岸先生が解説「数億人と商売する日本の中堅・中小企業」はこう動く

国内市場の縮小が予見される中、多くの企業が海外に商機を見いだそうとしている。そのとき明暗を分けるのは、リスクを最小化する仕掛けだという。その真意を取材した。

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国内で商売をするにしても、人口減少で国内市場だけでは立ちゆかない。海外に目を向ければ数億人の市場がある。とはいえ、市場は強敵だらけだ。
もはや事業展開で国境を市場の境界として考えるのはナンセンス、国際間ルールをうまく泳ぎ切る力が必要だ――こう提言するのは、元経済産業省官僚で慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科の岸 博幸教授だ。
この企業変革は、さまざまなしがらみがある大企業よりも、現場力があり機敏に動ける中堅・中小企業にこそチャンスと勝算があるという。その真意を岸先生に聞いた。

慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科 岸 博幸教授


TPPやEPA、ワインや肉が安くなるだけではないって本当ですか?

――日本は将来人口1億人を割り込むと予測されていますが、一方でTPP加盟国全体の人口は数億人。人口ボーナス期のアジア圏を含む市場は日本企業にとっても魅力的です。しかし東アジア圏で存在感を高めるのは中国を中心としたベンチャー企業が多い印象です。さらに直近では日欧EPAも締結されました。日本企業にも影響が大きいのではないでしょうか。

もはや事業を展開する際に国内、海外で市場を分けること自体がナンセンスになりつつありますが、国内市場では制約や規制が多く参入しにくい分野があります。例えば医療ITなどの事業展開では法規制や認可にかかる時間が課題です。国境が問題にならないのであれば事業展開を始めやすい国でスタートする「身軽さ」が重要になるでしょう。

例えば医療機器では、ドイツに拠点を置いて事業開発を進め、一定の成果をもって自国に展開する作戦を採る企業もありますね。ビジネス開発と法規制の関係についていえば、中国で盛んなライドシェアや自動走行車両の実験などもそうです。関税に対する戦略も研究すべきでしょう。

――確かに法律への対応などを除けば、国境の壁がかなり低くなっている印象があります。しかしながらその中でうまくビジネスを広げるには、中堅・中小企業も世の中のさまざまな動きをいち早くキャッチアップしていく必要があろうかと思いますが未経験で参入する企業にとっては難しい問題が多いはずです。

結論としては、企業は「とにかく身軽でいること」です。将来のリスクをゼロにはできませんから、決め打ちではなく、変化に柔軟に対応できる状態であることが重要になります。

国際ルールは絶えず変わるものですから、リスクの塊と捉える必要があります。どこかで国際紛争が起これば、その影響がどこにどう表れるかは、予測し切れるものではありません。ですからそのためなるべく身軽になり、変化があれば機動的に動ける必要があります。

今はちょうど自動車メーカーなどが米国の政策変更に大きく振り回されていますが、このときどのくらい素早くリスクを算出し、対策を打ち、素早く動けるかが勝負になります。ここで情報が分断し、実態と懸け離れたレポートしか得られないようでは何がどのくらいのリスクであるかすら分からないことでしょう。

慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科 岸 博幸教授


企業のチャレンジは「上場ゴール」であってはならない

――アジア圏を見ると、中国やインドネシアなどのベンチャー企業にかなりの勢いがあります。既に巨大な事業規模に成長している企業も少なくありません。情報をキャッチアップするというよりは、市場を作る力があるように見えます。

中国の新興企業などは、確かにかなりアグレッシブに活動しています。これは中国の人々が持っている精神性によるものもあれば、既存のしがらみなどがなく前例に縛られずチャレンジできる環境もあるでしょう。この点は日本国内で一定の規模に成長した中堅・中小企業からすると不利かもしれません。

日本人はどちらかというとかなり慎重に事を進めますが、グローバル市場ではよりアグレッシブなスピードが求められます。日本の中堅・中小企業もそういった精神性は何らか取り込んでいく必要があるでしょう。もちろんスピードは、システム化が鍵というお話もありますがそれだけではありません。システムが付いてこなくても意思決定のスピードは速くあるべきなのです。

