【JSUG Leaders Exchange Interview】 ビッグではなく、むしろスモール-日本郵船が重視した2つの「V」

作成者:JSUG Leaders Exchange 投稿日:2014年5月7日

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Container ship leaving Charleston Harbor towards Arthur Ravenel, Jr. Bridge前回は日本郵船の取り組みとして、定期船事業の基幹システムのデータを活用して空コンテナの回転率を向上させた事例をご紹介しました。IT部門とビジネス部門が本気でビジネスをよくしたいと考え、協力体制を組んだからこそ見えてきた「データ活用の気づき」という部分には、共感いただけた方も少なくなかったのではないでしょうか。

3回目の今回は、引き続き同社のアドバイザーを務める安永豊氏のインタビューから、航海データの分析によって燃料効率を高めてコスト削減に成功した取り組みにフォーカスしてみたいと思います(聞き手:SAPジャパン 濱本 秋紀)。

航海データから適切な航路を割り出し、船長にフィードバック

─ビッグデータというと、大量のデータを分析するといった切り口で語られがちですが、この取り組みは海運会社の業務ならではのユニークなデータ活用事例ですね。

安永 はい。日本郵船では、航海データを活用した燃料費削減の取り組みを進めています。船舶の運航コストにおいて燃料費はかなり多くの割合を占めるからです。貨物船の燃費は、天気や航路、船舶のスピードなどによって変わります。そのため、気象や海象情報を取得して分析し、いかに効率的に航海するかは重要な課題です。

─具体的にどういったデータを、どのように活用されているのでしょうか。

安永 燃料効率を高めるためには、一定のスピードで最短航路を行くのがベストなのですが、実際には低気圧の接近によって進路を変えるなど、航路は天候によって左右されます。また船長の判断によって、船舶が一定速度で進み続ける場合もあれば、最初のうちは高速で目的地を目指し、スケジュールに余裕がでてきたら速度を緩めるといった場合もあります。こうした航海データを1つひとつデータベース化し、運航の仕方と燃料消費の関係を分析しています。そして、理想的な燃料消費にどの程度近づけているかを船長にフィードバックし、「気づき」が得られるようにしています。

リアルタイムモニタリングにより、海象・気象情報状況に応じたルートを選択

─航海データの分析をさらに進めて、リアルタイムにさまざまな情報源とのデータ連携を高める工夫を始めているとお聞きしました。

安永 はい。民間の気象情報会社と提携し、船舶の位置や海象・気象情報を、海上と陸上の関係者が双方でリアルタイムにモニタリングして、荒天などのリスクを共有しながら、状況に応じたルート選択を船長に指示しています。

─こうしたデータ活用は、これまではなされていなかったのですか。

安永 以前から航海データは活用していましたが、これは古くから業界標準で実施している「ヌーン(正午)レポート」というレポートを1日に1回船舶から送信するだけで、「前日から比べて何マイル運航したか」「燃料は前日から何トン減ったか」といった情報をもとに燃費を確認していただけに過ぎません。船舶と陸を結ぶブロードバンド通信が実現したことで、風や波の状況など、今までわからなかった海象・気象情報も含めて取得するデータ量が飛躍的に増え、仮説を立てながら最善のルートを探り出すことが可能になりました。

─ビッグデータでよく聞く3つのV。「Volume(量) 」「Variety(種類)」「Velocity(速度)」のうち、日本郵船ではどがデータ活用にとって重要でしたでしょうか。

安永 先ほど、データ量が増えたと申し上げましたが、それは比較の問題で、世間的に言えば本件に関わるデータボリュームはビッグでなく、むしろスモールだと言っても良いでしょう。よってデータ量という点ではあまり課題はなく、いかに多くの種類のデータをリアルタイムに取得し活用するか、が肝でした。その意味では「Variety(種類)」「Velocity(速度)」の2つを重視しています。

─データを取得する中で、苦労された点はありましたか?

