イノベーションを継続的に生む組織--SAPリサーチのヘッド、シェブロッカ博士に聞く


6/12(火)、毎年恒例のSAPジャパン最大のカスタマーイベント、「SAP Forum Tokyo」が開催された。これにあわせて本社Co-CEOのジム・スナーベなど海外エグゼクティブも多く来日して講演や顧客訪問などを行ったが、その中で「SAPリサーチ」の責任者であるマーティン・シェブロッカ博士にインタビューする機会を得たので、ここでご紹介したい。

SAPといえば未だに「R/3」つまりERPの会社、というイメージが強い。強力なブランドイメージを築いていることはそれはそれで喜ぶべきことではあるのだが、実態はというと、

①アプリケーション(ERP)
②アナリティクス
③データベース&テクノロジー
④モバイル
⑤クラウド

の5分野を手掛けており、かつ①はすでにSAP全体の売上の50%前後を占めるにすぎず、残りの半分は②③④⑤が占めるようになっている。つまりは「ERPの会社」だった時代から、企業規模がすでに2倍になっているということだ。

創業から40年、IT業界ではすでに老舗、しかもどちらかといえば保守的でお堅いドイツ企業SAPの、ここ数年の”華麗なる変身”の一端を担ってきた「SAPリサーチ」とは?

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マーティン・シェブロッカ博士(右)と筆者

--SAPリサーチが主要拠点だけで20箇所に分散しているのはなぜですか?しかも、たとえば南アフリカなどにも?

これは「Center of gravity concept(重心コンセプト)」と呼んでいます。研究テーマは、まさにその中心地において研究を行うほうがよい(結果が出る)、という考え方です。

たとえばアフリカは、「今後成長してくるエマージングマーケット」の代表です。だから南アフリカに拠点を置いたのです。

またシンガポールは、ロジスティクス、エネルギー、都市マネージメントといったテーマの最先端にいます。

またこの重心コンセプトには、研究パートナーの存在が影響することもあります。テーマを共同で研究するパートナー企業や大学の所在地によって、たとえばスイスのチューリッヒにも拠点が置かれています。

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 --研究テーマはどこから発案され、どのように決定されるのですか?

まずご理解いただきたいことは、200余あるテーマの大部分は非常に小さいということです。初期段階ではスタッフ1~2名だけで行っている研究テーマ、も多いのです。

テーマとして一番多いのは「将来、確実な需要が見込めそうだ」と考えられるもの、ですね。その需要を見つけるのはSAP自身のこともありますし、外部パートナーであることもありますが、いずれにせよ確実な需要が見込まれることは重視されます。

また直接的な売上見込みでなくとも、社会的に見て重要な課題、たとえば環境問題やエネルギーなども、やはりテーマになっています。

いずれにしても、SAPのビジョンに明確に沿ったものであることが大前提です。それ以外はやりません。

どの研究所でもそうだと思いますが、研究テーマのすべてが製品化されるわけではありません。”ボツになる”ものもたくさんあります。どれが最終的にモノになるかはやってみないと分かりません。したがって、強力な「ポートフォリオ管理」も重要です。多産多死を前提にしている、ということです。

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 --外部パートナーとの共同研究が多いと聞きましたが、それはなぜですか?

多いというより、ほぼすべての研究は外部パートナー(政府を含むSAP顧客、SAPパートナー企業、または大学)との共同で行っています。その理由は主に2つです。

ひとつはテーマを追求するのに必要なスキル(人材・経験・リソース)を外部パートナーが持っていることが多いこと。

もうひとつの理由は、上述のように、「確実な需要の見込み」を持っているのが外部パートナーであることが多いことです。

また、政府の資金による研究テーマの場合は、コンソーシア(共同研究)とすることを義務付けられているため、という事情もあります。

 --研究資金付きで持ち込まれるテーマ(委託研究)もありますか?

あることはありますが、どちらかというと例外です。政府がスポンサーしているものに多いですね。

たいていの研究は、共同研究パートナー(SAP、パートナー企業、大学など)がそれぞれのリソースを持ち寄って行います。つまりお金のやりとりが発生することは比較的少ないです。

 --SAPリサーチの機能として「研究部門:3~5年先」と「商業化部門:1~3年先」の2つに分かれるとのことですが、どちらも比較的「短期」だという印象です。

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SAPにおいてSAPリサーチは、研究(Research) ⇒ 商業化(Commercialize) ⇒ 開発(Development) ⇒ 販売(Product)という一連のステップのうち前の2つを担う、と位置付けられています。

あくまで研究(R)⇒商業化(C)の次には製品化(D/P)があり、RとCはDを加速するための上流工程です。

一般的に「R&D」という言葉が使われていますが、ソフトウェア会社にとっては「開発(Development)」とはむしろ製造業でいう「生産」に近いところ、つまりすでに市場に出すことが決まっている「製品」を製造するステップのことですから、一般に「R&D」と呼ばれている機能が、SAPでは「R&C」と呼ばれている、と考えてよいのではと思います。

たとえばご存じの「SAP プレシジョンリテーリング」も、SAPリサーチが実施した研究テーマのひとつです。(※筆者注:「Phoneアプリ「お買い物リスト」で実店舗をEコマース化――プレシジョン・リテーリングを推進するカシーノ」参照)

 --ベンチマークしている組織はありますか?たとえばIBMのワトソン研究所など?

