サステナビリティに向けた実践手引き10~ZERO WASTE3 as Enabler~
作成者:福岡 浩二 投稿日:2022年8月9日
今回も、ZERO WASTEをテーマとし、社外の関係者を巻き込んだEnablerの視点で紹介します。
前回は、主に関連する製品を中心に触れましたが、今回は3つの取り組み事例を中心にお届けしたいと思います。
1.Plastic Cloud
SAPは2018年に、ロンドンを拠点とするDesign Thinkers Academyと共同で、プラスチック廃棄抑・海洋汚染をテーマにしたDesign Thinkingを行いました。
そこから出た1つのアイデアとして、買い物するときに携帯でプラスチックをどれくらい含まれているのかを見れるアプリが考案されました。
下図はそのプロト画面イメージです。(商品情報は架空のものです)
この仕組みを実現するためには、各商品の製造上流にさかのぼって情報を得る必要があります。
つまり、サプライチェーン全体から生産・販売履歴データを収集し、機械学習を含むSAP のテクノロジーの力を利用して、消費側のプラスチック含有商品の購入とリサイクル傾向を解析することで需給の最適化を目指します。
この仕組みをPlastic Cloudと名付けて、まずは英国地域限定でパイロットを開始しました。(汎用的なパッケージとしては販売していませんのでご留意ください)
現在は、この仕組みを拡張して、消費財メーカやパートナーをさらに巻き込んでいます。
具体的には、世界最大のB2BネットワークであるSAP Ariba Networkを活用して、再生プラスチックおよびプラスチック代替品サプライヤーのための新たなグローバルマーケットプレイスを構築しました。
この狙いは、新しい再生プラスチックサプライヤーと購入企業とをつないで再利用の機会を最大化することです。
パートナーとして、Bantam Materials UK社を始め、OceanCycle社などの組織に認定されたサプライヤーが新たに加わりました。(OceanCycle社は、プラスチックサプライチェーンにおけるトレーサビリティを確立し、企業が自社製品に海洋プラスチックを使用できるよう支援する社会的企業です)
この新しいマーケットプレイスを活用することで、参加組織は廃棄物回収企業のコミュニティを通じて再生プラスチックおよびプラスチック代替品の新たな供給元と、より持続可能な形でつながることが出来ます。
実は、ナショナルジオグラフィックによると、世界中で製造されているプラスチックの約40%が製品の包装に使用されている一方で、実際再利用されているプラスチックは5分の1に満たず、深刻な環境問題となっています。
そしてSAP Ariba Networkを介して取引されている包装材料は、年間で約100億米ドルに相当し、このソリューションを推し進めることで、プラスチック廃棄抑制に少しでも貢献をしていきたいと思います。
2.再生紙メーカ スタインベイス(Steinbeis)
ドイツの製紙メーカー スタインベイス社のSAP S/4HANA事例です。
同社は、循環型経済を目指して、古紙を原料とした再生紙を生産する過程を最適化するために、SAP S/4HANA化を通じたDX(デジタル変革)を実現しました。
スタインベイス社は、再生紙から年間30万トンの事務用紙、雑誌用紙、デジタル印刷用紙を製造しています。
元々は木材パルプを使った紙を製造していたのですが、1976年の時点でなんと100%古紙への転換を決断しました。
当時の製紙会社は、今と異なり環境への影響よりも低コストの原材料の入手に重点を置いていましたが、事業の成長としてスタインベイス社は長期的な視点を優先しました。
今であればその意思決定は共感出来ますが、この時代においては英断だったと想像します。
ただし、事業転換への道のりは険しいものでした。
生産だけに絞れば、高品質で価格競争力もある再生紙を供給するためには、的確な需要予測と製造ラインの安定性が要求されます。
スタインベイス社は、製紙工場のすべての生産プロセスでSAP ERPソフトウェアを20年以上利用しており、「デジタルによる自動化」はある程度達成していました。
しかし、製造機器のセンサーをその業務データを組み合わせて活用出来てないことに気づきました。
そこで、生産ラインの25,000を超えるセンサーを、SAP S/4HANA内にある業務データと突き合わせてリアルタイムに分析したことで、製造機器のトラブル予兆を実現し、より安定かつ高稼働率のスマート工場を実現しました。
(図.リアルタイム分析ダッシュボード。出所動画)
同社マネージングディレクターであるFeuersinger氏は次のように語っています。