安永 風力や燃料消費量など定量的に取得できるデータもありますが、波高などのデータは現場での人間の目視に依存します。そのため、データを取得するのに必要不可欠な現場の協力を得るまでには少し時間を要しました。

─データ活用によって業務を変えていくためには、船を運航する船長の協力も欠かせません。

安永 船長はある意味で一国一城の主ですから、外部から指示を受けることに抵抗を感じるケースも少なくありません。そのため、船長との間で根気よく対話を重ねました。結果、1人、2人と協力者が、燃料費の削減という目に見える成果が出るようになってからは、徐々に賛同者が増えてきました。最初はコンテナ船2隻から始めた取り組みですが、現在はほかの船種への横展開中で、将来的には全社規模にまで拡大していく予定です。

データ活用の鍵はIT部門とマネージメント部門の連携

─多くの企業がIT部門と現場とのギャップに悩む中、日本郵船の取り組みは貴重な成功事例です。成功要因はどこにあるとお考えですか。

安永 一番の成功要因は、やはりIT部門が船舶の運航に関する現場の業務を熟知していたことだと思います。日本郵船の場合、グループ内に研究開発を担う戦略型分社としての株式会社MTIがあり、輸送業務全体をバックアップするシンクタンク的な役割を担っています。そのMTIが、IT部門とビジネス部門の間に入り、データから仮説を立て、自ら検証できるサイクルを確立したことが成功につながりました。

─MTIのようなシンクタンクがない企業はどうすればいいのでしょうか。

安永 R&D部門や機能は各々の企業にあると思いますので、そういう所が主体となってビジネスを検証し、IT部門と意見交換をしながらデータ分析を行って、仮説を検証するサイクルを回してみることも対策の1つではないでしょうか。

─IT部門はどうしても運用・保守に多くのリソースを割かれがちです。こうした現状はどのようにすれば解消できるのでしょうか。

安永 IT部門の意識改革が重要です。第1回目のインタビューでも話しましたが、システムがクラウド化されていく流れの中、IT部門が関与する領域はますます少なくなっていくだろうという問題意識を持って、自分たちがビジネスにどう貢献できるかを考えようとすることだと思います。JSUG LEXに参加しているIT部門の皆様からも「自分たちが変わらないと未来はない」という意見がよく聞かれます。

─しかし、IT部門の意識改革だけで変われない面もあると思います。

安永 その通りです。だからこそ、ビジネス層を含めて周囲の環境から変えていくことが重要なのです。そのためには、小さなことでも良いので成功体験を組織として積み上げて行くことも大事です。「スモールデータ」で良い。そこから見えてくるものを経営課題の解決に役立てる経験を積み重ねて行くことも、1つのやり方なのではと思います。JSUG LEXでは、このような話も含めてユーザー同士の情報交流によって問題意識を高め、自社の業務にフィードバックしていただくことを目的として定期的に集まっています。

─ありがとうございました。

このブログでは次回以降も、JSUG LEXの参加企業の方に登場いただき、データ活用に関するお話をうかがっていきます。

■略歴

安永豊(やすなが・ゆたか)
日本郵船株式会社 アドバイザー
JSUG常任理事

bros_37126_011975年に東京大学法学部を卒業後、日本郵船に入社。2度の北米勤務を経て、北米内陸輸送網の整備やアジアシステム開発を担当。2002年からは経営委員・CIOを務め、定期船グローバル基幹システムの再構築、SAPをベースとした本社会計システムの再構築などを手がけた。2007年4月からは同社顧問に就任するとともに、日本郵船グループのMTIの代表取締役社長を兼務。2013年6月には同じく日本郵船グループの日本海洋科学の取締役相談役に就任し、現在に至る。日本郵船グループの実務のかたわら、2008年1月からはJSUG会長も務め、日本のSAPユーザーを代表して、サービスの改善提言や新製品開発へのユーザーの声の反映などを指揮。2011年4月より同常任理事。

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