いまこそ再考!ERP──導入・体制・活用のあるべき姿とは?
大手企業を中心に普及が進んできたERP。「SAP S/4HANA」「SAP S/4HANA Cloud」の登場以降、中堅・中小の企業へのERP導入も急ピッチで進んでいます。そうした中で、日本におけるERP導入を、本来のあるべき姿に戻そうする機運も高まっているといいます。果たしてそれはどういうことなのでしょうか──。ジャパンSAPユーザーグループ(JSUG)が刊行した冊子『日本企業のためのERP導入の羅針盤』を参考にしながら、ERP導入の『あるべき姿』について確認します。

ERP導入・活用を「あるべき姿に戻す」とは?
日本のERPを、本来のあるべき姿に戻す──。これは、SAPのERP製品を活用してきた日本の企業が、SAP S/4HANAやSAP S/4HANA Cloudへの移行を契機に取り組もうとしている大きな動きです。『本来のあるべき姿に戻す』ということは、従来における日本企業のERP導入・活用のあり方には誤りがあったということです。では、日本のERP導入・活用のあり方のどこに問題があったのでしょうか。また、その問題を正すには、何が必要とされるのでしょうか。それらを1つずつ確認していきます。
ERP導入を目的化しない
企業におけるITシステムの導入では、いつの間にか導入の本来の目的が忘れ去られ、システムを導入すること自体が目的になることがよくあります。それは、日本におけるERP導入においても例外ではなく、「業務の標準化・自動化」「経営の見える化」といった本来の目的が忘れ去られ、ERPの導入自体が目的になるケースが散見されてきました。ERPの導入自体が目的になると、ERPの機能に自社の業務を適合させ、業務の標準化を図ることよりも、自社の業務にERPを適合させるカスタマイズのほうを優先させがちになります。結果として、業務プロセスは従来のままで、標準化や自動化は成しえないばかりか、カスタマイズのコストで導入に要する費用と時間が膨らんでいくことになります。さらに、開発したアドオンモジュールの多くが、組織や人員の変更・異動によって使われなくなるといった無駄が発生する恐れも強まります。
少子高齢化の荒波にさらされている日本の企業では、ERPによる定常業務の効率化・省力化は不可避の取り組みと言え、かつ、変化への即応力や事業のサステナビリティ(持続可能性)を高めるうえでは、業務プロセスの標準化によって属人的な仕事を可能な限り少なくしていくことが必要です。さらに、業務を支えるシステム基盤がしっかりと築けていなければ、デジタルトランスフォーメーション(DX)の取り組みを短サイクルで回していくこともままならないでしょう。
欧米企業ではすでに、「業務の標準化」「経営の見える化」といった本来目的に沿ってERP導入を進めたことで相応の成果を手にしています。もちろん、新興国の成長企業も、ERPによって業務の標準化を図ることを、当然の経営施策として展開しています。
その流れに追いつき、DXという新しい取り組みに挑む基盤を整えるためにも、本来の目的をしっかりと見定めたうえでのDX導入が必要とされます。なお、ジャパンSAPユーザーグループ(JSUG)がまとめた冊子『日本企業のためのERP導入の羅針盤』では、ERPの導入目的を以下のように定めるのが適切としています。
- ERP導入は、企業を進化させるプロジェクトとして位置づける。
- ERP導入を、自社の業務をグローバル標準に合わせるための手段として位置づける。
- ERP導入を、DXを短サイクルで回すための基盤作りとして位置づける。
- ERP導入を、全社業務を俯瞰的に見直す好機とらえる。
- ERP導入を、業務の標準化によるワークシェアリングや組織構造の変化を推進する手段としてとらえる。

ERP導入成功のカギは「製品知識」と「方法論」
日本におけるこれまでのERP導入・活用では、導入のプロセスにも問題があったとされています。その問題は、「(1)何事も決められない。」「(2)(ERP)製品に関する知識が足りていない。」「(3)基準・ものさしが存在しない。」の3点に集約できます。このうち、「何事も決められない。」という事象は、モノゴトを決める人が誰で、意思決定に必要な事柄は何かが明確に定義されていない場合に発生する問題です。
