない、変革を実現するための建て付けになっているのだ。つまり、Long Term Planでビジョンを明示し、責任者を明確化し、People Planで数字目標や実現に向けた裏付けのある戦略・戦術を掲げることで、所属する医療従事者に対してNHSとしてのコミットメントを伝え、その行動の一環としてサーベイを実施。シンプルでわかりやすいことが実現イメージをもたらしてくれる。サーベイの参加者は、これを続けていけばきっと計画は現実になっていくだろうと思ったのではないかと想像する。困難な状況を克服するには、関係者が心をひとつにすることが何よりも必要であり、そのための建て付けということだ。

考えてみれば企業のビジョンと経営戦略、実行と何ら変わらないことがわかる。収益を追求することは企業のミッションだが、それも人材あってこそ。今回取り上げたNHSに所属する医療従事者はエッセンシャル・ワーカーと言われるが、医療に拘らなくとも、すべからく組織にとって所属する人材は宝であり、つまり”エッセンシャル・ワーカー”であるはず。組織のあるべき姿を描き、関係者間で認識を合わせられる戦略・戦術を策定し、Qualtricsのようなデジタル技術を活用して繰り返し現場の声に耳を傾け取り入れながら、ともに描いた姿に向かっていく。NHSが見せてくれた建て付けに習い実践しつつ、NHSの今後の動向に注目することで、更なるインサイトを得られるように思う。

※本稿は公開情報をもとに筆者が構成したものであり、NHSのレビューを受けたものではありません。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

連記事

SAPからのご案内

SAPジャパンブログ通信

ブログ記事の最新情報をメール配信しています。

以下のフォームより情報を入力し登録すると、メール配信が開始されます。

登録はこちら