真の顧客の購入体験向上のために — Zuellig Pharmaが見せる未来への道筋

作成者:松井 昌代 投稿日:2022年9月16日

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

医薬・医療品流通業者Zuelling Pharmaについては、2020年10月に東南アジア市場での偽造薬に対抗するためにブロックチェーン技術を活用した取り組みを紹介した。これは2019年のSAP Innovation Awards受賞内容とその後の歩みについて紹介したものである。ブロックチェーンを活用した取り組みは、Zuellig Pharmaによる”B2B2C”の、いわば”2C”に焦点を当てているが、「次世代のオーダープロセス」構築、いわゆる”B2B”部分が今回の SAP Innovation Awards Transformation Championとして評価された。 今回の受賞は、単に変革受容度の高い企業によるものとして、一度の受賞に留まらず、コロナ禍でも歩みを止めずに、2019年に続いてSAP Innovation Awardを再び受賞した、という話で終わらせてしまっては、あまりにももったいない、この取り組みそのものからのインサイトが詰まっている。 本稿ではそのインサイトにフォーカスして紹介していきたい。その前にまずZuellig Pharmaの最新状況から。

2022年のZuellig Pharma

Zuellig Pharmaはアジア最大のヘルスケアサービスグループのひとつであり、「ヘルスケア」関連施設へのサービス提供は、消費者、患者としての人々がより利用しやすくすることをビジネス上の目的としている。もともとZuelligが流通業者だったことから、Zuellig Pharmaも医薬品や医療関連商品の専門商社的な役割を中核に発展。現在ではワールドクラスの流通、デジタル、商用サービスを提供し、東南アジア地域の13の市場で増大するヘルスケアのニーズに対応している。データ、デジタル、疾病管理ソリューションの作成、慢性疾患を持つ患者のサポート、支払者の医療費管理の支援に重点を置いたサービスを開発。現在彼らの130億米ドル規模のビジネスは、350,000を超える医療施設と、世界のトップ20の製薬会社を含む500を超えるクライアントへサービスを提供している。

彼らの旺盛なビジネスを支える基幹業務プラットフォームは堅牢なSAP ERP Central Component (SAP ECC)である。その上に構築されたのが、次世代 eコマースプラットフォーム eZRx で、以下を特長としている。

  • ヘルスケア製品をいつでもどこでもオンラインで売買するための、よりスマートで便利な方法を提供。ほとんどの担当者が対面して顧客を訪問する従来の販売主導のビジネスを前進させる方法であり、 eZRx を通じて、顧客と営業担当者はオーダー、追跡、返品、支払いが可能
  • このプラットフォームは使いやすく、セルフサービスを可能にし、情報を統合している。情報をすべて1か所にまとめることで、最適な価格、バンドル、プロモーションを完全に可視化
  • 手作業での注文リクエストと比較して、個人、医療従事者、診療所、病院が時間を節約し、効率を高め、生産性の最大化に寄与

これからの経済の担い手を顧客としてフォーカス

いかなる企業においても、新たなしくみの構築は、現状の何らかの課題の解決を目的とする。eZRxも同様で、克服すべき多くの課題があった。

  1. 電話、ファックス、対面でのやりとりを通じた手作業のオーダー/返品/支払い処理
  2. パンデミック下において移動制限を受けることによって激減した顧客とのタッチポイント
  3. むしろパンデミック下だからこそ、求められるワクチンや個人用保護具(Personal Protective Equipment:PPE)のタイムリーな配送の保証と事業継続計画(Business Continuous Plan:BCP)
  4. 取引の55%を占めるリピートオーダーなどの定型的な処理が、労働集約的で退屈なプロセスであるにも関わらず、その対応が顧客の満足度を大きく左右する現実
  5. IT技術の進歩とともに育ったミレニアル世代がバイヤーの72%を占め、B2C eコマースに精通した彼らの視点からの、アクセシビリティー、利便性、機能性への高まる期待
  6. 取り扱い商品固有のライセンス制限があるせいで、販売チャネルや市場ごとに設定されている異なるプロモーション価格が困難にさせているプロセスや要件の標準化

