Why Digital Matters?─ デジタルの時代、急がれる“Industry 2.5”からの脱皮

ドイツ政府が「Industry 4.0」の構想を打ち出してから、10年近い歳月が過ぎようとしています。ところが、日本では、Industry 4.0に対する誤解も散見され、事業の基盤がIndustry 4.0の前段階、“Industry 3.0”の段階にも至っていない製造企業もあるようです。それによって、どんな問題が起こりうるのかをお話しします。

Industry 4.0の本質

工場におけるモノとヒトの動きを、IoTで収集し、リアルタイムに分析して、生産のインテリジェント化を図る─。「Industry 4.0」と聞くと、こうした「スマート工場」のコンセプトを想起しがちです。なかには、生産ラインのAI制御やAIロボットによる生産の自動化などを思い浮かべる方も、おられるかもしれません。

このような工場のスマート化は、Industry 4.0を構成する要素です。ただし、それが全てではありません。

例えば、デジタルの重要性を説く書籍『Why Digital Matters?』(発行:プレジデント社)によると、Industry 4.0の本質とは、「デジタルの力を利用して企業内の業務プロセスや企業間をシームレスにつなぎ(フィジカルのギャップを埋め)、全体最適を実現すること」といいます。

このようにIndustry 4.0をとらえると、工場のスマート化は、全体の中の一部であることが分かります。例えば、IoTによって、これまで見えていなかった生産設備の状態を可視化して、工場の稼働率や生産性の向上に役立てることは、“デジタルの力を利用して、フィジカルのギャップを埋める”取り組みですが、改革・改善の対象が“生産”という領域に閉じられています。その意味で、生産現場の“カイゼン活動ではあるものの、業務や組織をまたいだ全体最適を目指すIndustry 4.0の取り組みとは言えません。

なぜ、“全体最適”が必要なのか

もちろん、生産現場の効率性を極限まで高めることが、全体最適につながる場合もありますから、一概には、工場のスマート化が、Industry 4.0ではないとは言えません。

とはいえ、製造企業の事業が、生産だけで成り立っているわけではないのも、また事実です。生産のプロセスの前後には、モノを企画したり、設計したり、販売したり、資材を調達したり、作ったモノを物流の乗せたりといった業務のプロセスが存在します。ゆえに、それら全体の効率性や生産性を高めなければ、企業としての競争力はアップしていかないのが通常です。

実際、生産効率をいくら高めたところで、販売効率が悪く、モノが売れないのでは意味はありません。同様に、生産現場が弛まぬコスト削減努力で1円1銭を切り詰めていっても、資材調達でミスを犯せば、すべてが水泡に帰す恐れがあります。同様に、生産のスピーアップの努力が、物流の非効率性で無駄になる可能性もあります。

かつて、ドイツの製造企業は、日本の生産現場の圧倒的な生産性に太刀打ちできず、劣勢を強いられていました。ところが、あるときを境に巻き返しを始めました。その大きな要因として挙げられるのが、ドイツの製造企業が全体最適を指向し始めたことです。つまり、彼らは、生産現場の生産性で日本企業に対抗することをやめて、生産の前後を含む業務プロセス全体の効率性・生産性を徹底的に追求し始めたわけです。そのうえで、自社が属するバリューチェーン全体、あるいは産業全体をデジタルの力によって最適化する取り組みが、Industry 4.0であるというわけです。

「Industry 3.0」の欧米企業、「2.5」の日本企業

ドイツの製造各社が、業務プロセス全体の最適化のためにこぞって採用した手法は、ERPの導入です。つまり、ERPによって、財務・会計、販売、在庫、調達、生産、保守、物流の全業務プロセスを標準化し、業務プロセス内の処理と業務プロセス間の連携をシステム化・自動化したのです。

全体最適に向けたこの基盤整備の取り組みは、欧米企業の間で一般化し、2010年ごろまでには、大手企業のほぼ全てがERPによる業務プロセスの標準化と全体最適化を済ませました。その言い方を変えれば、2010年段階で、欧米の大手企業のほぼ全てが、Industry 4.0へシフトする前の段階、「Industry 3.0」へのステップアップを完了させていたことになると、書籍『Why Digital Matters?』では指摘しています。

それに対して、日本の製造企業はどうなのでしょうか─。

『Why Digital Matters?』の言葉を借りるならば、日本の製造企業は、大手であってもIndustry 3.0の半歩後ろの段階、つまりは、「Industry 2.5」の段階にとどまっているケースが多々見受けられます。

Industry 2.5とは、部門ごと・拠点ごとのシステム化や効率化は進められているものの、部門間・拠点間のプロセス連携はシステム化・自動化されておらず、部門間・拠点間のギャップの調整は、もっぱら人手に頼って行われている状態を意味しています。

こうした状態にある企業では、各部門・各拠点が互いのデータを即時的に把握することができません。そのため、例えば、営業部門は、顧客の注文に対する納期回答を即座に出すことができず、また、“値引き”などの顧客要求に対応することで、会社の収益にどの程度の負のインパクトを与えるかもすぐに判断できません。そのため、顧客ニーズへの対応が後手に回り、競合他社に案件を奪われるリスクが膨らみます。

