顧客はテクノロジーを求めているのではなく、テクノロジーでどのような革新がもたらされるかを求めている
作成者:谷川 耕一 氏 投稿日:2014年6月9日
シンプルERPへの道
SAP SAPPHIRE NOW 2014を振り返ってみて、もっとも大きなメッセージはやはり「シンプルERP」だっただろう。この新しいERPをSAPが提供するというのは、SAPが革新的な企業であり続けることを自ら証明してみせるものだ。このシンプルERPをSAPが提供できる最大の要因は、インメモリーデータベースのSAP HANAという存在だ。この高速なデータベース、プラットナー教授に言わせればほぼレスポンスタイムゼロの超高速データベースがあったからこそ、旧来のSAP ERPのアーキテクチャを大きく変えることができたというわけだ。
とはいえ端から見ていて、ここまでに至るSAPのメッセージには若干ブレがあったようにも思う。それは、ミドルウェアのSAP NetWeaverからSAP HANAの登場の辺りで、かなりテクノロジーベンダー色を前面に出していたように思うからだ。とくにSAP HANAに関しては、昨年くらいまではその性能の高さを武器に他のデータベース製品との性能比較的なメッセージが目立った感がある。これは、手に入れた武器の性能があまりにも高かったがために、それをアピールせずにはいられなかったのかもしれない。
SAPの本質的な良さは、SAP HANAの超高速性にあるわけではない。今回のイベントのテーマともなっていた企業を「シンプルにする」ことこそが優位性だ。SAP HANAはそのための強力な武器の1つなのだ。高速な処理を実現することでシステムがシンプルになる。そうすると、無駄なプロセスや手戻りも減らすことができる。結果的にビジネスの進め方がシンプルになり企業がシンプルになる。シンプルになれば、新たなビジネスの革新を続けることができるという流れだ。
オペレーショナル・エクセレンスを実現するもので、プロセスの効率化でコストを削減する。こういったERPの世界は成熟化したと言われる。ERPは使い続けるものだが、そこから新たなビジネスを生み出すような革新は生まれないと思われていた。なので、ビッグデータやソーシャルデータの活用、IoTなど、ERP以外の新しい何かで企業はビジネスに革新を見いだそうとしているのが現状だ。
これに対してSAPは、ERPの世界であっても超高速なデータベースを導入しシンプル化することで革新は起こると言う。さらに、その上でビッグデータやソーシャルデータの活用と言った新たな世界と融合させる。それこそが、より効果的だと。ビッグデータの分析で新たな知見が見いだせても、それを使って既存のビジネスプロセスを変えることができなければ得られた知見を活かすことはできない。つまりどんなに高度で立派なデータ分析を行っても、得られた結果を反映できる柔軟で迅速なビジネスプロセスのプラットフォームがなければ宝の持ち腐れなのだ。
もう1つSAPは今後シンプルERPの戦略を進めながら、新たなスポーツを含む25の業種ソリューションの提供にも注力する。各業種でSAPが世界中で経験してきたことをもとに、ベストプラクティスを改めて整理し提供するわけだ。これもまた、顧客のビジネスをシンプルにするための有力な武器となる。
軸足はソリューションベンダーへ戻った
SAP HANAの登場以降、SAPがテクノロジーを強く語ることになんとなく違和感があった。それはSAPのテクノロジーが他より優れていないとかそういうことではない。ITベンダーの多くは、性能比較や機能の○×表で語ることが多い。しかし、SAPはその土俵で勝負する企業ではないだろうと思っていた。今回のSAPPHIRE NOWでは、そういった性能比較や○×表的なアピールは一切なかった。これは、個人的には本来のSAPの姿に戻ったように思えるところでもあった。とはいえ、この本来の姿を前面に出すきっかけになったのが、テクノロジーの塊のようなSAP HANAのような存在だというのも興味深い。
他のブログ記事でも触れたが、顧客は今より何百倍速いデータベースが欲しいわけではない。その速いデータベースを導入するとどのような革新的なことが得られるのか、そこのところを求めている。もともとSAPは、ERPを世界でこれだけ普及させる際に、どんなシステムを導入するのかではなくシステム導入後の世界がどう変わるかを伝えてきたベンダーだろう。今回のSAPPHIRE NOWは、そういうSAP本来の強さを改めて思い起こさせるようなイベントだったのではないだろうか。