”共感で人が動く”ことに長けた建設業 グラハム社

作成者:土屋 貴広 投稿日:2021年12月1日

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建設業から見たERP

建設業では、労働人口が減少する中、熟練技能者の技・ノウハウ・勘の伝承や、働き方改革の潮流により現場生産性向上の課題に直面し、業務品質の維持・改善が問われている。そのため、今まで以上にICT(Information and Communication Technology:情報通信技術)の積極的な活用に取り組み始めている。

ここ数年の我々への引き合いの数を見ても確実に増加傾向にあり、”経営管理情報の可視化”や”業務効率改善”などがそれぞれの企業の取り組みテーマにあがっている。これらは業界内の変化もあり、総論としては、”ワンファクト・ワンプレイス”や”全体最適”、”業務標準化”などの(ERPの)コンセプトが共感されるようになってきたと感じていた。一方で海外の建設業への適用例と比較すると、「現場」への適用には二の足を踏んでいるようにも見受けられていた。

そんな時に北米で事業展開する建設業のコメントが目に留まった。

”Making Work Faster and More Efficient from the Construction Site to the Back Office”

現場からバックオフィスまでの作業をより速くより効率的にする

このコメントの通り、建設業の多くは、現場とそれを管理する支社機能、それらを束ねる本社機能の3階層で構成される。そのため、現場のインプットが支社、本社にリアルタイムで反映できれば、組織間に存在する間接業務は削減できるだけでなく、作業をより速くより効率的できるはずだ。

この発想自体は受け入れられるだろうが、残念ながらなかなか実現にまで至っていない状況があり、そのギャップを探る必要を感じていた。

そんなことを考えていると、幸運にも、現場プロセスへのERP適用を評価できる機会を得ることができた。その作業の始めに上記コメントの意見を求めると、やはり同意は得られた。しかし、それだけでは現場に共感を得られないという。その理由を尋ねると、もっともな意見があった。

    • 大半の効果は支社/本社側であり、現場側が動く理由になりづらい
    • プロセス効率の話を進めても、クライアント/協力パートナー側のデジタル化の遅れがネックになり、その先が進まない
    • 現場の責任で動かす以上、自分達のやり方でやりたい
    • 結果、各現場が個別に最適化し続けられれば、全体最適と変わらない

だからと言って、被評価相手も決して現在のサイロ構造が良いと言っている訳ではない。今のままでは、一生誰かが、組織やプロセスを横断してデータを収集・加工する必要があるからだ。この作業の特性上、業務量や管理の要求レベル(頻度、精度など)に応じて増員が必要になるのだが、それは許容され難いからだ。このような状況は何とかしたいが、現場が納得できる理由が見つけられない限り、安易にこの取り組みを強制できないのである。

このような状況の相手に、How(どのようにして)を訴求しても、腹落ち感が悪いのは当然のことだ。つまり、相手は Why(なぜ)を求めており、そもそもの会話が噛み合っていなかったのだ。

そんな思いを巡らせていた時に、グラハムグループ(以下、グラハム)のケースに出会った。前述は彼らのコメントであり、10年以上ERPを使い続け、段階的に進化させている姿が紹介されていた。

グラハムの特徴

ご紹介するグラハムは、カルガリーに本社を置き北米全土に事業を展開する建設会社である。彼らは「北米No1の建設ソリューションパートナーになること」を目標に掲げ、1926年に駅の建設から始めた事業は、専門知識を広げ、様々なタイプの建物や産業インフラ、公共施設、P3事業に至るまで様々なカテゴリーに事業を展開している。

また、彼らはメインコントラクターだけでなく、サブコントラクターや協力パートナーなど、状況やニーズに応じて役割を変化させている。

100年近い歴史を持つ企業であるとはいえ、これだけの多様な事業を展開できるのは大きな特徴である。その理由は、専門知識や経験を取得するには時間が掛かる上、専門性を売りにする競合企業とも差別化できなければならないからだ。その特徴は彼らが定義するサクセスドライバーから構成され、下支えしていたのはIT戦略だった。

”We continue to be at the leading edge of both software technology and sustainable construction practices

ソフトウェア技術と建設プラクティスの両方で最先端企業であり続ける

サクセスドライバー自体は6つから構成される。

  • Construction Expertise
  • Integrated Capabilities
  • Self-Perform Capabilities
  • Financial Strength
  • Technology Innovation
  • Learning & Development

グラハムの取り組みを観察によって紐解きながら、現場プロセスにERPを適用する理由を探ってみることにする。

観察①:今できていないことにアドレスして価値を示す

専門知識や経験も重要ではあるが、プロジェクト遂行能力を支える要素でしかなく、結局の所、良質な建設物を予算以内、かつ工期を遵守し、現場の安全と環境に配慮することが重要になる。

つまり、Quality(品質)、Cost(原価)、Delivery(工期)、Safety(安全)、Environment(環境)(以下、QCDSEと表現を管理する能力こそが重要であり、それらをサポートできる能力が会社全体として必要だと考え、業務基盤を統合させている。

一般的な現場でのプロジェクト管理には、主に2種類のデータが存在する。原価や工期を代表される「業務データ」と、品質、安全、環境などに代表される「ドキュメントデータ」で、これらデータが個別に管理されているのが実態である。これらの情報が同じタイミングで、関係するステークホルダーに共有されることで、間接付帯業務を最小化し、物事の判断を効率良くできた方が確かに有効だ。ただ、まがりなりにも今もできていることを、変える理由にはならないのである。

