日本の産業用機械業界を襲うIndustrie 4.0に向けた新たな試練――第1回:予測の優劣が競争優位を左右する

作成者:原田 茂樹 投稿日:2014年7月4日

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SAPジャパンの原田です。今、産業用機械業界は、インダストリー4.0(Industrie 4.0)と称する第4次産業革命の洗礼を受けようとしています。あらゆるものがインターネットにつながることで、現在、何が起こっているのか、また将来、何が起こるのかが、瞬時にわかってしまう時代が到来しつつあります。また、従来のように処理できる範囲も速度も限定的だった情報ネットワークから、広範かつ高速で、きめ細かな情報ネットワークへアップグレードすることで、ビジネスの幅やスピードにも大きな影響が生じます。産業用機械業界にとっても、単に工場での生産性や品質といったレベルを超えて、ビジネスのあり方や価値創造の源泉、競争優位性に大きな変化をおよぼすことが想定されます。

そこで本連載では、「日本の産業用機械業界を襲うIndustrie 4.0に向けた新たな試練」と題して、Industrie 4.0時代に向けた産業用機械業界の課題、日本企業におけるソリューション、それに関わるSAPの取り組みについて、2回に分けてお話しします。まず1回目は、「予測の優劣が競争優位を左右する」というテーマで、Iudustrie 4.0 のインパクトについてお伝えします。

Industrie 4.0により、何がどう変わるのか?

Worker watching robotic arm working on assembly line in factoryIndustrie 4.0とは、ドイツ政府が提唱している製造業高度化に向けたイニシアチブです(詳しくは、Industrie 4.0—次世代ものづくり環境のための確かな道すじを参照)。ここでカギを握るのは、あらゆるモノがインターネットにつながる、いわゆるIoT(Internet of Things)です。あらゆるモノがインターネットにつながるようになると、原料、部品、機器、プロセスなどの状況が詳細までつねに把握できるようになり、工場は無駄のない革新的な生産の場へと生まれ変わります。また、倉庫、物流、店舗、サービス事業者、顧客など、工場の外部とリアルタイムでつながることにより、製品開発やデリバリー、在庫調整、値付け、メンテナンス、サービスなど、ビジネスに関わるあらゆる要素に変化をもたらします。

従来の製造業は、最初に立てられた計画に従って、企画、設計、マーケティング、生産、販売、アフターサービスといった段階的なプロセスを経ていました。その場合、少なくとも販売の結果が出るまでは、計画に対してフィードバックすることはできませんでした。したがって、見込み違いによる大幅なロスや機会損失などが発生するリスクがありました。しかしながら、Industrie 4.0の世界では、各プロセスにおいてリアルタイムに状況が把握できるようになり、計画からの乖離や需要変動、市場の変化、顧客満足度などを、関係するプロセスに対して即座にフィードバックすることが可能になります。つまり、販売を待たずに、軌道修正を時々刻々と行うことができるのです。その結果、市場の意向を反映した柔軟な製造システムが実現できます。ただし、適切にフィードバックするためには的確な予測が不可欠であり、予測精度をいかに高められるかが競争優位性を左右することになります。

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記録から売上拡大へ、IT活用の目的が変わる

このようなことが可能になった背景には、情報技術の飛躍的な進展があります。近年では、メモリーコストの大幅な低下、プロセッサーの処理の高速化、通信ネットワークの帯域の大幅な拡大といったことが背景となり、高速大量データ処理が安価に実現できるようになりました。また、無線技術、モバイル技術の発展により、空間的な制約が取り除かれたことも重要なポイントです。逆に言えば、ITに対する意識や態度を変えない限り、その恩恵を十二分に活かすことはできません。

これまで、ITの活用目的は、主に記録や確認にありました。ヒューマンエラーが起こりやすい人手による単純作業を代行し、効率化とコスト削減に貢献してきたことは周知の通りでしょう。しかし、これからのIT導入の目的は、売上拡大という「攻めのビジネス」に貢献するものであり、事前予見や前述の「予測」を精度よく行うことが期待されています。

もっとも、事前予見や予測を的確に行い、それをプロセスにフィードバックさせるためには、十分な選択肢(量と種類)と柔軟性を持つシステムを整備しなければなりません。たとえば、需要や供給部品の状況に合わせて生産品種の調整を即座に行ったり、生産プロセスを柔軟に変更できたりするようなシステムが必要です。

