人事領域におけるグローバルガバナンスの現状と打ち手 ~第2回 現地の経営人材を育てきるための勘所~
作成者:南 知宏 投稿日:2022年9月20日
- はじめに
「出向者を減らすべく現地人材との置き換えを進めているが、遅々として進まない」
「後継者計画を毎年作成しているが、いつも同じ名前が同じステータスで記載され、育成が進んでいるようには見えない」
「現法経営を現地人材に任せたが、本社の方向性や仕事の進め方への理解がまだ低く、結局日本人出向者がバックアップしている」
こう言った声が、現地法人や日本本社からよく聞こえてくる。
現地人材の育成、特に経営を任せられる現地人材の育成に、悩みをお持ちの企業は多いのではなかろうか。
グローバル人事ガバナンス(本社が直接的または間接的に海外現地法人へ指示を出し、その結果を本社で集約している施策)の潮流や勘所を五回に分けて記述するシリーズの二回目となる本稿では、「現地経営人材の育成」をテーマに、育成における課題とその要因、および具体的な打ち手を紹介する。
- 根強く残る現地人材育成の課題
独立行政法人労働政策研究・研修機構(JILPT)が2018年に実施した「日本企業のグローバル戦略に関する研究」では、東証一部・二部に上場している企業を対象に実施したアンケートで、現地法人の経営課題の上位5つのうち4つが人材に関わる内容であり、5位が優秀人材の育成に関する課題であった。(図1参照)
日本企業のグローバル戦略に関する研究(独立行政法人労働政策研究・研修機構、2018年)を元に筆者作成
現地人材の育成に関する課題は、今に始まったものではない。日系企業が海外進出に本格的に取り組み出した1970年代以降、海外事業の拡大と比例して、この課題も存在感を増した。
当初は、
「増加する現地法人の数に対して、現法経営を任せられる日本人の数が追いつかない」
「日本人出向者の人件費が大きく、現法経営が逼迫する」
と言った事由を背景として現地人材の育成を進めようとしたが、後述する要因が影響して、現地人材の育成と日本人出向者との置き換えはなかなか進まなかった。
また現地の内資企業の成長が著しいアジア太平洋地域においては、アジア通貨危機の影響が沈静化した2000年代後半以降、日系企業の現地市場(日系マーケット)が飽和状態となり、日系企業は現地内資企業が割拠するローカルマーケットへの進出を志向するようになった。そうしたことから、現地事情を熟知し、現地ネットワークを豊富に持つ現地人材が必要となり、事業戦略の観点からも現地人材の育成に関する課題がクローズアップされた。
さらに2020年からのCOVID-19の拡大で、日本人出向者を帰国させざるを得なくなり、現地人材の育成は、現地人材だけで運営できる事業運営体制作りと併せて急務になった。
- 育成が進まない要因
これまで現地法人の後継者計画や経営人材の育成をご支援してきた中で、育成が進まない要因に、幾つかの共通点を見出した。これらの要因は、制度や仕組みによるものと、運用によるものの二つに分けられる。
制度や仕組みによる要因はいくつも挙げられるが、高い頻度で顕在化する要因として、次の二点が該当する。
- 網羅性の低い後継者計画
- 他の人事イベントとの連携不足
1に関してよく見られるのは、後継者計画を一部のキーポジションに絞っており、「キーポジションではないが、オペレーション上重要なポジション」に就いている候補人材をキーポジションへ異動させようとした時に、現ポジションの後継者がみつからず、オペレーションが回らなくなることを理由に、育成計画に則った異動ができない、または適切なタイミングで動かせないケースである。
2に関してよく見られるのは、定期異動や昇格に後継者計画や個別育成計画の内容が反映されず、または優先的に検討されず、計画が「絵に描いた餅」になるケースである。
いずれも不明瞭な優先度、情報の連携不足、煩雑なオペレーションがボトルネックになって発生していることが多い。
運用による要因も数多く挙げられるが、共通性の高い要因として以下二点が該当する。
- 経営層の関与不足
- 継続され難い育成の方向性
1に関しては、幾つかの異なる階層で散見される。あるケースでは、日本本社が旗振りをして活動を開始したが、開始後の計画策定や育成の実行は各現法に投げっぱなしになり現法の本気度が上がらず、毎年所定のフォームに入力し日本本社に情報の提出だけはしているものの、期中の育成施策は実行が停滞している。また別のケースでは、後継者計画や個別育成に想いのある現法社長の一声で活動を開始したが、活動の優先順位が高くなく、次第に形だけの活動となる、または活動自体がストップする。いずれも、活動をリードすべき組織やポジションの関与が薄く、その熱量の低さが施策を実施するメンバー(人事や各候補人材の上司など)に伝わって、せっかくの活動が形だけのものになってしまう。