今、大学に身を置く立場からすると、留学のチャンスを与えても学生が留学をしたがりません。20年間ものデフレ環境が日本人の精神性をかなり内向き志向に変えたように見えます。企業もそれと同じ傾向があります。実際、日本では世界市場を目指すベンチャーもありますが、株式を上場して満足してしまうことも多いのです。人口減少傾向にあるとはいえ、日本はまだ1億2000万人を擁する大国。国内市場だけでもそれなりに利益が出せるので、満足しがちなのかもしれませんね。

国外でチャレンジする精神性を持ったベンチャー経営者が少しずつ増えていますが、その数は多くありません。もっと攻めの姿勢を持ってほしいと思います。

中堅規模で非上場だけれども面白い製品やサービスを持つ企業が日本にはたくさんあります。そのような企業は、株式上場をゴールにするのではなくそれらをグローバルに展開していけばより良い経験ができ、成功できるはずです。企業として世の中にどのように貢献するのか。事業で収益を得るのは、そのための手段にすぎません。そういうことをしっかりと考えられれば、それが企業で働く人のやりがいにもつながっていきます。

リスクを最小化するには海外比率を高めていく

――リスクという意味では、海外に進出した経験の少ない中堅・中小企業にとっては、海外進出そのものが大きなリスクになるケースもありそうです。

政府としてもJETROなどの活動を通じて後押しをしている状況です。現地の法規制などについては、例えばITシステムのサポート企業がノウハウを持っていたりします。いずれにしても積極的に制度や仕組みを使った情報収集が重要になります。それでも痛い目を見るリスクはあるでしょう。しかしそれを恐れても何も生まれません。国内市場だけでは、明らかに成長の限界があります。リスクを最小化する努力をして、グローバルな市場にチャレンジしなければならないでしょう。これからは大企業だけでなく、国内市場を中心に事業展開してきたような中堅・中小企業でも、海外売上比率を高める努力は必須になってきます。

このとき、課題となるのは「すぐに現場を見られない海外拠点をどうコントロールするか」でしょう。それはシステム的な問題もありますが、自分たちのコアコンピタンスは何か、そのために何にどう投資するのか、といった企業の骨組みを隅々まで行き渡らせることも重要になります。

慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科 岸 博幸教授



コラム:海外比率を高めるこれからの中堅・中小企業が持つべき武器は

中堅・中小企業が海外市場に打って出る。その際には、各国の拠点におけるビジネス基盤をスムーズに構築したい。とはいえ拠点ごとに法律や税制が異なり、商習慣も違う。それらに迅速に対応するビジネス基盤の構築は、これまでは簡単ではなかった。

この状況を大きく変化させたのが、クラウド型の次世代ERPスイートだ。SaaSであれば各国への導入の手間も少なく、すぐにアプリケーションを利用できる。さらにSAPの次世代ERPスイートであれば、それぞれの国の税制や商習慣にもあらかじめ対応しており、地域ごとにカスタマイズを行う必要もない。その上で、本社と各拠点間での情報共有も容易で、グローバルレベルのリアルタイムな管理会計も簡単に実現できるのだ。

さらに、SAPはグローバルレベルで人材の活用をするためのサービス、オムニチャネルコマースを実現するためのサービスなどをSaaSで用意している。これらを適宜組み合わせることで海外市場への迅速なビジネス展開が可能になる。

実際、日本のコンシューマー向け製品のあるメーカーは、自社のデジタル変革の基盤としてSAPソリューションを採用した。同社の業績は好調で、売上高は2桁成長を続けていたが、従来の基幹システムが近年の業容拡大に追い付かないという課題も抱えていた。また、同社はユーザーとのつながりを大切にし、より良い顧客関係を築く取り組みを実践していた。しかしこれには販売スタッフの経験値などに頼っている部分もあり、今後の成長のためにもデジタル技術を用い属人性を廃した仕組みでサービス品質を向上させることが急務だった。

これら課題の解決に選んだのが、SAPのソリューション群だった。選択理由の一つが、SAPのソリューションの全体最適性とリアルタイム性を志向した製品コンセプトだ。そして、多様な業種、業態での豊富な実績があり、最新技術を用いたさまざまなデジタル変革をグローバルで提案してきたSAPのノウハウも評価された。中堅・中小企業がこれからグローバル市場を目指すには、グローバル規模で利用でき、さまざまな拠点での実績があるビジネスプラットフォームの選択が不可欠なのだ。

※ 当記事は、アイティメディア/TechTargetの記事を許可を得て転載したものです。

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