循環型経済は今日の社会で急速に必須となっています。
エネルギーと資源を節約するだけではありません。それは人々に、原材料がどのように調達され消費されるかについてより深く考える機会を与えます。
私たちは、新鮮な繊維から作られた同等の紙のメーカーよりも、紙の製造に使用するエネルギーと水を大幅に削減しています。
古紙を再利用しているので、直接木を伐採することはありませんので他社よりはるかに低いCO2排出量を実現しています。
同社は製造工程のデジタル化だけでなく、購買・資材管理・管理会計の導入も終え、現在は顧客とのダイレクトなコミュニケーションができるようコマースの立ち上げを進めています。
この事例のポイントは、自社が顧客に対してどういった価値を提供したいのか?を基軸に置いている点です。
そこから逆算して、オペレーションの効率化と、センサーも組み合わせた高度化を実現していく、まさにDXとしてのロールモデルともいえる事例です。
3.GBA(Global Battery Alliance)
元々は、世界経済フォーラム(World Economic Forum)の施策として開始したイニシアティブです。
現在は、 Responsible Business Allianceがその運営を担っています。(公式サイト)
目的は、EV化で需要が高まっているバッテリーの持続可能性の実現で、下記がその内訳です。(公式サイトより)
・パリ協定達成の主な原動力として、循環型電池バリューチェーンの確立
・バリューチェーンにおける低炭素経済を確立し、新たな雇用と追加の経済価値を生み出す
・国連の持続可能な開発目標に沿った人権と経済発展を保護する
循環型と低炭素(CO2排出抑制)はある程度想像つくと思いますが、「人権」について補足が必要かもしれません。
バッテリの原材料は、いわゆるレアメタルと呼ばれるコバルトやニッケルなどで、アフリカ地域がその産地として有名です。
そのレアメタル採掘現場で、強制または児童労働問題が指摘されており、日本でも以前より報道されています。
「現代奴隷制」の被害4000万人 サプライチェーンの人権配慮必須に(日経ビジネス 2020/11)
この労働問題の是正も、GBAの目標として含まれています。
参加組織は、バッテリーバリューチェーンの最上流から製造・販売・リサイクル・廃棄にいたる広い範囲での事業会社と、それを評価するNGO・政府団体・学術団体などから構成されています。
GBA設立当初より、SAPはテクノロジープラットフォーマーとしてかかわり、バリューチェーンで流れるデータの処理と可視化を担っています。
GBA議長、電池生産に履歴 CO2や児童労働を監視(日経新聞 2021年6月23日)
GBAはまだ構想段階ですが、特に重要なのは共通の環境・社会問題に対して、今まで接点が見えにくかった国境・業界をまたがるプレイヤーが共通の土台で対話できる場です。
特に、アフリカ地域を中心として公正な労働条件による雇用創出と現地環境整備(主に電気インフラの普及)など、取り組む意義は極めて高いものです。
今回3つの事例はそれぞれに特徴があり、もし一言でいうと下記のサブテーマに括られます。
1.Plastic Cloud → 消費者とサプライヤーの行動変容
2.スタインベイス → デジタル技術を使った顧客への価値創造
3.GBA → 産業を挙げての経済価値と社会課題の両立
なかでも最後の事例は、「循環型経済」というより「循環型社会」の実証実験といういい方も出来ます。
Sustainabilityを追求することで、今までの目先の経済活動では見えなかった(外部経済化していた)社会の構造とその課題に気づくことができます。
次回からは、ヒトにフォーカスした3番目の”ZERO INEQUALITY”について紹介したいと思います。
以前の記事はこちら
- サステナビリティに向けた実践手引き
- サステナビリティに向けた実践手引き2 ~全体設計とPurpose~
- サステナビリティに向けた実践手引き3 ~全体方針~
- サステナビリティに向けた実践手引き4 ~SAPの構造~
- サステナビリティに向けた実践手引き5~ZERO EMISSION1 as Exemplar~
- サステナビリティに向けた実践手引き6~ZERO EMISSION2 as Enabler~
- サステナビリティに向けた実践手引き7~ZERO EMISSION3 as Enabler~
- サステナビリティに向けた実践手引き8~ZERO WASTE1 as Exemplar~
- サステナビリティに向けた実践手引き9~ZERO WASTE2 as Exemplar~