Verizonのサプライチェーン改革が、エンドツーエンドである理由
作成者:久松 正和 投稿日:2022年9月20日
日本でスマートフォン端末は毎年3千万台以上販売され、1兆円以上の市場を持っている。そのことをご存じの方は多いだろうが、それが販売される現場をご存じの方はあまりいないかもしれない。スマートフォンを含む携帯電話端末は、携帯電話サービスの乗り換えや更新につながるため、ドコモ・KDDI・ソフトバンク・楽天などのブランドを掲げたキャリアショップで売られることが多い。そのショップは、(減っているとはいえ、いまだに)全国で8000店舗程度あり、一店舗当たりの平均的な売り上げはコンビニを超える。小売業の業態としては一大産業である。 米国でも同様なショップを通信各社が持っている。全米第二位の通信大手Verizon社は、スマートフォン端末の販売について、調達の上流から小売店での販売の下流までのビジネスプロセスを分析し、エンドツーエンドでのサプライチェーン改革を実施した。この事例を紹介する。
スマートフォン端末市場の末端
キャリアショップは、顧客フロントとして様々な業務があり、課題がある。なれないユーザに端末機器類の使い方をサポートし、サービスの苦情を訴えるために訪問する顧客の対応もする。日々変わる携帯サービスの契約は複雑であり、個人情報保護法をはじめとした種々の規制に応じて、顧客の確認も多く、膨大で複雑な事務作業こなしている。もちろんスマートフォンの販売は、そのうちで最も重要な業務であり、サプライチェーンの末端として、需要予測・仕入れ・在庫管理などを行ってユーザの手に端末を届ける。 これまでシンプルなブランドラインで提供されていたiPhoneも、最近、様々なボディカラーなどのバリエーションを増やしている。iPhone13では、これまでになかった新色のグリーンが発売され、一部で人気を博している。そろそろスマホを買い替えたいと思っているiPhoneSEのユーザーが、3ヶ月迷った挙句、TVのCMでこの瑠璃色を帯びた深緑色を見て胸をときめかせ、ドコモショップを訪れる。ところが、ここでドコモショップがこの新機種を欠品していたら大ごとである。はす向かいのauショップにも、ここに来るまでに通りかかったソフトバンクショップにも、グリーンのiPhoneのポスターがかかっていた。彼女(彼)の心の中では、これまで溜まったdポイントの残高と、これから手にする知的なデザインの魅力が葛藤する。その結果、ドコモショップに来たついでに「乗り換えのためのMNP番号ください」となることも、往々にしてある。これは大きい。ドコモの売上の損失は、iPhoneの端末代と数年分の契約、合計20万円を超えるであろう。 ショップにとってそれほどスマートフォンの在庫切れは切実な問題である。しかし、慌てて大量発注しても、納品される数週間先にはすでに販売のピークが過ぎ、過剰在庫になってしまう可能性もある。すべての小売業にとって当たり前のことではあるが需要を読んで在庫を調整する必要がある。加えて昨今の半導体払底の状況では、以前よりももっと先の需要を予測し、数週間あるいは数か月前から発注のタイミングを図って、上流のサプライチェーンからコントロールする必要がある。競合に負けないようなサプライヤーとのコラボレーションにも、緻密な販売計画や個々の地域への展開計画などが必要となる。 SAPが提唱するエンドツーエンドでのビジネスプロセスの改革がここで登場する。 Verizonは、顧客の要望を細やかに捉え、敏感に対応することで、例えばスマートフォンのブランド、機能、スペック、カラーバリエーション、周辺機器について、地域ごとの需要変動に対応するために、サプライチェーンを作り直している。米国は日本よりも国土が広く、配送などに制限があるだけに、より先の未来を見通す必要がある。
Verizonの改革と統合調達の実現
Verizonは5Gによるサービスの展開を目指し、Wireless/Wireline/Enterpriseなどの子会社の業務統合をすすめている。2019年の筆者記事(米国通信大手ベライゾンのデジタルトランスフォーメーションの推進力とは)で紹介した改革は、今まさに最終段階を迎えつつある。 Verizonは、この改革プログラム“One ERP”によって、従来、事業ごとに分かれていた業務データ基盤をひとつにまとめようとしている。 そのひとつのイニシアチブ“One Planning”において、各社の様々な事業計画を統合し、事業間の計画・実行の可視性を高めるだけでなく、AIによる計画の立案も進めている。