1から4の、従来の手作業業務の負荷やパンデミック下の困難さは誰しも共通だが、注目したいのは5番目の課題である。バイヤーの72%がミレニアル世代(1980年から 1995年の間に生まれた世代)という具体的な数字を挙げた課題認識は、Zuellig Pharmaのビジネスを今後も持続的に成長させていくために、誰を満足させなければならないかにフォーカスして分析していることが非常に新鮮だ。 とはいえバイヤー、つまり医療機関側の発注担当者の72%が、2022年時点で27歳から42歳。日本国内だけの感覚とは少し異なる印象がないだろうか。ここで、Zuellig Pharmaがビジネスを展開する東南アジア各国の人口動態について触れてみたい。亜細亜大学大泉啓一郎教授が2022年3月30日に公開したASEAN の人口動態とデジタル化によると、日本を含む北東アジアでは、合計特殊出生率の低下による少子高齢化が進み、2020年代半ばまでには中国も人口減少に向かうと見られていることから、総じて人口減少地域になる。一方、東南アジア各国では、Zuellig Pharma本社のあるシンガポールを除いて、各国人口における若い世代の比率が高く、2050年までは人口が増加し続ける。大泉教授の言葉を借りると、人口減少が経済成長の負の要因になるというなら、東アジアの成長を牽引する役割は北東アジアから東南アジアに移ることになる。 東南アジアの人口の増加に伴なって、自ずと実際の経済成長を牽引しているのは、今やミレニアル世代に移っている。Zuellig Pharmaもそう考えたに違いない。彼らの次世代 eコーマスプラットフォーム eZRxは、ミレニアル世代が慣れ親しんだ B2C eコマース並みの機能を搭載することで、彼らの仕事の生産性・効率性に違和感を感じさせないことが要件となっていくわけだ。

システム連携は蓄積したデータを活用して購入体験を向上させるため

顧客の購入体験を向上させるには、アクセシビリティー、利便性、機能性への要求に応えるだけでは実現困難である。6番目に挙げられていた課題を克服するには、もともと手作業で対応していたときに活用したマスタデータ、蓄積してきた膨大なトランザクションデータ、これらと連携してシナジーを作ることが不可欠なのだ。

パンデミックは、デジタル化が遅れていることで知られる従来の製薬業界の課題をさらに高めています。 SAP ERPSAP S/4HANA Cloud for Customer PaymentsSAP HANA in eZRx を統合することで、大切なお客様の注文、返品、支払いプロセスを簡素化できます。デジタルファーストのアプローチを採用することで、お客様は eZRxでシームレスで強化された購入体験を楽しむことができます。

— デジタル & e コマース担当ディレクター、Michael Hofer

SAP ECCSAP HANAを利用した高度なバックエンドデータ管理システムにより、注文管理システムとマスタデータ (財務、在庫、製品情報) eZRx Webとモバイルにシームレスに統合。この情報には、素材データ、説明、マッピングされたライセンス制限、価格設定、バンドル、プロモーション、在庫状況、有効期限、および注文履歴が含まれている。たとえば、eZRxにログインすると、当該顧客が購入できないアイテムは表示されないようになっている。 つまりSAP ソリューションがバックエンドリソースとインフラストラクチャを提供することで、eZRxZuellig Pharmaの既存の機能を活用し、eZRx Webおよびモバイル アプリケーションの構築に注力してその機能を補完している。それはシステムアーキテクチャーから窺い知ることができる。

SAP Innovation Awards 2022 Entry Pitchより、解説部分を筆者翻訳


SAP Innovation Awards 2022 Entry Pitchより転載

eZRxのValue Proposition Videoが公開されている。B2C eコマースライクなUIで課題が克服されていることをご理解いただけるだろう。eZRx Value Proposition Video

