素材業界の技術・技能伝承~デジタル時代の免許皆伝――第1回:製造現場の知をどう受け継ぐか


Apprentices talking in factorySAPジャパンの熊谷です。日本の製造現場は世界に誇るものづくりの象徴です。また同時に匠の技の宝庫であり、ものづくりの強さの源泉でもあります。そうしたことから、最近の景気回復のなか、日本の製造業の復権に大きな期待が寄せられています。しかしその陰で、不安材料もあり、近年、あちこちの製造現場で重大な事故が散見されているのです。今年1~6月に労災事故で死亡した人が前年同期比19.4%増となる400人を超えたという、厚生労働省の発表が掲載されました。(2014年8月5日 日本経済新聞)記事によれば、景気回復による人手不足で、経験が足りない労働者が増加したことが労災事故の増大に影響しているとの見方を示しています。今年9月に某鉄鋼企業の製鉄所でコークス炉火災事故が起きた際にも、事故を未然に防ぐ上で必要な技術・技能伝承にほころびがあるのでは、と見る向きがありました。

もしもこのような事故が増え続けるようであれば、景気回復の足かせにもなりかねません。こうした事態を防ぐためにも、今こそ、熟練の技術・技能やノウハウはきちんと伝える必要があると言えます。

本ブログではこのような背景から、鉄・非鉄などの金属・金属加工をはじめとする素材業界における、日本特有の課題「技術・技能伝承」をテーマにお話しします。安全確保のためにどうすればよいか、そのためにはどんな仕組みが必要なのか、企業としてどのように対処すべきなのかについてお伝えします。

今、製造現場で何が起きているのか?

冒頭で述べたように、今、製造現場では事故が多発しています。近年、とくに製鉄所で爆発や火災、負傷事故などがたびたび報告されていますが、その原因として挙げられるのが、設備の老朽化に加え、現場従業員の熟練度の低さです。背景にあるのは、製造業における労働人口の構造的な問題です。現在、鉄鋼業界では、すでに退職した団塊世代の直属の部下であった50~60代の従業員が熟練者として働いていますが、その次の世代となると、いきなり20代の労働者しかいない、という場合が多く見受けられます。80年代末のバブル崩壊後、大量リストラや新卒採用縮小の影響で、中間層がすっぽり抜けている格好になっているというわけです。

世代間での技術・技能伝承はほとんど行われておらず、ここへ来て、さまざまな問題が浮上していることから、急遽対処せざるを得ない状況にあります。

具体的には、以下のような問題が表面化しています。

  • 多品種化する製品に関わる技術や技能をグローバル企業の製造現場へ効率的に移転しなければいけない
  • 工場の操業は「KKD(勘・経験・度胸)」に依存する部分が多く、技術や技能として明文化されていないため、同じようなトラブルが多発する
  • 熟練者の減少により、製造品質や作業の質が落ちている。ナレッジとして残したいが、そのための人手も時間も足りない
  • 熟練者の技術・技能を整理して伝承できていない
  • マニュアル違反や基本的な作業方法における手順ミスが理由で、人命にかかわる事故につながることがある
  • 製造設備の老朽化・複雑化で設備管理業務が難しくなっている
  • 作業標準やマニュアルはあるが、技術・技能伝承ポイントが盛り込まれていないため、意図が伝わらない。また、それを補う人的なサポートもない
  • さまざまな記録やデータが散在しているため、効果的な活用や分析ができていない

人手が限られている上に、技術・技能伝承されるべき内容の整理が十分でないため活用が制限され、結果として事故や不良、トラブルにつながる現状が広がっているというわけです。

「宝の持ち腐れ」を防ぎ、きちんと伝えていくためには

もちろん多くの製造現場で、通常業務の合間をぬって、可能な限り、技術・技能伝承の取り組みがなされています。熟練者に聞き取りをしたり、ビデオ映像に収めたり。しかしながら、いざ教育に役立てようと思ったら、事情を知る人にしかその在り処がわからない、各地の工場に分散して存在しているといった、「宝の持ち腐れ」状態になっているのではないでしょうか。