将来的には、ERPから生成される実績データ(=過去のデータ)を用いて、分析から生まれるインサイトを加味した計画(=未来のデータ)を自動生成する。単に前年データから安直に目標値を出すのではない。財務データ・非財務データなど、すべての現場のデータを一か所集めることで、インサイトを含んだ計画値概算をAIが提示し、現場各部門からのフィードバックを経て事業計画を確定する。こういうやり方にすれば、全社レベルで最適化された予算計画を実現できる。しかも、計画立案の稼働は大幅に削減されるはずだ。 日本の通信会社各社の方々とお話しする機会をいただく際、下期の始まる9月くらいから翌年2月くらいまで、どの部門でもアポイントメントがとりにくくなることがある。よく「来期予算計画のために忙しい」と言われる。膨大な数の設備、顧客、請求書などを扱う通信会社にとって、ボトムアップで積み上げる次年度計画立案は、多大な人員と稼働を投入する一大事業である。同時に部門間の予算の取り合い合戦でもある。この状況は、米国のVerizonやAT&Tであっても、かつてはあまり変わらなかったようだ。 Verizonは、One Planningによって、今後の計画立案作業を究極に省力化するプラットフォーム構築を推進している。 この計画に基づいて、Verizon全社は、毎年500億ドル超(約6~7兆円)数百万件の調達を実行する。事業を進めるために必要な事務物品などの間接材に加え、業務を支援するSIや外部人材、そして、ネットワーク設備・無線基地局・データセンタ、そして各ショップで販売するスマートフォンなどが含まれる。 人材は個々の現場の業務に合わせたスキルセットや経験、労働条件などを効率よくマッチングする必要がある。無線基地局は、数千から、時には1万点を超える部材を、個々のタワー建設に合わせて、タイミングよく的確に工事現場に配送し、細かい条件変更などにも対応する必要がある。そしてスマートフォンは、さまざまなバリエーションを販売現場である店舗やデポに、最適な数だけ補充する必要がある。Verizonは、調達の自動化・省力化をすすめ、自動化された計画から現場のニーズに完全にマッチした調達の完了まで、究極の省力化を目指している。なお、この調達の統合化に向けた流れについては、別の機会に詳細報告することにしたい。
需要に合わせた細やかな調達の実現
Verizonは、日本の3キャリアを合わせたレベルの1億4千万加入のモバイルユーザーに対して、5000店舗を超えるVerizonショップで、毎年数千万台のスマートフォンを販売している。しかし、昨今のスマートフォンの価格の高騰による在庫の価格は、Verizonのビジネスにインパクトを与えていた。そこで、Verizonは統合化された調達プロセスのさらなる高度化を考えた。
まず、Sales&Operation分析、需要分析と販売計画、供給計画、在庫計画、そして各店舗への分配計画をエンドツーエンドで統合化し、全米のすべての店舗におけるすべての製品について、各店舗で欠品も過剰な在庫もない状態を目指した。 一連の計画策定タスクを、SAP Integrated Business Planning (IBP) で実施し、発注を管理するSAP S/4HANA(と移行中の旧ERP)と連動して発注を行う。その後、店舗への配分をSAP Customer Activity Repository (CAR) による分析データを活用して配分の実施を行った。これらのプロセスをエンドツーエンドで統合化するために、SAP Business Technology Platform (BTP) 上にワークフローアプリケーションを作成し、分析ダッシュボードを参照しながら担当者が自動化されたプロセスを管理できるようにした。このダッシュボードの中の分析ツールはCARによる販売状況状況のデータを保管して、IBPの需要分析へ インサイトを返す。IBPはそれに基づいてサプライチェーン計画・在庫計画を立案し、パラグラフ冒頭の発注へとつなげる。 これまでそれぞれの担当者間がマンパワーで調整を行いながら、マニュアルで複数のシステムを使って行ってきた複雑で膨大な作業を自動化することができた。また、これらの作業の中で担当がマニュアルで実践してきた、キャンペーン管理やトレンド分析などによる売り上げ最大化のための評価分析も、業務の中に組み込んだ。 Verizonは、取り組みの効果を以下のように述べている。
- 標準化および自動化されたプロセス
- ひとつのプラットフォーム上でのすべてのビジネス グループの一貫性した活動
- ITによる強力な支援システム