2は「人が変わると方向性や考え方が変わる」というもので、特に経営層が変わると、人事施策に限らず事業に関わる幾つかの領域で発生する方向性や優先順位が変更されることを意味する。候補人材の優先順位や位置づけが変わる、育成の考え方が変わる(ローテーションするかしないか、行先など)などがあり、「計画を立てても、どうせ3-5年で変わる」と施策を実施するメンバーの活動に対する熱量が上がらないことをいう。
- 想定される打ち手
これまで記述したように、現法経営を任せられる現地人材の後継者計画や個別育成をやり切るためには、仕組み面と運用面の双方にいくつものボトルネックが存在する。これらを乗り越えるためには、工夫や投資、そしてなにより「絶対にやり切るのだ」という日本本社や現法経営層の強い信念が必要となる。
筆者が、これまで事業会社の人事として実際に施策を運用した経験や、コンサルタントとして複数の企業に対して施策の設計から運用までをご支援した経験から、現法経営を任せられる現地人材の育成をやり切るためのキーポイントを3点お伝えしたい。
1点目は「仕組みを丁寧に作りこむこと」である。
仕組み上の要因として指摘したように、後継者計画は関連するポジションを網羅的にカバーしないと、人の玉突きが完成せず、ローテーションの計画が実現しない。また後継者計画や個別育成計画は、評価、昇格、研修、定期異動、組織計画など、様々な人事イベントとの連携を必要とする。
これら一つ一つの人事イベントに対する議論の中で、後継者計画や個別育成計画の内容が優先度を上げて議論されるよう、仕組みを丁寧に作り込む必要がある。さらには、候補人材を公平に選定するために評価要件を定義しなおす必要があるかもしれない。
このように、各種人事イベントや人事制度、そして後継者計画自体を多岐に渡って設計、修正する必要性が各現法で発生するため、現法の限られた人事リソースでやり切るには非常にハードルが高い。故に、日本本社や社外エキスパートの支援を得ることが現実的な進め方ではないかと思案する。
2点目は「情報を記録し、保存すること」である。
これには、活動に対する思いや熱量を、出向者として後任に引き継いでいくことも含まれる。対象となる各社員の強みや弱みとそれらが発現した出来事、対象社員が思い描く将来のキャリアパスとその理由といった生々しい情報こそが、後継者の選定や優先順位付けに対する、また個別育成計画を策定し、時間をかけて育てきるための大事な情報であり、根拠となる。
3点目は「仕組みを下支えするシステムを活用すること」である。
1点目に記述した「仕組みを丁寧に作りこむこと」をやり切るには、例えば毎回の評価結果を各候補者のデータに反映させ、候補としての優先順位を見直す必要がある。また、個別育成計画のローテーションを漏れなく計画するためには、組織全体のポジションを網羅的に見渡し、対象外のポジションや社員を含めたローテーション計画を設計する必要がある。
また2点目に記述した「情報を記録し、保存すること」をやり切るには、上司や人事と各対象社員との対話の内容や、各対象社員のキャリア志向など、多くの情報を残して読み返す必要があるだけでなく、必要な時にスムーズに検索できることが求められる。
こういったことを、手作業で、漏れなく、ミスなく、継続してやり続けることに対して非常に荷が重いと感じる現法人事もいるだろう。現法人事が人事機能に本来求められる役割を果たすためには、オペレーショナルな業務に割かなければならない時間や労力を少しでも圧縮し、運用を安定させることが肝要となる。後継者計画や個別育成はオペレーショナルな作業の量が多く、内容も複雑なため、システムを導入してその部分をカバーした時のメリットは大きいと思案する。
ここで弊社製品であるSAP SuccessFactorsの後継者計画に関する画面を紹介したい。キーポジションとその後継者、および後継者の保有する資質や経験とキーポジションの要件や後継者とのギャップが一覧・管理できるようになっている。またキャリア開発計画では、個々の社員の職務要件やキャリア志向をベースに育成が必要な資質等が可視化されている。如何に必要な情報が集約されているか、検討するにあたって使い勝手が良いか、を感じていただけはればと思う。
参考:図2・3共にSAP SuccessFactorsのデモ画面
- 終わりに
今回は現地人材の育成、特に現法経営を担える現地人材の後継者計画と個別育成において多く見られる課題や要因、主な打ち手を記述した。しかし、ここで記述した内容は、非常に多くある課題や要因、打ち手の中の一部でしかなく、また各社の状況によっても大きく異なる。もし現法経営を担える現地人材の後継者計画と個別育成について課題や悩みをお持ちの方がいらっしゃれば、ぜひSAPにご一報いただきたい。単に人事システムを売るだけでなく、各企業が持つ人事課題を共に解決し、志向されている人材や人事の姿を実現するのをご一緒することが、弊社SAPの役割であると認識している。
次回は現地法人の要員人件費のテーマに関し、課題と解決に向けた勘所を記述する。