宇宙から見たビジネス#2:SpaceXの収益モデル
作成者:福岡 浩二 投稿日:2022年11月11日
宇宙から見たビジネスを語るシリーズの二回目です。
前回は、宇宙産業全体のマクロ動向を紹介したので、今回は、中核となる「ロケット/衛星の打ち上げ事業」について取り上げます。
参考までに、2019年までの世界における宇宙産業市場推移を引用しておきます。(出所:未来を切り拓く九州の未来ビジネス)
まずは、衛星打ち上げ事業のバリューチェーンとその主要プレイヤーの変化について図示しておきます。このプレイヤーの民間を中心とした多様化がビジネス機会を生んでいます。
この主要プレイヤーのなかでも、特に際立っているのがイーロン・マスクのSpaceXです。
2002年にロケット開発で創業していますが、今では衛星の自社開発をスタートし、地上へのインターネット通信サービスを提供しています。
ケーススタディとして、SpaceXの収益モデルを、(非上場のため)メディアで報道された2次情報を基に分析してみたいと思います。
SpaceXの事業評価
参考までに、こちらの記事によると2021/10時点で評価額は1000億ドルを超えているようです。
まず、Missoinですが、SpaceX公式サイトに、創業者の言葉が引用されています。
You want to wake up in the morning and think the future is going to be great – and that’s what being a spacefaring civilization is all about. It’s about believing in the future and thinking that the future will be better than the past. And I can’t think of anything more exciting than going out there and being among the stars.
-Elon Musk
元々は、2017年に行われた国際宇宙会議でのコメントです。
2022年4月のTEDコンファレンスでも同様の発言があり、明るい未来を信じて挑戦する姿勢は変わっていません。
今回はSpaceXの事業に絞りますが、マスク氏が関わる事業の共通項は、明るい未来に向けて持続可能な世界を目指したものです。電気自動車のTeslaはより身近で分かりやすい例かもしれません。
そこまでは他のベンチャー起業家も同様ですが、成果を出すべく最新の科学技術と有能な人材をフル活用してやり抜く実行力がとびぬけています。(勿論、運を引き寄せる力も)
SpaceXが現在手掛けている事業は大きく下記に分けることが出来ます。
1.ロケット開発事業(創業2002年〰)
2.宇宙輸送サービス事業
3.通信衛星事業(2014年〰)
創業時から同社を支える最大顧客は1・2の事業に関わるNASAです。その取引規模ですが、下記など公開されているニュースを参考にします。
NASA がイーロン・マスクの SpaceX に ISS への5回分の有人飛行契約を2000億円超で発注(Hyperbeast 2022/9)
単純計算で、NASAはISS(国際宇宙ステーション)への有人輸送に一回当たり3億ドルをSpaceXに支払っていることになります。
貨物輸送については、こちらの記事によると2008年に12回分を16億$で受注しており、1回で1.4億ドルです。
このような巨額になると値ごろ感がつかみにくいと思うので、ロケット打ち上げのコスト構造を補足します。
今のSpaceXが提供するロケットはファルコン9が主流で、その打ち上げ費用は、自社情報によると6,700万ドルです。
これは引退したスペースシャトルの7分の1(NASA公表コストに基づく)で、政府から見てもコスト削減につながっているとみてよいと思います。
ファルコン9の技術革新は第一段エンジンの再利用で、それがコスト競争力の源泉です。(他の個所の再利用も検討中)
こちら(2017年)によると、第一段エンジン部が全体コストの70%を占めており、再利用によるコスト削減の効果は大きいと見ることが出来ます。
とはいえ同じく上記ソースによると、ロケットの初期開発費用に今まで最低10億ドルは投資しています。(マスク氏の起業資金はPayPal売却によるものですがそれでもカバーできない額です)
簡単にこの10億ドルの投資を回収するために必要な打ち上げ回数を試算してみます。
乱暴なモデルですが、話を単純にするために、上記NASAの支払金額(1.4億ドル)と原価(6,700万ドル)だけとすると粗利益率 約50%です。これに人件費・輸送や保険等の費用なども考慮して、えいやで営業利益率20%と仮定します。
これら仮定のもとで、初期開発投資額を一回の打ち上げで獲得する営業利益額で割ると、
10億ドル÷(6700万ドル÷(100%-20%)×20%)≒60
となります。
今までのファルコン9の打ち上げ回数は、公式サイトによると183回です。一見すると収支バランスとして悪くなさそうです。
ただ、過去に打上げに失敗したこともあります。(特に創業当初の打ち上げは失敗続きでした)
そして今は、ファルコン9のエンジンをモジュール化してデュアルブースターとして利用した後継機種ファルコンヘビーや、月や火星(ここがマスク氏の目指す最終目的地)の有人飛行を目指した次世代宇宙船スターシップの開発も行っています。
もう1つ重要な点として、自社開発の通信衛星Starlinkも上記の打ち上げ回数に含まれています。
投稿時点でStarlinkは約3500機が打ち上げられており(目標は2027年に42,000機)、仮に一回あたり平均50機をファルコン9に積載させると、今までの打ち上げ回数の半分近く(3500÷50=70回)が、打ち上げによる売上がゼロの自社負担となります。