実際の建設プロジェクトは立地や気候など様々な条件により変更が発生する。当然、スケジュールの見直しが入れば、資材や人材の投入のタイミングも変わり、原価にも影響を与えるかも知れない。また、品質に影響を及ぼす事象が発生すれば、設計の見直しのケースすらある。このように、ひとつの変更が複数の組織やプロセスに影響するため、彼らは業務プロセスの統合にこだわり、それらを全社(現場/支社/本社)でサポートするため業務基盤を整備していた。

単に組織横断で情報を収集・加工するだけであれば、業務プロセスを統合する以外の解決策も考えられる。しかしながらグラハムのポイントは、プロジェクトの管理能力を向上させるために、現場以外にも専門性を持たせ組織横断で現場をサポートできる体制を構築したことだろう。

また、現場以外で専門性を持たせた例として、プロジェクトリスクの評価・管理がある。彼らは、その専門知識を用いた管理サービスをクライアントやパートナーに提供している。これはIT戦略で語っていたことそのもので、社内の管理プロセスを成熟させ、そのプラクティスをステークホルダーに還元しているとも言える。

このことは、従来の社内向け機能の専門性を高めることで、新たなサービスとして還元できる好例ではないだろうか。

観察②:自分達のやりたい世界を明確に描き共感を得る

プロジェクト自体が協力パートナーへの依存度が高いことは、企業におけるパートナー開発は重要な要素のひとつでもある。しかし、その規模は様々で、公共事業ではその地域パートナーとの連携も必要となる。幅広いパートナー開発が求められる一方で、規模が異なるとITリテラシーも異なるため、手間の割には効果が見えにくいと言うのが実態ではないだろうか。

同様の問題を持つはずのグラハムは「彼らに変わってもらうために何をするのかを前提」に進めていた。 この発想は「協力パートナーも重要なステークホルダーである」という価値観によるものが大きい。

観察①でも触れた統合システムは、見積からプロジェクト管理、調達などプロジェクトフェーズを通じ、必要な関係者に必要な情報がリアルタイムで提供される仕組みであり、協力パートナーも提供されている。プロジェクトを通じて関係するステークホルダーとのコラボレーション基盤として機能している。

“現場からバックオフィスまでの作業をより速くより効率的にする”というコメントの意味は、社外のステークホルダーとも協働利用することが前提になっていたのだ。

またこの前提は採用や開発にも反映されており、彼らのホームページのトップには新規パートナー採用ページで窺い知ることができる。正式採用されたパートナーには、専用ポータルを通じてグラハムの持つベストプラクティスやガイダンスなどを学習する機会も提供される仕掛けになっている。

グラハムの提供する世界観にパートナーも積極的に参加させることで、デジタルを利用するハードルを下げると同時に、提供機能を拡充させている。かつては紙ベースで運用していた協力パートナーの工数管理などは、支払プロセスも含めオンライン化させ、現場管理業務の省力化に大きく貢献している。

彼らにして見れば、「自分達が実現したい成功基準を明確に描き、それに共感してもらった仲間には支援をする。さらに、その取り組みを改善して進化させていく」ことは当たり前のことなのだろう。

協力パートナーのデジタル化をただ待っていても改善される訳ではない。自分達のやりたい世界に共感を得られたパートナーとは、一緒にやり方を考えながら前に進めてみるべきかも知れない。

観察③:検討アプローチの再考を促す

“革新的な情報技術を早期に採用し、仕組みを進化させ続ける”がグラハムのITビジョンである。自分達が何を革新的な技術と捉え、どこまで進捗したのかを振り返り、ホームページ上で公開している。このアウトプットが良いかは別として、自分達が辿りついた点を明確にすることで、その先にどのような進化できる世界があるのかをコミュニケーションし易くしている。

Source : Construction Then & Now: 2000 vs 2020Grahamを著者が妙翻

せっかく現場を巻き込むのであれば、どうなりたいのが?を想像したり、他社が実現している世界観を参考にアイディアを考えたりと、検討アプローチ自体を工夫することでワクワク感を醸成することも重要だと思う。

まとめ

今回グラハムの取り組みを紐解いてみたところ、ICTを積極的に活用した差別化戦略を描き、実行している戦略的な企業だった。ただ、ひとつひとつの取り組みは基本に忠実な進め方をしており、この変革には近道がないことも再認識させてくれた。それでも、何よりもステークホルダーからの共感を得るのがうまかった。

観察①からの学びは、多くの他業界で採用されている、現場にも共感を得て進めるアプローチが、建設業界でも有効な方法であると改めて理解できたことである。グラハムは、現場から見たペインポイントに対してERPが有効な手段であることを示すなど丁寧なコミュニケーションをしていた。当たり前の話だが、共感を得たい相手(現場)を主語にしたコミュニケーションが不可欠であり、手段(ERPなど)を主語となるコミュニケーションはタブーなのである。

観察②から学びは、動かない相手へのアプローチ。ステークホルダーから共感を得る方法に魔法はなく、自分達のありたい姿を示し、相手に共感を得ながら進めるやり方は試してみる価値はありそうだ。その際に、自身が進化し続ける企業であることをあらかじめ周りに示しておくことが肝要だ。

さらに見せ方を学んだのが観察③だった。プロジェクトをベースに人を動かすことに長けている建設業だからなのかはわからないが、彼らの取り組みは、“相手に興味を持ってもらい、相手を観察しながらアプローチを考え、そして実行して修正していく“というこの当たり前のことを着実に繰り返していた。

このことを日々のコミュニケーションに当てはめると “共感”が“指示”になってしまっているケースが多いことに気づかされる。私自身もグラハムからの学びを活かして、今後はより一層“共感”にこだわっていこうと思う。

※本稿は公開情報をもとに筆者が構成したものであり、Graham Group社のレビューを受けたものではありません。

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