市場投入した商品を可能な限り延命させる : 半導体装置メーカー ASML 循環型経済実現への挑戦

作成者:古澤 昌宏投稿日:2021年11月26日

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筆者はSAPで組立型製造業の業界を担当している。この役割のお陰で、多種多様な製造業のお客様から相談を持ち掛けられることがある。多くは秘密保持契約下でのご相談であり、このようなオープンなところで書くことは許されない。いっぽう、そのご相談ごとの解決のために調査を進めていくと、思いがけない材料を拾ったりもする。
今回は、そんな材料の中から、一般に公開されている半導体装置メーカー ASML社 の取組みを読者の皆様に知っていただきたいと考えた。テーマは同社のサーキュラーエコノミー (循環型経済) アプローチである。

ASML社

ASML社はオランダ南部・フェルトホーフェンに本部を置く半導体製造装置メーカーである。半導体露光装置(ステッパー、フォトリソグラフィ装置)を販売する世界最大の会社で、16ヶ国に60以上の拠点を有し、世界中の主な半導体メーカーの80%以上がASMLの顧客であるといわれる。
1984年にフィリップス社とASM International社が折半出資して立ち上げたのが合弁会社 ASM Lithography社。1988年にスピンオフして独立したASML社となった。
売上高ベースで2019年のASML露光装置の世界シェアは81.2%。露光装置の内訳を見ると、EUV(極端紫外線)露光で世界シェア100%、ArF液浸で97%、Krfで65%(2018年、売上高ベース)であり、高分解能の露光装置では圧倒的なシェアを獲得しているとのこと。
装置の価格はEUV装置で一台200億程度、比較的安い装置でも数十億は下らない非常に高価な設備だという。

半導体メーカーは「ムーアの法則」に沿って製造する集積回路(IC)を年々微細化させる。ICの製造工程では数十回シリコンウェハーに露光を重ねるため、ICの性能は露光機の性能に依存する。EUVL(極端紫外線リソグラフィ)では7nmノード以下の露光が可能であり、その世界唯一の装置メーカーであるASMLは、装置の価格決定権を握っている。

半導体メーカーと半導体製造装置メーカーの関係性

日経クロステックの記事「半導体製造装置の保守事業収益化への道 (野村證券 金融経済研究所 和田木哲哉氏)」は、2009年3月に発表されている。それから干支が一回りしている。しかしながら、その記事に書かれていることは、今でもほとんどそのまま通用するという。

かつては,デバイス・メーカーの製造部門には,装置メーカーよりもレベルの高い技術者がそろっていた。このため,(1)半導体製造装置メーカーのエンジニアリング業務に対価を支払うという意識が乏しい,(2)一部の地域,特に日本では「サービスは無料」という商慣習が依然として存在する,という2点を低収益の理由として挙げる半導体製造装置メーカーが多い。

もうひとつ、日本には構造的な問題がある。つい先日(2021/11/18)も、台湾TSMC社とソニーグループが熊本に半導体新工場を建設することを発表した。日本の半導体工場は北海道から九州まで分散している。このため製造装置メーカーは1サービス拠点で1顧客しか保守できない。そのためにサービス拠点にかかる固定費すべてを顧客から回収しきれないのだ。結果、本来高い収益率を得られるはずの装置保守業務で適切な収益を上げることが出来ないのだ。
一方、台湾では半導体工場が新竹科学工業園区に集中しているので、装置メーカーは10社以上の顧客をまとめて保守可能であるという。これは装置メーカーのビジネス環境に大きな差があると言わざるをえない。

和田木氏は、12年前に以下のような問題点指摘と解決策提示をしてくれている。

問題点) 分散配置している半導体メーカーの工場を物理的に一極集中させることは不可能。

  • 製造装置の遠隔監視システムを使って、1メンテナンス拠点で多数の顧客をカバーすること。
  • 固定費の削減を図るべき。

解決策) 遠隔監視システム から 予知保全・予防保守 の実現へ。

  • 外観検査装置を組み込んだ半導体製造装置をWAN環境またはインターネット環境で遠隔地から監視。
  • 異常を検知したら、遠隔で停止・補正等の命令を送信。加えて技術者に指示を送る。
  • 問題発生時にエンジニアを現地へ派遣せずに済んだ事例が30%,エンジニアに有益な情報を提供して修理時間を短縮できた事例が50%。
  • (2009年現在) 米KLA Tencor社,米Applied Materials社,日立ハイテクノロジーズ社,東京エレクトロン社が半導体製造装置の遠隔監視システムの拡販に務めている。
  • 遠隔監視システムは本格的な普及には至っていないが,今後力を入れて研究するに値する技術である。