つまりeZRxでは、顧客と営業担当者は、SAP のバックボーンを活用しながら、よりスマートで便利な方法でヘルスケア製品を売買し、追跡、返品、支払いを行うことができる。これにより、時間の節約と外出先での注文が可能になり、同時に手動の注文処理による価格設定エラーを減らすという、当初掲げられた課題を克服している。実際、顧客からも満足の声が上がっている。

eZRx のおかげで、現場にいながら外出先で注文できるようになり、事務処理が減り、価格設定エラーが減りました。

マレーシアの卸売業者 Sales Executive

eZRx で成し遂げたこと

eZRx の導入効果には目を見張るものがある。 ビジネス及び社会への効果:

  • 2021年、1,160万件の注文が自動化され、手作業での処理が半減
  • 注文の 29%が自動化・デジタル化
  • 総取引額の19%をデジタル化することでの時間の節約と効果の最大化
  • 様々な支払いGatewayによるセキュリティー強化
  • 営業時間に限定されない、24時間365日、年中無休でのアクセス
  • 全ての取引(注文 / 返品 / 支払い)の透明性の一元化
  • 顧客と営業担当者に対する可視性の向上

ITにおける効果:

  • マレーシア、台湾、タイ、ベトナム、シンガポール、フィリピンの 6 つのマーケットごとに存在していたレガシーシステムを20ヶ月以内で統合
  • 2021年中にミャンマーとカンボジアの新たなマーケットに eZRx を展開
  • 各国マーケットの開発チームは、SAP がバックエンドのデータ管理を担当することで、フロントエンド ソリューションとカスタマー エクスペリエンスの向上に集中
  • バックエンドが SAP バックボーンによって駆動することによるプロセスの合理化

人への効果:

  • 年間の生産性が120万米ドル以上向上
  • eZRx による処理の自動化により、105名の従業員をより付加価値の高い業務に配置転換
  • ワンストップ プラットフォームの簡素化された使いやすいシステムを通じたセルフサービス提供
  • カスタマーサービスの強化
  • 手作業の自動化による従業員満足度の向上
  • 付加価値のあるサービスへのシフトと集中

使い勝手が悪くて不便でも仕事だから我慢、はもはや過去の話。eZRxの購入体験はそれを教えてくれている。

21世紀のエンドユーザー定義を考える

弊社のソリューションをお使いのお客様のほとんどは、日本国内に留まらず、既に世界市場で活躍されているはずである。Zuellig Pharmaが、東南アジアという成長する市場で、ITに精通し実際に活発な経済を担う世代をターゲットとした取り組みは、大いに参考になるのではないだろうか。 さらに世界に目を転じてみよう。今年7月11日、世界人口デーに国連が出したプレスリリースによれば、世界人口は、増加率が低下する中、2080年代に約104億人でピークに達すると予測されている。2050年までに増加すると見込まれる世界人口の半数超は8カ国に集中するものと見られ、それらはコンゴ民主共和国、エジプト、エチオピア、インド、ナイジェリア、パキスタン、フィリピン、タンザニア。サハラ以南アフリカの国々が、2050年までに増加すると見込まれる人口の過半数を占めると予想されている。 持続可能な開発は、健全な経済活動を支える人々が満足し、活躍してこそ。目まぐるしく変化する社会の中で、果たして誰を”顧客”と見据えてしくみを構築していくべきなのか。未来を見据えた取り組みには、”基準としてのペルソナ”がきちんと考えられている。 私は、これからの視座をZuellig Pharmaから学んだ気がしている。 ※本稿は公開情報をもとに筆者が構成したものであり、Zuellig Pharmaのレビューを受けたものではありません。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

連記事

SAPからのご案内

SAPジャパンブログ通信

ブログ記事の最新情報をメール配信しています。

以下のフォームより情報を入力し登録すると、メール配信が開始されます。

登録はこちら