まず、IBMは企業規模自体がSAPよりずっと大きいですし、IBMの研究部門はさらに大きい。また彼らは、いわゆる基礎研究にも力を入れており、自然科学分野を含む幅広い分野を対象としており、特許を含むIP(知的財産)を生み出すことに注力しているという印象です。

一方われわれSAPリサーチが注力しているのは、SAPのイノベーション・エンジンになることです。イノベーティブな製品を生み出すことが第一のポイントであり、常に「製品化」を意識していますね。

 --シェブロッカ博士はSAPリサーチという組織の長を務めていらっしゃるわけですが、組織運営上はどのようなKPIがあるのですか?

研究テーマを、(最終的に得た)利益額で評価する、ということは論理的には可能ですが、現実にはあまり意味を成しません。なぜかというと、(1)利益額が見えてくるのは研究段階よりはるか先のことであることに加え、(2)ひとつのテーマが単体で製品化されるとは限らないからです。あるテーマの成果が別の製品の一部分として貢献することも多いのですが、その場合、そのテーマ単体の貢献を計ることは難しい。

したがっていわゆる数値指標としてのKPIはあまり重視していません。テーマごとの評価は、以下の2つのクライテリアに沿って決めています。

(1) SAPの戦略、ビジョンに関連性があるかどうか。
(2) 社内/社外への「インパクト」があるかどうか。業界から見たThought Leadershipがあるかどうか。

 --研究スタッフの採用はどのように行っているのですか?決まった任期はあるのですか?基本的にはソフトウェアエンジニアですか?

基本的にはSAPの他のポジションと変わらないと思います。
研究テーマが決まってくると、どんなスキルを持った人材が必要かも見えてくる。そこで適任者がSAPリサーチ内に居なければ、社内外への募集をかけ、適任者を採用する、というだけです。

社内への公募についてはSAPジャパンからも見えますから、もちろんジャパンから応募してもらうことも可能ですよ。

任期の有無は、研究テーマによって違います。とくに政府資金を使って行う研究の場合は、その存続期間はたいてい3年と決まっていますので、その場合は「3年契約」になることが多いですね。

ただし我々はいつでも才能ある人材を求めていますから、能力のある人であれば、そのテーマの終了後、別のテーマに関わるケースも多いですね。

採用される人の特徴ですか?イノベーションを起こすことに熱意がある人、高いモチベーションを持った人、ですね。いえ、決してソフトウェアエンジニアばかりではありません。たとえばマーケティングなど、純ビジネス系バックグラウンドの人もいます。

 --社員のほか、Ph.D候補(博士課程に在籍中の大学院生)を入れることが多い、とのことですが、それはなぜですか?

スキル確保とリクルーティングが主な目的です。

まず、ITとくにソフトウェア分野を専門とする高いスキルを持った人材を得ることそのものが非常に難しくなってきている、ということが挙げられます。ニーズが多いので、争奪戦が激しいのです。我々もまた他社と同様、もっとも能力のある、トップ10%のさらに上のほうの人材を採りたいと思っています。博士課程には(学生とはいえ)高いスキルを持った人材が比較的多くいますから。

またそうしたPh.D候補をプロジェクトに入れれば、その人物の能力のほども見極められますし、逆に彼らもSAPリサーチの職が自分に合っているかどうか、確認できます。Win-Winなのです。

Ph.D候補者の人数ですか?一定ではありませんが、まあ常時30~50人くらいはいるのではないでしょうか。

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研究開発組織の姿は、その企業全体の姿をそのまま映し出す。SAPリサーチといえどそれは例外ではない。

20箇所に拠点を分散(Diversify)させているあたりは、SAPという企業そのものの多国籍性・多様性ともかぶって見える。そういえば、現在のSAPの役員会も多様だ。役員6人中、ドイツ人は2人だけ。CEOは2人いるがアメリカ人とデンマーク人だし、あとの2人もデンマーク人とインド人。
http://www.sap.com/corporate-en/our-company/executive-board.epx

あくまで研究パートナー(とくに「需要」をもたらす、SAP顧客企業)との共同研究にフォーカスし、かつ長くても5年後には製品化できるものつまり応用研究に絞る。「象牙の塔」に籠る気はさらさらなく、「エンジニアのパラダイス」を提供する気もない。あくまで大人が、ビジネスの種を仕込むところ、と心得ている。

(そういえば、SAPはアプリケーション(Application)ソフトウェアの会社だが、応用研究の「応用」もApplicationだ。この2つが同じ単語で表現されるというのも日本人の感覚からするとちょっと興味深い。)

本稿では紹介していないが、SAP Forumでのシェブロッカ博士の講演では「未来工場」など興味深いプロジェクトが目白押しであった。実際に訪問してまたレポートしてみたいと思う。

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