SAP re-BPR FORUMより「停滞期を乗り越え、欧州最大のソフトウェア企業へと成長。SAP自身が実践した両利きの業革とは?」


新型コロナウイルスの影響によって、ますます先を見通せなくなってきた世界経済。第一波を抜けた現在、多くの企業が厳しい環境で生き残っていくための施策に本腰を入れています。SAP自身が停滞期を乗り越え、どのように業革を行ったのか、SAPジャパン 常務執行役員 チーフ・トランスフォーメーション・オフィサーの大我 猛が紹介します。

(SAP Re-BPR FORUMの講演から)

グローバルで実施したガバナンスと組織の改革
2000年代前半のSAPは主力のERP事業が伸び悩み、台頭してきたクラウドサービスにも乗り遅れていました。こうした状況に危機感を強く抱き、成長の原動力として新技術インメモリーコンピューティングを製品戦略の中核に据え、ポートフォリオを補完するクラウド企業も複数買収。本格的な経営改革の推進により、平均成長率は2010年代に入ると10%まで回復し、現在も成長を続けています。

改革の一環としてSAPが実施した施策の1つが、グローバルにおけるガバナンスと組織の変革、つまり「守り」の強化です。経営陣が社内のプロセスを標準化するという意思決定を行い、グローバル全体に標準化を進め、各国で状況が異なるコアビジネス以外のファイナンス、調達、人事、IT、ファシリティなどに関する機能はシェアードサービス化を図っていきます。グローバルファイナンスにおいては、共通の業務プロセスごとにプロセスオーナーを置き、変革を継続する仕組みを作り上げています。こうした方策を取ったことで、各国のCFOの役割も大きく変わりました。これまで地域CFOには完遂性と正確性の2つが求められ、全体業務の約80%が任されていました。現在の体制ではシェアードサービスが正確性の領域を担い、各国のチーフアカウントがオーケストレーションを実行することで、CFOに求められる役割は完遂性のみとなっています。結果としてCFOが事業側のビジネスパートナーとして事業の伸長に注力することが可能になっています。
SAPの組織変革

「守り」の変革と並行して「攻め」の変革にも着手しました。創業者ハッソ・プラットナーが中心となり取り組んだインメモリーコンピューティングをエンタープライズレベルの製品に仕立て上げ、製品戦略を刷新する変革です。
守りと攻め、どちらにも社員が関わり、同時に実施することで、企業を包み込む空気感が攻めと守りの両方に伝播していきます。

「Purpose」によるオペレーションの再定義
それでは、強い動機を持った創業者がいなくなったらどうなるのか。それを克服するためにSAPでは「Purpose(目的/目標)」に基づいて行動する“Purpose-led”という視点から、従来の企業ビジョンを見直しました。従業員は価値の創出者で、顧客はファン、パートナーは相互利益の追求者です。「市場から信頼を得て、ナレッジを皆で共有し、最終的にビジネスでWin-Winの関係を作り出す」という、経営の視点を再定義する哲学といえます。
SAP大我の講演資料から抜粋

社員の視点でPurposeを捉えることも重要です。以前はキャリアの形成やそれに見合うサラリー、ワークライフバランスが中心でした。現在は、各社員が何らかのPurposeを持ち、社会的な課題解決や、高品質な製品の開発などに取り組んでいます。仲間と一緒に楽しく働きたい、仕事を通じて自分の成長を実感したいというように、仕事に対する価値観も変化していきます。
SAPはPurpose-ledをオペレーションに落とし込むため、評価制度も変えました。業績と能力を軸に、3×5段階で評価してきた制度を、レーティングなしへと移行。目標管理についても年2回のマネージャー面談から、連続的かつ動的な設定に変更。業績目標と成長目標も連動させ、複数部門のマネージャーが人材のパフォーマンス管理を行っています。
「自ら動くリーダー」候補を創り出すための取り組みも進めています。例えば、世界10億人の生活を豊かにするためのCSV事業「1 Billion Lives」は、社会課題の解決に向けて、SAPのボードメンバーが発案したものですが全社員に参加の機会が与えられています。世界17か国20拠点で展開する社内起業支援プログラム「NVT Intrapreneurship」は、SAPの収益の1%相当にスケールするクラウドビジネス創出を目標としています。

デザインシンキングによって生み出される心理的安全性
SAPの変革の根底にあるのは、「デザインシンキング」です。創業者・会長ハッソ・プラットナーがデザインシンキングに出会ったのは、SAP HANAの開発を始めた2004年のことでした。この手法をSAP社内に取り入れ、2013年には全社での採用を決定。最大の特長は、課題の解決にフォーカスせず、解くべき課題を発見することにあります。

SAPが実証したデザインシンキングのインパクト

SAPが実証したデザインシンキングのインパクト

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デザインシンキングがもたらした変化として大きいのは、境界を越えて心理的安全性が確保されることです。重要なルールは「Yes, and」の精神で、誰かの発言を受け止めてからそれを膨らませていこうという姿勢です。アイデアにアイデアを重ねることで、何を言ってもいいんだと、ポジティブな空気感が作られます。ダイバーシティが方々で議論される昨今ですが、心理的安全性ができてはじめて、人材や意見の多様性が生かされるようになります。
SAPジャパンでは現在、独自のデジタルエコシステムによる日本企業のネットワークの拡大に取り組んでいます。イノベーションを志向する人々をつなぐ異業種コミュニティ「Business Innovators Network」、オープンイノベーションのための共創スペース「Inspired.Lab」、スタートアップ支援プログラム「SAP.iO」など、さまざまな活動を展開しています。

企業の戦略は、上流工程で明確なポジションを取り、計画に落としこんでいくだけではありません。現場のような下流から沸き上がってくる創発的な戦略も拾い上げ、実際の戦略につなげていく企業が増えていくと予想されます。
一般的に業革は、守りの変革として捉えられがちですが、それだけではうまくいきません。攻めの変革と合わせてポジティブな空気感を醸成していくことではじめて、「両利きの変革」が実現します。

本編の全容は「SAP Re-BPR FORUM いま変革を止めないために学ぶ」でご覧いただけます。