素材業界の技術・技能伝承~デジタル時代の免許皆伝――第2回:技術・技能伝承で企業価値向上


273471_l_srgb_s_glSAPジャパンの熊谷です。日本の素材業界の技術・技能伝承に関して、2回シリーズでお届けしています。日本の素材業界がバブル崩壊以降の落ち込みからようやく復権を見せる中、大きな課題となっているのが技術・技能伝承であり、近年になって製造現場において思わぬ事故が増加しています。そこで前回は、技術・技能伝承面での課題を克服し、製造現場の知をどう受け継ぐかについてお話しました。

具体的な施策として、動画やモバイル、文書管理システム、人材管理システムなどを駆使して、熟練の技術・技能共有やそれを支える管理基盤を備えることにより、現場力をアップさせ、事故や不具合を減らすことができるとお伝えしました。しかしながら、そのための基盤構築およびコンテンツの作成は、現場への負荷を強いることになります。特に初期導入時は特命プロジェクトとして、現場作業と別個のタスクフォースを立ち上げる必要があるでしょう。

では、このように大がかりな投資や取り組みを必要とする技術・技能伝承を、どのように進めていくべきか。そもそも、技術・技能伝承は一工場の安全確保だけの問題ではなく、経営全体の課題と言えます。今回は、技術・技能伝承が経営課題の一つであるという視点に立って、提案を試みたいと思います。

「暗黙知の形式知化」により生まれる価値

前回もお伝えしたように、技術・技能伝承の根幹にあるものは、コツやノウハウといった単純に文書や言葉、図表で説明することが困難で、仮に言われた通りに実行したとしても熟練度の違いによって結果に差が出るような、個人の「技」と言えます。しかし、ITをはじめさまざまな技術を駆使することにより100%は無理であっても、ある程度一般化することは可能です。たとえば、熟練者は機械の音や振動がいつもとちょっと違うだけで、何か不具合があると敏感に感じ取ることができます。「あれ、変だな。どこかの部品に不調があるのかも」といったことを瞬時に感じ取り、その機械の調整を行い、故障や不調を防ぐことができます。これを、センサーなどを駆使して理論に基づき定量化することができれば、熟練者の暗黙知としての感覚を形式知に置き換えることが可能になります。

つまり、熟練者の暗黙知という曖昧なものを可視化し、定量化したり、再現性を持たせたり、体系化することは、知的財産として大きな価値を生み出すこととイコールなのです。個別の技術・技能だけでなく、全体のプロセスを含めて体系化することにより、企業の知的財産として継承でき、明示できるというわけです。

体系化することの一番のメリットとは?

知的財産が体系化され、その活用が明確になると、それらを定量的に評価することも可能になります。具体的な数字を示さなくても、知的財産が明確に示されれば、対外的に非財務価値として認められ、コンプライアンス面での対応や、事業遂行能力の面でも評価されます。特に海外展開などを行うときに、現地での事業フィージビリティや信頼性が増し、現地での事業協力や資金調達がしやすくなる、あるいは保険料率が下がるといったメリットもあるかもしれません。

つまり、技術・技能伝承を行うために暗黙知の体系化を行うということは、埋もれていた企業価値を顕在化させることでもあるのです。企業活動そのものを暗黙知から形式知へと置き換えることである、と言っても過言ではありません。

経営課題として取り組むために

しかしながら、技術・技能伝承を実行に移そうとすると、現場、特に熟練者の作業負担が増えるため、自発的にはなかなか実施しにくいものです。また、現場をよく知らない経営側からすると、その実施にはITを含めた投資が必要なことから、費用対効果が明確にならない限りはなかなか踏み切れないのではないでしょうか。しかし、技術・技能伝承を行うことは、企業価値を向上させることにほかならないのです。つまり、技術・技能伝承の取り組みに対しては、経営的視点で費用対効果を考えなければならないでしょう。また、本社の主導で、全社単位で行うとなれば、プロジェクトとして遂行しやすくなり、製造現場への浸透も早まるのです。

技術・技能伝承を経営課題として取り組むためには、全社としてその意義を明確に認識し、組織横断的に取り組む必要があります。前述の通り、特に初期段階においては現場の負荷が高まりますので、組織としてバックアップする仕組みが必要になります。現場の熟練者および若手に加え、本社の企画部門やIT部門が音頭をとって、積極的に推進する特命プロジェクトやタスクフォースを組成するようなことが一つの方法でしょう。場合によっては、外注先や外部専門家にも協力を要請するような場面も必要になってくるでしょう。いずれにしても、この活動は現場主体ではあっても、本社主導で体系的に行うことが重要です。局部的な対応ももちろんですが、全体観を持って進めていくことがカギとなります。

技術・技能伝承の方向性インダストリー4.0(Industrie 4.0)への入口

技術・技能伝承の肝は、熟練の叡智を他の従事者に効率よく伝授することであり、そのための仕組みであり、可能な限り形式知として取り扱うことです。これを突き詰めていき、仮に熟練の叡智を完全な形式知にまで昇華させることができるなら、極端な話、人が介在することなく、直接、機械やモノ、ITが叡智を継承することも可能になるでしょう。さらに言えば、それらの形式知をITで再現できれば、熟練の技術・技能を自動で提供することが可能になります。音や振動だけでなく、種々の外部データ、機械や部品のスペック・状態、過去の履歴データなどを含めて解析することにより、精度の高い予知保全などを実現することも可能になるでしょう。これはまさに、今、製造業で話題のインダストリー4.0(Industrie 4.0)そのものと言えます。現時点でのIndustrie 4.0は、組立加工業が主たる対象ですが、この先、プロセス系である素材産業にもその流れが広がることが予想されます。

SAPでは、このような予知保全をSAP HANAを用いて構築してきた実績があります。工場内に存在するさまざまなデータ(例.制御装置の運転データ、製造品質データ、設備保全データ、機器の計測データ、センサーデータなど)を組み合わせて分析し品質異常、設備故障要因の相関関係を導き出し品質向上、安定操業のための解析・予知ソリューションなどを提供してきています。このような仕組みを素材産業の製造現場に構築することが可能なのです。

一現場から全社へ、そしてグローバルへ

以上、2回にわたって技術・技能伝承に関わるお話をしてまいりました。喫緊の課題としては、工場における安全確保・事故防止や不良率の低減ですが、技術・技能伝承を工場におけるナレッジマネージメント、熟練技能の自動化というレベルにまでもっていければ、企業価値を左右するほどの大きな知的財産となることがおわかりいただけたかと思います。データ化されたナレッジをベースにできれば、熟練者への負荷が減ると同時に、人力で注視すべきポイントを絞ることができます。したがって、自動化と相まって工場の効率を相当に上げることが可能になり、一工場の知を全社に、そしてグローバルに広げていくことが可能になります。これによりデジタル時代における「免許皆伝」が実現できることになるでしょう。SAPでは、今後も素材業界の皆様にお役に立てるよう、活動を続けてまいります。

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