また、導入プロジェクトの推進側に「ERP製品に関する知識が足りていない。」と、標準の業務プロセスとはどのようなもので、それを採用することでいかなるメリットを手にできるかについて、社内にしっかりと説明して同意を得ることが難しくなります。結果として、業務現場の要望をそのまま取り入れたアドオンを開発せざるをえない状況に陥りやすくなります。
さらに、「基準・ものさしが存在しない。」とは、要件を固めたり、投資の是非を決定したりするための判断基準・ものさしがないことを意味します。これが存在しないと、なかなか要件が固められなかったり、声の大きな人の意見によって要件が左右されたりして、プロジェクトの進捗が遅れ、コストが不要に膨らむリスクが高まります。
これらの3つの問題を解決するには、適切な製品理解と導入の方法論によって、意思決定のプロセスを明確化することが必要とされています。また、ERP導入に際しては、以下のポイントを徹底することが、成功の早道であると『日本企業のためのERP導入の羅針盤』では指摘しています。
- 要件を固めるうえでは、業務現場(=ERPのエンドユーザー)のニーズではなく、ビジネスニーズに焦点を当てる。
- 意思決定と導入のスピードは速ければ速いほどよく、その実現のためにクラウドと標準テンプレートの積極活用を図る。
- SAPのERPでできることを理解し、その機能と自社の業務とのギャップは“現場の説得”によって乗り越える。
ERP導入の体制作りは「始める前から始まっている」
ERPの導入・活用は、全社業務のあり方を刷新する取り組みです。それを推進するには強力なリーダーシップが必要とされ、体制作りが大きなカギを握ります。その体制作りで最も重要なポイントは、ERPプロジェクトのオーナーを誰にするかです。あるべき姿を言えば、オーナーは経営層が務め、経営層が全社的な合意を形成して、トップダウンでプロジェクトを推進することとなります。
また、プロジェクトリーダーは、次期経営幹部候補に担当させ、そのうえで、各事業部門に影響力を発揮できる人をプロジェクトに巻き込み、業務プロセスごとのオーナーをアサインし、あるべきプロセスに基づいた要件定義の権限を持たせることが理想です。
このような体制を築くためには、全社業務の可視化とガバナンスの大切さや、IT活用の有効性に対する経営層の理解が大切となります。
そうした理解は、ERP導入時にいきなり深められるわけではありません。それゆえに、ERP導入のあるべき体制が築けるかどうかは、ITによる業務変革の必要性を強く感じている次代を担うリーダーたちや、IT部門のリーダーが、日ごろから啓発活動を展開して、経営層のITリテラシーを高めておくことが重要とされています。
つまり、ERP導入プロジェクトは「始める前から始まっている」ということです。
ERP活用の心構え
かつて、日本におけるERP導入プロジェクトは相当の時間を要する大仕事でした。そのため、導入の担当者は、ERPの導入を終えた時点で全てが完了したような錯覚に陥ることも間々あったと言えます。ただし、当然のことながら、ERPは導入してからが本番です。ERPには効果を出し続けることが求められます。ゆえに、ERP導入を主導したプロジェクトチームは、体制を維持し、ERPに関するROI(投資対効果)をウォッチして、導入効果を高める取り組みを継続して行わなければなりません。
また今日では、ERPが進化するスピードは速いうえに、DXの潮流の中で、IoTやAIなどのデジタルテクノロジーを使ったシステムとの連携が必要とされるケースも増えています。ですので、ERPとその周辺テクノロジーの動向には常にアンテナを張り巡らせ、必要に応じて新技術を取り込むことが必要とされます。
そのためには、導入した業務プロセスごとにオーナーを設定し、各プロセスが目的どおりの効果を上げているかを確認させ、効果が上げられていない場合には、改善の施策をすみやかに講じられるような体制を築いておくことが大切です。
また、『日本企業のためのERP導入の羅針盤』では、ERPに関する委員会を組織しておくことを提唱しています。この委員会は、ERP導入時の目標の進捗と透明性の確保、そして目標達成に責任を持ち、新たな事象に対応していく組織です。
以上、日本のERP導入・活用を巡る従来の課題と、これからのあるべき姿について駆け足で説明してきました。これらは、SAPのERPの導入で先行してきた有力企業が最終的にたどり着いた結論とも言えるものです。ERP導入・活用を考えるうえでの一助としていただければ幸いです。