バークレイズの財務・会計システム改革――リーマン・ブラザーズとの統合はどのように実現されたか


IMG_8606リーマン・ショックから早6年。予断は許さないながらも世界経済も金融業界もその当時よりは落ち着きを取り戻している様相です。もちろん、落ち着きを取り戻すために、一般企業も金融業界も大改革を実行してきたのも事実ですが。当のリーマン・ブラザーズは倒産し、最終的に北米部門はバークレイズに、それ以外の部門は野村ホールディングスに買収されたことは、報道などでご存知のことと思います。

さて、バークレイズはこのリーマン・ブラザーズ北米部門の買収にあたり、システムの統合および財務・会計分野のシステム改革を行いました。システム統合にかけた期間は、なんと6カ月。それまでの常識からすれば、けた違いのスピードと言えます。この驚異的なシステム統合の陣頭指揮をとったのが、ブレット・ヴェルショール氏です。このたび我々はヴェルショール氏にこのシステム統合および、その後のバークレイズにおける財務・会計分野のシステム改革についてお話を伺うことができました。

本記事では、このバークレイズの事例に基づき、金融機関における改革のあり方について、「方向性」「ベストプラクティス」「課題」といった観点から考察を行いたいと思います。

財務改革の先導者として

まず、今回お話をうかがったヴェルショール氏について紹介します。ヴェルショール氏はBarclays Capital Services Limited(シンガポール)に所属し、SAPテクノロジー&ソリューションズのグローバル・ファイナンス・テクノロジー&ソリューションのディレクターを務めています。バークレイズグループ全体に対する、財務・会計分野(総勘定元帳、経費元帳、予算、予測、財務レポーティング、コスト・レポーティング)のSAP技術インフラの責任者であり、担当する地域はイギリス、アメリカ、アフリカ、アジア太平洋地域です。現在は各地域の業務効率化、インフラの可視化、新しいSAPテクノロジーの早期導入などに取り組んでおり、モバイル対応も行いながら、システムの統合や品質改善をリードしています。

リーマン・ブラザーズとの統合から始まったバークレイズの財務改革

バークレイズにおける財務部門は、「プロダクトコントロール」「財務コントロール」「事業パフォーマンスの評価と分析」「コストマネージメント」の4つに分かれており、ヴェルショール氏の主な担当領域はこのうちの「コストマネージメント」です。財務改革の焦点となったのも、この「コストマネージメント」の分野でした。通常こういった財務改革には3~5年を要しますが、バークレイズでは、ヴェルショール氏の入社後6~7年の間に限っても、すでに何度も実施しているとのことです。ヴェルショール氏曰く、「金融業界をとりまく環境の変化に合わせて、財務部門の改革は継続的に見直しを行う必要がある」。

実際、バークレイズにおける改革は大きく4段階で捉えることができます。まず第1期は「リーマンとの統合」、第2期は「シェアードサービスの導入」、第3期は「コストへの集中」、そして第4期が「ワン・バークレイズ」というものです。では、一つずつ見ていきましょう。

第1期 迅速な「リーマンとの統合」

2008年にリーマン・ブラザーズの北米部門との統合を行いましたが、まずは経費に関わる部分に着目し、わずか6週間という短期間で成し遂げたということです。もともとバークレイズが使用していたSAPの総勘定元帳と経費システムにリーマン側の経費システムを統合し、総勘定元帳をアップグレードしました。ここでの重要なポイントは、機械的にバークレイズの仕組みに統合するのではなく、その過程において、リーマン側における優れた「人財」「プロセス」「システム」を見極め、それを活かして統合した点です。システム統合にかけた6カ月というのは驚異的なスピードです。「限られた時間の中で、リーマンのシステムの全体を理解し、意思決定をくだしていくのがもっとも困難だった」とヴェルショール氏は述懐しています。また、このとき統合のテンプレートを作ったので、他の事業部の統合の際に活用できたと、その副次効果についても言及しました。

第2期 経費に関わる共用モデルを実践した「シェアードサービスの導入」

次なる取り組みは、全バークレイズ内に重複して存在する経費システムを統合し、共用サービスとしてシェアードサービス化することでした。もともとはバークレイズ・キャピタル(インベストメントバンク部門)に対してのサービスだったのが、リーマンとの統合以降、リテールバンク部門などにもサービスを提供するようになり、利用者は2万人から一気に12万人に増えているとのこと。部門内の各セクションで独自に経費精算が行われていたのを、SAP for RetailのGeneral Ledger(総勘定元帳)とSAP for HRを用い、さらにハードウェアをアップグレードして経費精算システムを統合したとのことです。

第3期 徹底的なコスト削減を目指した「コストへの集中」

経費処理をシェアードサービスに統合したところで次に行ったことは、コストの削減です。シェアードサービスに経費ソリューションを導入、経費元帳を一元化し、リテールバンク部門、インベストメントバンク部門に適用し、各現場における経費処理に関わる処理コストとハードウェアコストを削減、またインフラの仮想化によってもコスト圧縮に成功しました。シェアードサービスを統合し、コストの低い場所(オフショア)に移したことにより、さらなるコスト削減ができました。コストに関わるあらゆる情報は一元管理され、そこにコスト分析ポータルを設け、シニアマネージメントに向けたコストに関わるレポーティングも効率よく行えるようになりました。このコスト分析ポータルはPCからでもモバイルからでもアクセスすることができ、その報告やデータを元に、コスト削減にかかる意思決定やアクションを素早く行えるようになったとヴェルショール氏は述べました。