さらに、会社のデータが部門ごと・拠点ごとに分断され、統合するのに時間がかかると、経営層が、自社の状況を把握し、課題解決に向けた意思決定を下すタイミングも遅くなります。

同様に、各部門も、データを根拠にしながら、『全社の目標達成に向けて、自分たちがいま、どう動くのが適切か』が判断しづらくなります。結果として、年度初め(期初)に設定した自部門の目標どおりに物事を進めることが全てとなり、それが原因で会社の収支を悪化させてしまう恐れもあります。

例えば、生産部門では期初に設定された会社の売上目標を工場の“稼働率”に変換し、稼働率を自分たちの目標にしてしまう場合があります。このような数値を追い求めていると、顧客ニーズの急な変化によって売れ行きが落ち始めた製品であっても、(稼働率目標を達成するために)数多く生産してしまい、不良在庫を大量に発生させる可能性があります。

一方の営業・販売部門についても、製品ごとの採算性に関するデータがタイムリーに得られていなければ、自部門の売上目標達成のために、採算性が悪化している製品を大量に受注し、生産部門のリソースを大きく浪費してしまうリスクがあります。

顧客ニーズの変化や経済情勢の変化がそれほど激しくなかった大量生産・大量消費の時代では、各部門や各拠点が期初に設定した目標に沿って個別に動いていても、問題は少なかったかもしれません。

ところが今日では、顧客ニーズが目まぐるしく変化し、経済情勢も激しく変動します。期初の想定どおりに市場や経済が動くことはまずありえず、とりわけ、グローバル市場を相手取り、事業を展開する製造企業は、あらゆる変化にスピーディーに対応しなければなりません。そのためには、部門・拠点にまたがって日々のデータを共有しながら、変化に応じて、速やかに適切な判断を下し、全ての業務プロセスを連動させることが不可欠となります。ところが、Industry 2.5の状態にある企業は、そうすることが極めて困難なのです。

Industry 4.0へのジャンプアップで再び世界をリードする

もちろん、Industry 2.5の状態にある企業でも、想定外の事象に対して、全ての部門が互いのギャップを埋めながら、連携して動くことは可能です。また、そうしてきたからこそ、日本の製造企業が、今日もなお世界の市場で一定の地位を維持してこられたと言えます。

ただし、問題なのは、そうしたギャップの調整が全て人力に頼って行われてきたことです。例えば、営業・販売部門が、想定外の注文を大量の受けてしまい、生産計画の大幅な変更を猛スピードで行う必要に迫られたとします。そのようなときでも、日本の生産現場では、生産管理の担当者が、自らの経験とスキルをフル動員して、表計算ソフトを使いながら、ほぼ手作業で、資材調達や生産計画を組み直し、指示書を作成したりしています。

このようなことができてしまうのは、人の能力の高さによるものですが、やり方自体は前近代的と言わざるをえず、顧客ニーズや経済情勢の変化が激しく、想定外の事態の発生が“常態化”している今日において、それを続けることには無理があります。

しかも、向こう10年~20年の間は、日本の少子高齢化・人口減少に歯止めはかからず、人材不足がますます進行していくはずです。その点も加味して考えれば、人力に依存したギャップ調整のあり方は、早急に改める必要があると言えます。

ERPの導入によって、Industry 3.0へのステップアップを済ませた欧米の製造企業は、Industry 2.5の日本企業が抱える上述したような問題を2010年の時点で解決し、Industry 4.0への転換を進めています。そうした中では、Industry 2.5の状態からいち早く抜け出すことが重要であり、また、そうしなければ、これからの国際競争で不利な戦いを強いられるのは必至です。

とはいえ、今からIndustry 3.0へのステップアップを図るのでは遅すぎます。必要なのは、Industry 2.5からIndustry 4.0へのジャンプアップです。

具体的には、ERPによって、あらゆる業務プロセス連携のシステム化・自動化、さらには全ての業務データのリアルタイム統合を図り、それと同時に、デジタルイノベーションに向けたデータ活用の基盤を整えることが必要なわけです。また、こうすることで、日本の製造企業は、ものづくりに関する本来的な強みを保ったまま、情報化・自動化で欧米の製造企業に一挙に追いつくことが可能になります。

デジタルトランスフォーメーションにおける主戦場は、モノとデジタルとの融合による新しい価値創出にあります。デジタル領域だけの戦いで、今から欧米企業に勝負を挑むのは実のところ困難です。ただし、戦いにモノが絡むとすれば、ものづくりに関して卓越した力を持った日本の製造企業のほうが有利とされています。つまり、Industry 4.0へのジャンプアップによって、ものづくりの力とデジタルの力、あるいはデータの力を結合させれば、日本の製造企業が世界の市場を再びリードすることが可能であるということです。

どのようなアイデアでも創意工夫によってカタチあるモノにし、かつ、その品質を高いレベルで維持できてしまう日本のものづくり力は、これからのデジタル時代でも競争優位の源泉となりえます。その可能性をいち早く追求できるようにするためにも、ERP導入によるIndustry 4.0へのジャンプアップを急ぐ必要があるのではないでしょうか。

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