現在ならば、技術的に実地導入可能なソリューションが存在している。SAPならばSAP Asset Intelligence Networkを、顧客・装置メーカー・フィールドサービスなどを取り持つプラットフォームとして提供している。その周辺に必要なアプリケーション群を配すことで、遠隔監視、予知保全・予防保守が可能になる。

SAP AIN

SAP Asset Intelligence Network概念図

このような厳しいビジネス環境下でも、ASMLは営業利益率 29% (2020年度) を誇っている。EUVなどの競争力のある商品の価格決定権を保持するだけでなく、アフターマーケットでも高付加価値を顧客に提供し、十分な対価を得るビジネスモデルを創造しているからだ。

ASML社の循環型経済アプローチ

そのビジネスモデルのひとつが、本稿で紹介したい「循環型経済アプローチ」である。以下の多くはASML社の 2020 Annual Report が情報ソースとなっているので、予めお断りしておく。

一般的なサステナビリティ対応

ASMLは循環型経済実現への野心を隠そうとしない。
廃棄物の最少化から材料価値の最大化まで、ASMLは環境フットプリントを削減するためにあらゆる措置を講じているという。業務と製品の両方から廃棄物を管理することは、ASML のサーキュラーエコノミーアプローチと サステナビリティプラクティス の鍵となる。
オフィス、梱包、プロセスで使用する化学物質の有害廃棄物などを削減すること。また、アップグレードで不要になる部品または不良予備部品の廃棄物を減らすこと。これらを目標数値を立てて、実現に努力している。なるべく廃棄物の削減、再利用、リサイクルに尽力して、廃棄物を最少化しようとしている。
また、この方針に基づいて、2020年度はASMLのサプライヤから顧客まで、梱包材の再利用について細かく分析を行い、中古梱包材を再利用のために自社製造拠点に返送すべきかどうかのPoCを実施。その結果、梱包の重量が輸送時の最も関連性の高い環境要素であることが判明したとのこと。本年2021年には廃棄物および廃棄物削減活動の影響を計算するためのライフサイクル評価モデルが生成される予定とのこと。

その他、部品、ツール、梱包、および資材の再利用を促す活動もしている。再利用方針をすべての部品とツールに拡張し、グローバル規模で材料の再利用を推進する専任のセクター横断再利用部門を創設した。機能的に問題のない再利用パーツから、不具合のあるパーツおよび未使用のパーツまで、現場から戻ってくるすべての製品関連パーツおよび品目に、再利用を適用する。修復、アップグレード、格下げ、資格取得後に『As-New(中古品・新古品)』部品として再利用可能な部品などを盛り込んでいる。そのために、ASMLは「修理センタ」を設置した。
サービスパーツや資材の現地修理センタを拡張し、工場資材のグローバル修理センタを設置することで、ASML の再利用作業を増やしている。2020年までに韓国と台湾に現地修理センタを構え、2021年には中国に展開。ASML の目標は、2025 年までに部品の再利用率を 85% に引き上げることだという。

こういった「サステナビリティ対応」は、製造業一般でよく見られる取組みであり、Operational Excellenceを追及することでビジネスプロセスの効率化を図り、操業コストを下げる効果がある。

ASML社独自の「成熟製品の存続期間延長」

これに加えて、ASMLでは「成熟製品の存続期間延長」という取り組みを行っている。
Annual Reportには以下のようなKPIsが示されている。PAS5500システムの市場残存率90%を維持していこう、という具体的目標である。

循環型経済のKPIs

ここに2つの謎が生じる。
なぜ PAS5500 という一機種を取り上げてKPIとしているのだろうか。また、なぜ、「ムーアの法則」に支配された半導体バリューチェーンの鍵となる製造装置で、このように長期にわたって存続期間を延長させることが可能なのだろうか。

1つ目の謎は、マーケティングの観点で説明がつく。
PAS5500というステッパーは、KrFレーザー光源を用いたフォトリソグラフィー装置である。1991年5月9日に初出荷され、今年2021年はそれから30年経過した記念の年であるという。
PAS5500によってASMLは、先行するニコンとキヤノンを抜いてリソグラフィー市場でのトップ企業になることができたので同システムを今でも特別視している。しかし、ただ過去の記念としてPAS5500を博物館送りにするのではなく、これからも市場で活躍し続けるPAS5500をより長く保守していこう、というビジネス目標を示すことで、同社にとっての特別なシステムであることを内外に示しているのだ。