部品表(BOM)も変わらなければならない

製造業においてこのように柔軟な生産を行うためには、BOM(Bills of Materials)と呼ばれる部品表も変化を余儀なくされます。たとえば、従来の主要なBOMは設計・開発段階におけるE-BOM(設計部品表)と、製造段階におけるM-BOM(製造部品表)があります。しかし、これからは、市場の動きや顧客の意向を容易に反映させるため、販売やサービス(メンテナンスなど)を行う際のS-BOM(販売部品表)などを加えて構成し直し、業務プロセス横断で各BOMを活用できるような取り組みが必要でしょう。

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IoTにより変わりゆく企業のすがた

では次に、IoTによる事前予見や予測を積極的に活用している海外の事例およびSAPの取り組みを紹介しましょう。

1.風力発電設備:風力発電設備のリアルタイム監視と発電量シミュレーション

最初に紹介するのは、30,000機の風力発電設備の運用監視の事例です。発電量を保証するため、問題のある機器をITによって即座に検知したり、風量や風向きの予測に基づく設備の最適化を行ったりしています。また、新たな発電設備の設置に際して、実データのリアルタイム解析から発電力量のシミュレーションなどを実施。毎秒500メッセージ以上のデータを処理、加工、分析しています。これらのリアルタイム監視と予測を行うにあたり、リモートサイトではSAP Event Stream Processor (以下SAP ESP)を、データセンター側ではSAP HANAを活用しています。これにより、異常機器を故障前に発見、適切な処置を行うことができ、電力ロスと修繕費の最小化が実現されています。また、発電量のシミュレーションに関しては、データ蓄積量の増加に伴い予測精度が向上しており、発電量の保証に大いに貢献しています。

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2. 重機メーカー:トラクター信頼性分析および故障予防

重機の車両や機器からのテレマティクス情報とその履歴データ、車両情報、ワランティ情報を取得、組み合わせて分析することで、将来の故障予測を行っています。これに基づき、SLA(Service Level Agreement)契約と照合し、該当するサービス部門にアラートを出したり、最適化されたサポートの提供を行ったりします。

実際のオペレーションは、以下のステップによりSAP HANAを活用して行っています。

ステップ1
SAP Predictive Analytics(予測分析)により車両の問題を引き起こす原因因子や先行指標を特定します。たとえば、エンジン温度、油圧、回転数、二酸化炭素排出量、エラーコード、速度などを継続的にモニターし、値の急激な変動やほかのデータとの相関における変化や異常などをその因子として捉えます。

ステップ2
ステップ1で捉えた因子や先行指標に着目し、予測モデルを構築して車両故障を予測します。これにより、コストの高い修理やダウンタイムを減らします。本予測に基づく故障の兆しは利害関係者に遅滞なく伝達されます。

ステップ3
生産データと車両稼動データの相関を分析し、購買、製品サポート、サービスパーツ、エンジニアリング、品質管理、生産、保守・メンテナンスにおける指針、留意点、改善点などを洗い出します。

こうしたステップを踏むことにより、ワランティ負担と業務コストの削減、サービス利益率の向上、保守部品の生産量や在庫などの最適化とコスト削減、サービスレベル契約の高度化と顧客満足度の向上、車両・機器稼動時間の向上、お客様における保守コストの低減などを実現することができ、非常に有益な結果となっています。

そのほかにも、フィールドサービスマネージメント、調達、ドキュメント管理、保守部品管理、チームワークアクセスなどにおいて、IoTによりビジネスプロセスの改善をしたり予測を活用したりすることで、すでに大きな成果をあげている企業が少なくありません。

日本企業は危機感を持つべき

このようにIndustrie 4.0時代の到来により、製造に関わるあらゆるパラダイムが変わっていくことが予想されます。Industrie 4.0時代に生き残るために、企業はその方向性を先取りしていかなければなりません。そして、そのなかで競争優位性を左右するのが、事前予見あるいは予測の精度です。海外の産業用機械メーカーでは、すでにこのような動きを取り入れ、予測をビジネスやサービスに積極的に活用しているところが多くなってきています。こういった取り組みを大いに参考にすべきでしょう。

翻って、日本の産業用機械業界はどうでしょう。多くの企業が従前と変わらないオペレーションを行っているのではないでしょうか。工場の生産ラインにおける先進性では群を抜く日本企業ですが、このままでは後れを取ることが必至です。

このような問題意識に基づき、次回は、「変わるために必要なこと」というテーマでお話ししたいと思います。

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