従来のやり方では、一時に多くの人に伝授することはままなりません。1対多数、あるいは多数対多数で、現場の知恵を共有・蓄積・伝授できる基盤が必要となってきます。では、具体的にそうした基盤をどのように構築していけば良いのでしょうか。「技術・技能伝承」をより細分化して考えると、対応がとりやすくなると私たちは考えます。ではそれぞれについて、順に見ていきましょう。

①教育用マニュアルの作成(その際のさまざまなメディアの活用)

教育用マニュアルにおいては、文字や図表だけでなく、熟練の動きやニュアンスなどを音や動画なども駆使して表現することがポイントです。つまり、「百聞は一見にしかず」ということ。手順書を3Dアニメーションにすることにより、若い世代だけでなく、外国人でも理解しやすくなります。

Picture1

②現場での入力を可能にする仕組み(入力画面の検討)

現場作業や監視時点で記録をする際、従来は紙を用いていました。共有のためには、電子化が不可欠ですが、デジタルであっても紙と同様の帳票スタイルで、端末に直接記録できる入力画面であれば、特別のトレーニングは必要ありません。文書以外に、音声、写真、動画なども掲載可能なもの、そして、重要なポイントを必要な時に簡単に記録できるものであることが重要です。

Picture2

③リスク管理と是正措置の文書化

作業場所のリスク管理と是正措置を文書化し、ヒヤリハット/災害の記録を残すことは、どの工場でも、何らかの形で行われていることと思います。しかし、前述したように、記録した文書やデータ、マニュアルなどが存在していても、必要な時にすぐアクセスできないのでは意味がありません。また、文書管理のための承認を紙で実行していると、迅速なステータス管理ができません。このような課題を解決するために、強力な検索機能と管理体系を備えた仕組みで、ナレッジの管理を機動的に行うことが重要です。

Picture3

④  ワークスタイルに合ったモバイル基盤の確立

社内の文書管理基盤と連携したモバイルインフラを整備すれば現場での対応がよりスムーズとなり、不具合の原因や対応策の過去履歴を即座に検索することもでき、事故の被害を最小限に食い止めることも可能になるでしょう。モバイル端末を紛失したときの対策として、リモートからロックしたり、初期化を行えるようにしておけば、セキュリティ面からも安心となります。

Picture4

⑤  伝承すべき技術・技能の定義と後継者管理

熟練者の人数、熟練度、熟練分野、経験年数、保有資格など「熟練マップ」があれば、工場の人材管理において「熟練」という目に見えないものが「可視化」されるのです。後継者の育成計画や人員計画などにも活用できるでしょう。

SAPでは、以上のような考え方に基づき、製造作業要領書や安全手続き、設備の運転マニュアルを文書化し、誰が作業をしても一定の品質を担保できるような仕組みを提供しています。

Picture5

現場の課題から全社的課題へ

熟練の技術・技能を伝承していくための道具立てについて、おおむねご理解いただけたかと思います。しかしながら、道具を使う「人」が積極的に関与しなければ、絵に書いた餅で終わってしまいます。とはいえ、現場業務を抱えながら基盤構築を行うのは相当な負担となるため、「支援の仕組み」も不可欠になります。

そもそも技術・技能伝承というのは製造現場だけではなく、企業全体にとっても大きな課題であり、経営課題として取り組むことが最も重要です。なぜなら、技術・技能伝承への取り組みは、リスクの軽減につながり、安心・安全に資するものであり、企業価値向上を実現するものだからです。

このような問題意識のもと、次回は全社的課題として取り組んでいくにはどうしたらよいのか、という視点でお伝えしていきたいと思います。

ご質問はチャットWebからも受け付けております。お気軽にお問い合わせください。

●お問い合わせ先
チャットで質問する
Web問い合わせフォーム
電話: 0120-554-881(受付時間:平日 9:00~18:00)