次世代ロケット投資の回収は長期的になると予想されるため、当面は3の通信衛星事業による短期での収益化がSpaceXの事業にとって重要であると予想されます。
衛星打上げのコスト感とStarlinkのビジネスとしての可能性
まず、今の人工衛星打ち上げにかかる費用感を推定してみます。
公式サイトによると、ファルコン9の積載重量は(地球低軌道向けに)約23トンで、前述の打ち上げコストで割ると2900ドル/kgと計算出来ます。
衛星も技術革新で小型化・軽量化が進んでおり、Starlinkの場合は大体250kg程度です。上記の単位と掛け算すると、一機あたり約72万ドルとなります。
あとはマージンをどこまで載せるか次第ですが、上記同様20%と仮定すれば、Starlinkと同じ重さの人工衛星であれば、衛星1機を100万ドル前後で打ち上げられる可能性はありそうです。
20世紀の大型衛星コストと比較すると、文字通り桁違いに安いコストで衛星の打ち上げが実現出来る時代になっていることが分かります。
あくまでSpaceXのケースですが、ロケット開発と衛星の打ち上げに要する計数感覚がざっくりつかめたと思います。
次に、Starlinkの収益化について簡易試算してみます。(投稿時点では衛星開発費用や収入については非公開)
まず大きいのが、Starlinkの場合は自社ロケットによる打ち上げなので積載費用は必要ありません。
単純に自社ロケット打ち上げコストだけで見ると、現在の約3,500機のStarlinkを打ち上げるのに
(3,500÷50)×6,700万ドル=47億ドル
がかかります。ちなみに将来目標の42,000機では564億ドルという投資金額になります。
これに加えて、衛星自体のライフサイクルコストが発生します。(複雑になるので今回は割愛)
基本的にはStarlinkは、インターネット環境を提供するための通信衛星です。
こちらの公式サイトでサービス提供地域が確認できますが、前回触れた通り日本でのサービスもアジアで初めて提供され、既に利用している読者の方もいるかもしれません。
投稿時点で公式サイトによると、個人向けは初期アンテナ設置費用 (¥73,000) と、毎月 ¥12,300 の料金です。通信速度は地域差がありますが、筆者の地域での事前注文画面では下り回線で数百Mbpsとの見込み値でした。
こちらの記事によると、2022年5月時点で全世界40万登録ユーザを超え、ユーザ向け端末機100万台の製造もすでに実現したそうです。まだ通信衛星サービスを正式に初めて2年足らずであり、驚異的な数値です。
マスク氏の個性的なキャラクターと宇宙というロマンの香るテーマで見えにくいですが、その製造能力には目を見張るものがあります。(別事業のTeslaでのメガファクトリーも同様に高い製造能力も強みといえます)
次に、将来含めた売上規模を試算してみます。仮に100万ユーザ登録を達成したとすると、月額課金に基づく年次売上は以下の通りとなります(初期設置分と端数は割愛)
100ドル×12か月×100万ユーザ=12億ドル
この売上規模に対して2027年までに564億ドル投資のシナリオだと、ビジネスとして成立するのは一見難しく、他の収入源が必要です。
上記はあくまで個人向けで、目下Starlinkは法人向けサービスを拡充しつつあります。(航空機・船舶・自動車向けなど)
ただ、これらいずれも上記投資規模を鑑みると今一歩決め手に欠けます。(自動運転を目指すTeslaとのコンビネーションは魅力的ですが、現行の通信速度では実利メリットが感じにくいです)
そこで将来的に可能性があるのが、法人向けの「衛星光通信サービス」です。
最新のStarlinkではレーザーが追加搭載されていることが判明しており、これがあれば地上局アンテナが不要となり衛星間での光通信が実現できます。
しかも、ケーブル経由と比較して、宇宙空間はほぼ真空状態なので大陸間を跨る長距離においては衛星間光通信のほうが高速になります。
こちらのマスク氏発言によると、シドニー・ロンドン間で最大40%高速になるとのことです。
この高速化でおそらく狙っているのが、金融取引市場間での高速頻度取引(HFT: High Frequency Trading)業者向けサービス提供です。(WSJも憶測として取り上げています)
ざっくり言うと、各市場間の歪みを高速に検知し取引することで利益を稼ぐ方法で、AIによるアルゴリズム取引と並んで金融市場では全体取引シェアが高くなっています。(参考記事)
HFT向けに提供すると、その業者が取り扱う流通規模は巨大であるため、売上への多大な貢献が見込まれます。
投稿時点でマスク氏はHFT向けサービスへの言及はしていませんが、今後4万機超のStarlink打上げを目標に掲げている野心的な背景には、それを見越しているのかもしれません。(現時点の数千機レベルではHFT向けとしてはまだ不十分な性能)
勿論今までのストーリーは、多かれ少なかれSpaceXの競合も近いことを考えていると思います。
但し、自社ロケットで打ち上げることが出来、かつ大量生産ノウハウを持つSpaceXの強みは当面は変わりません。
また、同じくマスク氏がCEOを務めるEV事業Teslaとの折り合いがつけば(こちらは上場企業)、衛星通信の高速化・安定化を通じた完全自動運転の核となる通信手段としての現実的なシナリオも中期的には浮上するかもしれません。
今回は、民間の宇宙ベンチャーSpaceXを題材に、衛星打上げのハードルが下がったことと、衛星通信サービスだけでも多様な可能性があることがご理解頂けたと思います。
ただし、衛星打上げによる価値は、通信用途だけでなくそれが捕捉するデータからも創造することが出来ます。
次回は、SAPも関係するケースも含めて、衛星データのビジネスでの利活用方法について紹介してみたいと思います。
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