サステナビリティに向けた実践手引き14~Holistic Steering and Reporting as Exemplar~

作成者:福岡 浩二 投稿日:2022年9月16日

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今回は、SAPのSustainabilityへの取り組みから、4つ目の主要施策”Holistic Steering and Reporting”(総合的な意思決定・レポーティング)をテーマに、自社の活動(Exemplar)を中心に紹介します。

改めて、以下がSAP Sustainabilityへの取り組み全体像です。

このテーマは、今までの3つ(気候変動・循環型経済・社会的責任)と異なり、やや分かりにくいと思います。砕いて言い換えると「非財務と財務を織り交ぜた業績評価」です。

もともと「業績評価」は、企業において長年の課題であり、今でも重要なトピックです。

なぜそのテーマをその他施策(気候変動・循環型経済・社会的責任)と同じく重要施策に位置付けているかというと、「方針(または戦略)と実行をつなげるため」です。

これは組織活動で起こりがちな落とし穴ですが、計画が進むとそれ自体が目的化しがちです。

特にSustainabilityにおいては、一連のシリーズでも繰り返し触れた通り、Purposeの実現がその上位にあり、個々の重要施策もそれ自体が最終ゴールではありません。

その目先と長期的なゴールをいかにバランスよく調整するのかは、極めて難しい課題です。そしてこれはDXに代表されるいわゆる変革共通の悩みです。

SAPが正式にSustainabilityを重要な企業方針に置いたのは2009年です。以下に簡単な時系列図を引用しておきます。(2022/8時点)

このように、中長期目標を2009年に設定しましたが、当初は個々の現場活動とのつながりが曖昧で、まずはそのKPIを決めてデータを収集・報告する手続きを進めました。

そして2012年より、それらをステークホルダーに説明する「統合報告書」の開示を始めます。

 

統合報告書には統合思考が大事

実は2014年時点での、当時のCSO(最高Sustainability責任者)インタビュー動画を今も公開していますので、先に紹介しておきたいと思います。

統合報告書への取り組みについて意見を求められると、「最初はまったく乗り気ではありませんでした」と素直な本音を吐露しています。理由は、そこまで体制が整っていないと感じていたからでした。

ただし、いざ報告書作成のために各関係部門との会話を行うと、今までは聞けなかった内容とそれによる深い議論が可能になりました。
それは、他人事にするのではなく、今までの自分自身の業務を見直して、いかに自身の活動を持続可能なものに変革できるか、を論点とした議論です。

つまり、統合報告書自体が大事なのではなく、それを作成するために全員が当事者として考えをもってコミュニケーションできる、「統合思考」が重要である、ということです。
もし、統合報告書を作ること自体が形骸化していると感じている読者の皆様がいましたら、ぜひそのプロセス自体への価値を見つめなおしてみてください。

SAPの場合は、その前年(2013年)より公表されたIIRC(国際統合報告評議会)(投稿時点ではIFRS財団に)の考え方ともつながりがあります。
IIRCの価値創造フレームワークは幾度かバージョンアップされており、そのなかに「統合思考」という定義も記載されています。JPXの解説より引用しておきます。(出所はこちら

統合思考(Integrated Thinking)
IIRC(国際統合報告フレームワーク)では、様々な情報が統合して開示されるだけでなく、報告書作成のプロセスを通じて「統合思考(組織内の様々な事業単位及び機能単位と、組織が利用し影響を与える資本との間の関係について、組織が能動的に考えること)」が組織内に浸透することで、企業の行動が変化し、企業価値が向上することを目的としています。

SAPの統合報告書も、当時出来たばかりのIIRCの考え方を基盤に改善を積み重ねており、そして2014年から、おそらく世界初となる実験的な試みを行います。

 

財務と非財務の連関

上記で述べた統合思考を否定する人はいないと思います。ただ、想いだけではビジネスの世界で客観的な議論を持続可能にするのは限界があります。

そこで2014年の統合報告書から、1つの実験を試みました。

上記で引用した動画でもCSO自らが語っていますが、非財務と財務データの連関を数値化して公開しました

今までの経済活動で比較的に外部化されていた環境・社会的な活動を、共通の尺度でインパクト評価しよう、という趣旨です。

2018年度の統合報告書で公開した数値を分かりやすく書きほぐした図を引用しておきます。

ややテクニカルな補足をすると、重回帰分析のアルゴリズムを採用して、過去数十年間の主要指標の相関を解析しています。技法自体は珍しいものではなく、ある程度整備されたデータをお持ちであれば、ぜひみなさまの所属企業でも検討してみてください。

