連載 日本に合った製造DXの秘訣教えます 第5回
作成者:遠藤 讓一 投稿日:2022年4月4日
連載1回目と2回目では三直三現をデジタルで補完する新三直三現の必要性とその実現に向けた課題と解決へのアプローチをご説明しました。
第3回目、第4回目では具体的な製造現場ソリューションのご説明をしました。この第5回目では社外まで含めた情報連携ソリューションについてご説明します。
スマート工場の課題
工場のスマート化を狙うとセンサーベンダ、ラインビルダ、設備ベンダ、ITベンダなど様々な企業と情報共有する必要が出てきます。以下の様に要件、仕様の共有をサプライヤと行う場合が多いと思います。
近年マスカスタマイゼーションなどで製品数は増大し、設備はフレキシブル生産に対応する為に複雑化しています。さらに、スマート工場ではIoTセンサーなど今までなかった設備も必要となる為、設備数は倍増する傾向にあります。
その結果として、製品設計変更数・設備設計変更数・付き合うサプライヤ数は増える傾向にあります。担当一人が担当するサプライヤ数は数倍にもなっている場合も多い様です。
先日業務棚卸ししたお客様は、一人あたりサプライヤ50社以上を担当しており「改めて考えると自分はよくこんな仕事をしていたな」と感想を仰っていました。
結果として仕様の送り忘れや日程調整工数増大など現場の負荷が飛躍的に増大しているのが実態です。
予算や日程大幅超過の末、検討を深める時間は取れず、スマート工場は出来たものの効率は変わらない、むしろ落ちてしまった、工場稼働率が上がらない、センサーは繋がっているだけでどう使うかは未定といった結果になります。
ここ20年ほどで殆どの製造業では内製率が下がっており、サプライヤの能力を活用できない企業は急激に競争力が下がる傾向にあります。
日本では深い付き合いのあるサプライヤとは同じ建屋で業務を行うなどアナログな方法でサプライヤと情報共有を行っていますが、より多くのサプライヤから幅広くアイディアを募るにはデジタル基盤が必要です。
エンジニアリング業界や、自動機の多い量産の業界など複数サプライヤとの調整の必要が多い企業ではサプライヤ共有のソリューションとしてSAPのcFolderやcProjectといった機能を活用頂いていましたが、cFolderの後継製品としてSAP Enterprise Product Development(EPD)がリリースされています。
EPDではアイディア出しから保守までの一連の流れをサポートしており、社内外を超えた開発コラボレーションを実現出来ます。
ブログのテーマが製造DXなので設備設計を中心にご説明してきましたが、製品設計も同様に包括的に管理できます。
- クラウド上でSAP S/4HANAの情報のリンクを共有する事で、改版情報を都度送る必要が無くなります。
- 近年、新興国企業への図面大量漏洩がニュースになっていますが、ワークフローと組み合わせる事で、必要な情報が正しい承認を経てサプライヤへ送られる様になります。
- Webコラボレーションルームを複数作成可能です。サプライヤ別に共有内容を分ける事が出来ます。
サプライヤも巻き込み「直ちに現時点での手を打つ」ためには?
ここまで、既存の業務をどう効率化していくかという視点で説明してきましたが、90年代にERPの定着を完了している欧米企業等では、サプライヤを巻き込んで直ちに手を打ち、効果を出していく為のプロセスづくりへと進んでいます。
アイディア出しから直ちに巻き込む
近年のものづくりはエレキ・メカ・ソフトが複雑に絡み合っており、製品・工場設備各々を別々にサプライヤに発注すると最終検証段階で非整合が判明するといった事が増えています。下図左は伝統的なVモデルの開発プロセスですが、順番に検討を重ねていき⑩で仕様のずれが判明すると①まで戻らなければなりません。
下図右のように仕様・機能設計・論理設計を作る都度、直ちに確認を行うアプローチが望まれていますが、これを行う為には連載第1回でご説明したシステムズエンジニアリングなどを活用し仕様や機能を簡潔に整理した形でサプライヤと情報共有を行う必要があります。
EPDでは要件管理・仕様管理・MBSE管理・3D形状の管理・製品BOMと製造BOMの連携・テスト管理など一連の流れを一つのシステム環境でサプライヤを巻き込んだ形でサポート可能です。
この様な管理は今まで開発部門のみで行われていましたが、本来は購買や手配日程などを包括的に管理する必要があり、企業全体の取り組みとして行う事が望まれています。
現場のIoT情報を使い、直ちに検証する
伝統的なVモデルの開発では設備機能を実データで検証するには設置まで待たなければなりませんでした。EPDでは機能モデルとIoT情報をリアルタイムに連携する事が可能です。
以下は実機に圧力センサをつけ、実機を手で曲げた圧力情報を入力としCAEモデルでリアルタイム計算している例です。この仕組みはSAP Predictive Engineering Insights(PEI)と組み合わせ、予知保全にも活用可能です。例えば応力計算を行い、破断する前にアラートを発生させるといった使い方が可能です。
この様に最下流現場情報(IoT)と最上流である機能モデルを直接つなぐことで現場の変動を直ちに機能再検討へと結びつけ、さらにサプライヤとも迅速な情報共有を行う事が可能です。
日本の強みである現場情報が直ちに上流へと還流し、サプライヤも巻き込んだ倍速のPDCAサイクルによる競争力強化へと繋がります。
また、EPDではこのデジタルツインを用いた収益化(Product as a Service)を支援する機能もご用意しております。
SAP Subscription Billing(料金プラン、支払い管理をクラウド上で設計・実行するソリューション)とEPDを組み合わせる事で、IoT情報とデジタルツイン情報に基づき、使用時間/使用料課金の仕組みが実現します。
こういったDX活動は議論先行で、システムが無いとイメージがわかず中々先に進まないといった場合が多い様ですが、クラウドで小スタートし実機を見ながら議論を進めてみるのは如何でしょうか。
第1回連載でも少し触れたOODAの本では「蝶のように舞い、蜂のように刺せ」と書いていました。倍速の改善サイクルで競争軸を俊敏に変えながら競合に倍のパンチを浴びせれば必ず勝てるはずです。
ここまで5回にわたって新三直三現の必要性と価値、実現するソリューションをお伝えしてきました。今回の連載はこの第5回で一区切りとなりますが、今後も折に触れて関連する情報を発信していきます。