Inspired.Lab―新規事業の創出による日本発のイノベーションを支える「伴走者」―
作成者:SAP編集部 投稿日:2021年12月23日
ニッポンの「未来」を現実にするために、SAPジャパンの社員が取り組んでいるさまざまな変革プロジェクトをご紹介する本連載。6回目は「Inspired.Lab」をご紹介します。日本企業の新規事業創出を支援するコワーキングスペースとして、SAP ジャパンと三菱地所が共同で運営するこのラボには、大手企業の新規事業開発部門からスタートアップまで、多彩な企業が入居しています。本ブログでは、このラボの設立の狙いやコンセプト、また現在の活動内容について、Inspired.Lab Chief Revenue Officerの原 剛さんに話を聞きました。(聞き手:SAP編集部)

Inspired.Lab Chief Revenue Officerの原 剛
新規事業の創出におけるSAPの経験値を日本企業に提供
― まず、2019年にオープンした「Inspired.Lab」の概要についてお聞かせください。
原 SAPジャパンと三菱地所の共同事業であるInspired.Labは、「オープンイノベーションのためのコラボレーションスペース」というコンセプトで運営されています。現在は大きく2種類の企業=大手企業の新規事業開発部門とスタートアップ企業が入居しており、約3分の1が大手企業、残りの3分の2がスタートアップ企業といった割合です。
これらの企業は共通して、「日本における新規ビジネスの創出=世の中の課題を解決するための新たなビジネスを起こす」という目標を掲げていますが、本業とはゴールもプロセスもまったく異なる、未知の課題へのチャレンジには多くの困難が伴います。SAPは2010年に新規事業の開発拠点をドイツからシリコンバレーに移して、さまざまな新規事業創出のプロジェクトを手がけてきました。そこで蓄積したノウハウを日本企業の皆様にも提供するのがInspired.Labの狙いです。
― Inspired.Labで提供される設備には、どのようなものがありますか。
原 それぞれの入居企業に提供される個室以外に、打ち合わせや作業に使える共用スペースや会議室、プロトタイプ工房、軽食サービスを提供するカフェテリアなどが用意されています。これらは、すべて三菱地所とSAPジャパンが共同で設計したものですが、設計にあたってはドイツから専門のコーチを招いて、デザイン思考を応用したMosaicというワークショップを開催し、利用者の気持ちに寄り添ったユーザー起点で検討しました。

エントランス

ホットデスクエリア

プロトタイプ工房
「デザイン思考」と「コミュニティ」を通じた新たな可能性の探求
― 日本企業の新規事業創出の支援とは、具体的にどのような内容なのでしょうか?
原 シリコンバレーに移転したSAPの新規事業の開発拠点では、これまで「イノベーションの創出に不可欠な3つの“P”」を掲げてきました。
- People=いつも同じメンバーではなく、多様な人々と出会っていくこと
同じ組織の同じ文化に染まっていては、新しい視点は生まれない。多様な組織、異なる領域の人々と会話をすることが新たな刺激になる。 - Process=デザイン思考のアプローチで、課題から入っていくこと
従来の日本企業は「良いもの」を作ってから「何に使うか」を考えた。新規事業の創出には「人が本当に必要としているものは何か」から考える姿勢が不可欠。 - Place=既存の組織の中では難しい、新しい試みを外部で育てること
本業とまったく異なる未知の事業を育てるためには、組織の外部に「出島」のような自由にアイデアを試せる場を作ることが必要。
これらはすでにシリコンバレーの拠点では実践されていて、現地を訪問した多くの日本企業の皆様からも共感していただけるのですが、そのモチベーションを帰国後も維持するのは難しいのが現実です。Inspired.Labは、それを実践に移すためのSAPならではの支援を提供できる場を目指しています。
― とはいえ、課題やゴールがまだ見えない新規事業創出の支援は容易ではないと思います。
原 そこで大きな力になるのが、Inspired.Labに入居している方々のコミュニティです。Inspired.Labでは、長年にわたって新規事業を手がけてきたベテランを中心に、自社の成功例や失敗例など、さまざまな会話が飛び交っています。入居者の皆様はこうした体験談を参考にして、自らの取り組みの方向性を探り、そこにSAPジャパンがさまざまな側面から支援を提供しています。これにより、意欲のあるビジネスパーソンなら誰でも新規事業を創造できるフレームワークが生み出せるのではないかと考えています。
― SAPが掲げてきたデザイン思考は、まさにそうしたアプローチですね。
原 特に日本の製造業では、お客様へ提供するものは完璧でなければならないという精神文化があります。それでは変化の激しい時代に追随することはできません。いち早く試作品を作ってお客様に提供し、その評価を迅速にフィードバックする。こうしたデザイン思考に基づくアジャイルなアプローチが、このラボの入居企業には当然のこととして浸透しつつあります。これは、Inspired.Labが入居企業の皆様とともに取り組んできた成果の1つです。わかりやすい例として、現在オープンスペース内に設置している「べジテーブル」は、入居企業同士が連携しながら“世界で初となる試み”によって野菜栽培にチャレンジするための試作品です。