以前にこちらでも触れましたが、日本の製薬大手エーザイ様も、SAPの試みを当時の国際イベントで知って、同じような取り組みに踏み切っています。

この試みについてですが、2018年で一旦社内向けは完了とし、翌年から新しいチャレンジに踏み切っています。

 

NPOを創立して社会のものさしを

幸いながら、非財務の財務インパクト公開は当時好意的に受けとめられました。

ただ、同時に、「ERPを販売しているSAPだから出来たことでは?」とか、「IT業界でしか適用が難しいのでは?」、という声もありました。

そこで、他業界の有志と共に、ある程度業界横断で誰でも活用できるインパクト評価方法論を目指すNPO団体を立ち上げることにしました。

それが、下記のValue Balancing Allianceです。(写真クリックでHPへ)

製造業・金融サービス・素材産業など、多様なメンバーが方法論をもとに実証実験を繰り返して標準化を目指しています。

特定組織のためだけでなく、社会の財産としての成果物を目指しており、多様な声をうけとめるために、政府系・監査系・学術系(特にハーバード大学)とも連携を取りながら進めています。

コンプライアンス上、一旦SAPからは切り離していますが、創立メンバーでもあることから支援は続けています。ぜひVBAの参画などに関心を持った方はSAPにお声がけください。(既に日本企業からも参画済み)

 

内部の活動を支える業績評価のポイント

今まで触れたのは、大まかに言えば外部向けのコミュニケーションです。

もちろん、その過程では「統合思考」が示す通り、各担当者の事業をいかに持続可能にするのか、を内部活動を顧みる機会は獲得できます。

ただ、なにもかもをKPI化して活動管理してしまうと、「監視」化するリスクがあります。
そしてそれが悪い方向に進むと、組織の上から下への暗黙的な強制力が発動します。(多くの方が社会人を長く経験すると感じる体験です)

Sustainabilityの元々の立脚点がPurpose(日本風に言い換えると「志」)にある以上、こういった現象は本末転倒です。

そこで、SAPでは従業員との対話を重要視するようになりました。平たくいえば「従業員Survey」です。

上図のとおり、今でもその仕組み自体を改善していますが、単に従業員から聞くだけでなく、それが改善されるサイクルを意識しています。

この社内Surveyは下記のタイプで設問を設けて、その結果をもとにして改善サイクルを積み重ねていきます。

細かい設問内容までは公開できませんが、だいたい以下の要素で構成されます。

・従業員エンゲージメント
・上司への信頼度
・ヘルスカルチャー(WellBeingの考えに近い独自指標)
・リーダーシップ文化
・DE&I文化
・イノベーション文化

ここまで述べたのは比較的組織単位での業績評価ですが、個人になるともう1工夫が必要となってきます。

 

スコア評価(または人事考課)を廃止してノンレーティングへ

2017年から、SAPではスコアリングに基づく評価を廃止して、SAP Talkというノンレーティングの仕組みを導入しています。(2022/9時点)

そこでは、成果や目標についての対話が目的であり、通常の業務報告とは切り分けています。
具体的には、自身のやりたいことや今の働く環境についてなどを、マネジャーとの対話を通じて動的に設計・修正していきます。
従って、定型にとらわれない形式で進めており(マネージャとの相互合意で頻度や所要時間などを決定)、そこでのコミュニケーションスタイルも、必ずしも上司がリードするわけではなく、むしろコーチングスタイルのほうが近いです。

私自身の経験則も交えて触れると、「継続性」と「タイムリーなフィードバック」が、実行するうえで重要な要素と感じています。

もちろん実行の難しさも同時に感じており、今でもフィードバックをもとに改善を積み重ねながら最適化を推し進めています。

ここで補足しておいたほうがいいのは、SAPでは「個々の自律的なキャリア意識」を前提として組み立てられています。
もっといえば、”Everyone Is a talent”という言葉もあり、個々のPurposeやそれを叶えるためのリーダーシップや能力を最大限発揮することが求められる、という言い方も出来ます。

これはこのシリーズの冒頭でもふれましたが、Purposeとは会社が作ったものを従業員が従うものでなく、あくまでそれは方針です。

会社のPurposeに共感したあとは、個々人がPurposeを主体的に掲げてSAP Talkなどで成果につなげていくというプロセスです。

これは会社と従業員の関係性の話で、あくまでSAPのケースです。

特に、最後の個人業績の取り組みは一般的には人事戦略、特にタレントマネジメントの分野ですが、SAPではSustainabilityと密接に関係しています。

このあたりは、それぞれの企業での方針・人事戦略もあろうかと思います。
何か少しでも読者の皆様の所属企業で、我々の取り組みが参考になれば幸いです。

次回は、Enablerとして、このテーマにおける外部との活動についてご紹介します。

 


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