第4期 財務改革の総仕上げ 「ワン・バークレイズ」

これまでの3つのステージを経て、コストに関する統合がかなり進みました。そこで2012年からは、バークレイズのあらゆる部門で共通した、世界中で一つのシステムを作り上げるという目的での「ワン・バークレイズ」というイニシアティブが、前CEOのロバート・E・ダイヤモンド・ジュニア氏のもとで開始されました。その後も、現在のグローバルCEOであるアンソニー・ジェンキンス氏が提唱する「Go-To Bank」(選ばれる銀行)というスローガンに引き継がれています。「ワン・バークレイズ」は、リテールバンク部門はじめ、カード部門、インベストメントバンク部門、プライベートバンク部門、アフリカ部門などあらゆる部門で一つの共通なシステムを使い、シンプルかつ透明で機動力があり、そして堅牢な金融部門を構築していこうというものです。

このイニシアティブのもと、ヴェルショール氏は一元化された経費元帳の全部門への適用を実施し、これにより財務機能の統合がかなり進みました。さらに、総勘定元帳の一元化、セキュリティ機能の一元化、ソリューションマネージャーの配置およびそれに基づくシステムモニタリングの一元化などを実施してきており、改革を今なお推進中ということです。

達成できたことと課題~2008年以降の6年を振り返って

ヴェルショール氏は、この6年間を振りかえって良かった点と、課題(反省点)について指摘しました。まず、良かった点として、バークレイズ経営陣の強いリーダーシップと明確なビジョンのもとに、強力な事業インフラを構築できたこと。次に、規制の変化、事業環境の変化、リーマンとの統合に代表される事業上の変化を、うまく内部に取り込むことができたこと。さらに、アーキテクチャーに対して投資を怠らず、システムを常にアップグレードした状態で維持できたことも、大変革を乗り切る上で奏功したといいます。

一方、反省点として、以下を指摘しました。

  • どちらかというと技術視点の改革で、ビジネスの側からの視点が足りなかった。
  • 当初採用したプロセスがグローバル仕様ではなかった。
  • プロジェクトを単年度で管理しなければならなかったので、複数年度にまたがる視点でプロジェクトを遂行できなかった。
  • 一部の先進的な技術への投資は時期早尚であった。

ヴェルショール氏によれば、「ワン・バークレイズ」は現在も進行中で、まだ行わなければならないことはたくさんあるといいます。特に、2015年以降に向けたステップとしては、「バークレイズのすべての事業会社に対して経費元帳の統合を完了させる」「グローバルで複数存在する財務関連の処理プロセスを一つのプロセスに統合する」「総勘定元帳、ビジネスウェアハウス、レポーティングを一つの共通システムに統合する」——などに取り組んでいくということです。

コストと競争力に対する感度が生き残りを左右する

これまで見てきたように、バークレイズの4段階の財務改革においては、まずリーマンとのシステム統合において、バークレイズ側が使用していたSAPのシステムへの統合を行いました。SAPを選んだ理由として、ヴェルショール氏は、以下2点を挙げています。

  • システム間の統合が容易で、人事システムや調達システムなども含めた、システム間の連携に優れている
  • バークレイズグループの中で当時最大規模だったリテールバンク部門(バークレイズバンク)がSAPのユーザーであり、SAPの製品や考え方に対する理解が高かった

また、その後の「ワン・バークレイズ」において、事業部門・地域を超えて、SAP製品間・バージョン間のシステム統合をはかっていく上では、次のような優れた点があったと、以下の3点を指摘しています。

  1. 堅牢性に優れている(エラーが少なく変更管理に強い)
  2. グローバルプラットフォームであると同時に、ローカル対応もキメが細かい(多言語、現地の規制や商習慣にも対応している)
  3. グローバルサポートが厚い

最後に、ヴェルショール氏は日本の金融機関に対するアドバイスとして、次のように締めくくりました。「バークレイズが自社開発のシステムにこだわるのでなくSAPのパッケージ導入に早くから踏み切れたのは、コストと競争優位性に対する感度が高かったから。競争面での優位性は、営業やマーケティングなどフロントオフィス部分で重要となるので、自前で開発を行うとしたら、そこでのアプリケーション開発に注力すべき。一方、バックオフィスは共通性が高いので、効率の高さが重要となる。金融機関におけるバックオフィスシステムの課題は、データウェアハウスや、システム間の突き合わせ、当局への規制対応(報告)などだが、これらに対してはいかに効率よく対応できるかがポイントだ。そこに対してはSAPがよいパッケージを提供しているので、それを利用して効率化できる部分は効率化して、グローバル競争を生き抜くことが大切なのではないか」。

ヴェルショール氏の持論は、「財務改革の目的とは、財務部門の効率を改善しビジネスを戦略的にサポートすることであり、典型的には、財務を対象としたオペレーティングモデルに昇華させることである」というものだそうです。金融機関をとりまく環境が激変する中で、ヴェルショール氏が実践を通して身につけたであろうこの考え方は、大きな示唆を含んでいるのではないでしょうか。

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