なぜ「存続期間延長」が可能なのか

2つ目の謎は、いくつかの要因を組み合わせて考える必要がある。
理念と戦略と具体的戦術だ。
理念については、前述の「一般的なサステナビリティ対応」と併せて、メーカーとしての責務を果たすことだと理解できる。
戦略については、記念碑的 PAS5500 を対象とすることで、株主や顧客、サプライヤーにASMLの具体的施策を印象付ける効果は大であると考える。あらゆる半導体製造装置に「存続期間延長」を広げることは技術的進歩の面から現実的ではない。しかし循環型経済の具体的モデルは実装したい。これまでも長く客先で使い続けられてきた PAS5500 は、対象としてうってつけであったといえる。
具体的戦術は、ヒト・モノ・カネ、で説明できなければならない。
30年という期間は、労働者の一世代にあたる。今後も存続期間を延長するという宣言は、PAS5500 の技術を次の世代にも継承していくことを意味する。若い技術者が旧い機器をメンテナンスし続けるために、技術的モチベーションは不可欠だ。その点、PAS5500 はモジュラー設計が取り入れられていて、新たなモジュールを開発して取り付けることが可能な基本設計であるところがミソだという。要するに、再生可能なシステム設計になっているのだ。
モノの点では、もう少し厄介な課題があったと聞く。一般にサプライヤから納品される部品やコンポーネントは7年から10年が存続期間であって、時間経過とともにASMLは PAS5500 の保守部品を入手できなくなってしまう。ASMLは前述の『As-New』対応でしのぐだけでなく、部品を納品してくれるサプライヤ各社に具体的数値の入ったビジネスケースを示し、この「存続期間延長」の取組がサプライヤのビジネスにおいても利益になることを示し説得していったという。
カネの点においては、圧倒的市場シェアを誇るEUV装置からの収益が、その取り組みを支えているのだそうだ。

ASMLの循環型経済アプローチ

ASMLの循環型経済アプローチ

これら具体的戦術の成果は著しい。PAS5500 は顧客であるチップメーカーにとって理想的なプラットフォームであり、手頃な価格と必要な生産性の両方を提供することができる点が市場で高く評価されている。このあたりは、ASML社のPAS5500紹介ページに詳しい。興味のあるかたは、是非ご参照いただきたい。

存続させるべき対象は戦略に基づいて決定する

「もったいない」という言葉は、英語版Wikipediaにも掲載されている日本由来の麗しい単語だ。この「もったいない」を、どういう「モノ」を対象に使うだろうか。これは私の主観だが、食べ物、衣服、広告紙の裏、などのチープなのだが、まだ使える状態で捨てるのは惜しい対象に「もったいない」と思う気がする。逆にビルディングなどの有形固定資産の取り壊しに「もったいない」とは思わない。グランドプリンスホテル赤坂 (通称「赤プリ」) の取り壊しを見ても「もったいない」とは感じなかった。ああ、壊すのか。バブル期の遺産がなくなるな、くらいの感想だった。
一方、欧州の旧い街並みを見て、有形固定資産を壊すことに対して欧州人が「もったいない」意識を持っているのではないか、と推察している。ノスタルジーだけだろうか。いや、より長持ちする建材を用いて堅牢に作り資産として長く使う、それが合理的だと判断しているからだろう。

方や、捨てるべきものを、戦略なしに存続させた実例を見ることがある。吸収・合併会社のたすき掛け人事や、基幹系システム/勘定系システムの継ぎはぎが典型的な例。吸収・合併は社内の仕組みやプロセス、社外とのプロトコルを見直す絶好機のはずだが、それを逸してしまう例が多いのはなぜだろう。そんなことは無いはずだが、旧い仕組みを壊すこと自体をまるで「もったいない」と感じているかのようだ。

伊勢神宮の式年遷宮のように、まだ十分使える状態であるにもかかわらず、新たに建てることを繰り返す風土や伝統は、長期戦略に基づいての行動だと信じる。また最近の動きとして、東京・大手町の三菱地所による「100年ビルへの挑戦」のような、有形固定資産の長寿命化の取組みがある。これもよく練られた戦略に基づいているはずだ。

今回紹介したASMLの取組が、循環型経済実現に向けての戦略立案に少しでも役立ちますように。——-

※本稿は公開情報をもとに筆者が構成したものであり、ASML社のレビューを受けたものではありません。

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