Inspired.Labに設置されている試作品のひとつ:べジテーブル

収穫できるまで野菜を育てることができる
― 入居者の皆様から何かしらの相談が寄せられるようなこともあるのでしょうか。
原 言葉では表現できない迷いや悩みは、それぞれの方がお持ちのはずです。大勢の方が集まるコミュニティの場では、逆に相談しにくいことも考えらえます。こうしたことについては、日頃から皆様の表情や様子に目を配りながら、こちらからさりげなく声がけをするといったことも心がけています。
グローバルで再び存在感を発揮するためのイノベーションの「伴走者」
― 開設から早くも3年目を迎えますが、Inspired.Labに新しい変化は生まれていますか。
原 Inspired.Labは、入居企業のコミュニティにSAPジャパンが加わって、お互いに触れ合うことで化学変化を起こすための場です。その意味でラボ自体の変化というよりも、さまざまな化学変化から新しいものが生まれてくることが重要だと考えています。
日本企業は、どうしても高度成長期の大きな成功体験に縛られているところがあります。グローバル市場で再び存在感を発揮するためには、やはり抜本的なマインドチェンジが必要です。企業の文化を刷新し、新規事業の種をどのようにして育てていくのか。こうしたイノベーションの「伴走者」として、SAP ジャパンが皆様の側でサポートを提供できる頼れる存在だと理解してもらうことは、重要なミッションだと考えています。
SAPでは、これまでもそうしたメッセージ発信してきましたが、具体的な成果については海外の企業が中心でした。それだけにInspired.Labが2019年から積み重ねてきた日本独自の実績は、微力ながらも日本発のイノベーションに貢献できるものだと自負しています。
― 国内のネットワークの拡がりで、交流やイベントなども増えていると聞いています。
原 SAPが展開している「ビジネス イノベーターズ ネットワーク」と呼ばれる活動があります。これはInspired.Labを拠点としたイノベーションに強い関心を持つ企業のネットワークで、現在約400名のメンバーで構成されています。最近は、このメンバーによるワークショップの開催など活動がかなり活発になっています。
この他にも、Inspired.Labの入居企業には、SAPジャパンが主催する次世代のリーダーコミュニティ「RELAY(リレイ)」に参加しているメンバーもいて、ここでもさまざまな交流が生まれています。こうしたネットワークは、今後もどんどん拡大していくことを期待しています。
未来の創造につながる新たな知見、ノウハウの継続的な提供
― 着実な成果が生まれつつあるInspired.Labの今後の活動についてもお聞かせください。
原 Inspired.Labがある大手町のビルは1958年の竣工で、現在は私たち以外のSAPのイノベーション関連施設のほか、国内の大手企業の研究所や開発部門、スタートアップなども入居しています。この背景には、オーナーである三菱地所がこのビルを日本の新たなビジネス創出の一大拠点に育てていこうとする「100年ビル」という構想があります。こうした中で、私たちSAPジャパンも日本企業のイノベーションの伴走者として、デザイン思考をはじめとするSAP ならではのノウハウを惜しみなく提供していきたいと考えています。
コロナ禍による非常事態宣言下の環境では、対面のワークショップやイベントの開催にはかなりの制約がありましたが、この間もSAPジャパンは新規事業の創出という原点に立ち返って、ここで何をすべきかについて、入居企業の皆様との定期的な1 on 1を通じて、さまざまな意見交換を行ってきました。その結果、これまでは特に意識することなく行ってきた催しなどの本質的な意義を再確認することができました。
このラボの主役は、あくまで入居社の皆様です。こうした逆風も含めて、何かアドバイスが欲しい、いつもとは違った切り口のアプローチを試してみたいと思ったとき、いつでも私たちがこのラボにいて必要な何かを提供してくれる。そういう安心感や信頼を抱いてもらえる存在になりたいと願っています。
このラボで得た経験は、いずれSAP ジャパンの知見として新たな価値を生み出していくはずです。そして、私たちはこうした成果を広くお客様と共有しながら、未来に向かって共に進んでいきたいと考えています。
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