- 機械学習/AI/高度な分析による効率化
- 「もしも」を創造するシナリオ作成能力
- コラボレーションの増加
- Verizonとサプライヤー間で随時、需要分析値を共有してスマートフォンの流通量などを最適化
- ひとつのシステムを複数のビジネスグループで共有し活用
- ワークフロー管理による社内連携の強化
- サプライチェーンの可視性
- トラッキングシステムによって、サプライヤーと配送網(3PL )のデータ統合
- ダッシュボードによってレポートへのリアルタイム アクセス
- Verizonネットワーク全体でIBPを使用し、複数の業務階層で在庫の安全性管理
- 体系的な収益の最適化
- 修理とプログラムの割り当てに関する推奨事項
- 輸送コストに基づく補充に関するデータ駆動型の決定
- 予測変動を体系的に管理する能力
- 店舗レベルでのトップダウンとボトムアップの詳細な予測
また、米国では日本と同様、中古スマートフォンのマーケットが広がっており、Verizonのショップは中古デバイスの仕入れを行う拠点にもとなっている。店舗で使用後デバイスの引き取りを行い下図のようなプロセスで修理を行い、家電量販店やWebショップなどのマーケットでの販売を行っている。
Verizonの販売計画はこれらのデータも取り込み、新品のスマートフォン管理より困難な1点ものの在庫管理にもチャンレンジしている。 VerizonはSAP Business Technology Platform上のアプリケーションにAIを組み込み、さらにこのプロセスの自動化を進めており、このAIの開発については、通信業界の団体TMForumにおいても評価を得ている。(参考:TMForum記事) 以上がSAP Innovation Awards 2022にてBusiness Innovatorとして評価された取り組みの全貌である。
まとめ:エンドツーエンドで考えるべきこれからの施策
ユーザの嗜好も多様化に応じて製品のバリエーションが増えた現在、細やかなマーケット最適化を実現し、計画に基づいて調達・補充・販売まで全体を見渡して自動化することは、必須の対応といえよう。Verizonの事例における、精緻なサプライチェーンのコントロールは、ビジネスプロセス全体を見通したからこそ実現できたものであろう。 そして、これから数年後にやってくる本格的なIoTの時代、サービスはより多様に展開してゆく必要がある。ネットワークの末端に配備される、大量・多品種のセンサー・コントローラー・コネクター・エッジサーバなどのデバイスを効率的に流通させ、設定・構築・運用してゆく必要がある。2030年にその数は日本だけでも40億個(現在流通するスマートフォンの台数の百倍!)、数十万種類にわたると言われる。しかし一方、国際競争環境の中で半導体と半導体を使った製品の流通は様々な制限を受ける可能性が高い。このような大量で多品種なデバイスに対して、マーケット最適化をはかり、より精緻なサプライチェーンのコントロールを実施する必要性を考えると、今回、Verizonが実装したレベルのビジネスプロセス自動化もさらなるスケーラビリティを要求されるものと思われる。しかし、今回のように計画の上流からショップでの販売の末端までの自動化がデジタルで実現できてしまっているのであれば、きっとそのスケールの増大を乗り越えることであろう。 欧米企業の事例を日本のサービス業界の方々に説明すると、「欧米の企業は現場を大事にしていない」「大雑把で日本とは違う」というコメントをもらうことが多い。しかし、現場を無視した大雑把なだけのビジネスプロセスが、競争の激しいグローバルマーケットで勝ち残れるわけはない。そしてそのグローバルマーケットは、日本よりも複雑でボリュームが大きなものに成長しており、難しさでは日本を超える場合も見られる。 日本での特殊な事情と言われるものをお聞きすると、企業グループ内で分かれた組織とのバランスであったり、アウトソースしている外部企業との契約条件だったりする。複雑に絡む業務を切り分ける際に、変動するリスクをまるっと丸めて外注することで蓋をしてしまっていないだろうか?あるいは、組織の間のスキマに課題を落とし込んだままにしてはいないだろうか? 改革を志向する日本のサービス産業の皆様には、自社のビジネスプロセスをもう一度ゼロベースで見直していただき、広いビジネスプロセスをエンドツーエンドで見通したうえで検討いただきたいと筆者は考える。
※本稿は公開情報をもとに筆者が構成したものであり、Verizon社のレビューを受けたものではありません。