デジタルトランスフォーメーション(DX)を加速させる戦略的な基幹システム刷新

経済産業省が2018年9月にDX(デジタルトランスフォーメーション)レポート(*1)を発表し、「2025年の崖」に言及してから1年以上の歳月が経過しようとしています。この間、DXに向けた取り組みが日本でも活発化しているようですが、一方で、日本企業のDXの方向性には間違いがあるとの指摘も少なくありません。そこでここでは、ジャパンSAPユーザーグループ(JSUG)が刊行した冊子『日本企業のためのERP導入の羅針盤』を参考にしながら、「2025年の崖」を飛び越え、DXを実現する道筋について改めて考えます。

*1 参考:経済産業省『DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」克服とDXの本格的な展開~2025年の崖

日本のデジタル国際競争力は世界20位以下

日本は世界屈指の経済大国です。加えて、ハードウェア製品の優秀性もあり、長く“ハイテク国家”とも呼ばれてきました。そのためか、日本企業の間では、IT、あるいはデジタルテクノロジーの経営/ビジネスでの活用水準についても世界屈指のレベルにあるという考え方が多く見受けられます。

ところが現実はそうではないようです。

例えば、スイスに本拠を構える世界的なビジネススクール、IMDの「IMD World Competitive Center」が発表した、2019年における世界デジタル競争力ランキング「IMD World Digital Competitiveness Ranking 2019」によれば、日本の順位は世界23位です。1位の米国や2位のシンガポール、3位のスウェーデンのほか、北欧諸国やイギリス、ドイツ、台湾、韓国、中国などの後塵を拝しています。

また、IMD World Competitive Centerでは、各国の国際競争力ランキング「IMD World Competitiveness Ranking」も例年発表し、世界の注目を集めてきました。その2019年版「IMD World Competitiveness Ranking 2019」(*3)における日本の順位は30位。言うまでもなく、デジタル競争力で日本の上位にランクされている前述した国々は、国際競争力のランキングでも日本の上位に位置しています。


*2 「IMD World Digital Competitiveness Ranking」は、世界63カ国を対象にした分析・調査の結果をまとめたランキング。各国が、経済・社会・行政のデジタル変革にどの程度積極的かを、「知見(Knowledge)」「テクノロジー(Technology)」「将来への備え(Future Readiness)」の3つの指標から分析・評価している。「IMD World Digital Competitiveness Ranking 2019」の結果はこちらのページを参照。

IT軽視がもたらしてきたもの

実を言えば、ITの戦略活用で日本は欧米諸国に後れをとっているという指摘は、30年ほど前からありました。ところが、日本の多くの企業が、そうした指摘にあまり関心を示さず、ITの戦略的な活用を推進しようとする企業も、自社のIT部門を戦略部門として位置づけようとするところも少なかったのが現実です。

本稿の序文で触れた経産省のレポート『DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」克服とDXの本格的な展開~2025年の崖』(以下、「DXレポート」と呼ぶ)によれば、日本企業のこのような“IT軽視”の姿勢が、結果的に、ITに対する無駄な投資を膨らませ、かつ、IT予算の8割強を、現業を支えるシステムの維持・運用管理コストに費やさざるをえない状況をかたちづくってきたといいます。

基幹システムの分断と老朽化

IT軽視によって、IT投資が膨らんだり、運用管理コストが高止まりしたりするというのは不思議に感じるかもしれません。ただし、実際に起きてきたことです。

ITを軽視するというのは、ITへの投資金額が少ないことを指しているわけではなく、ITを企業競争力や経営基盤を強化するためのソリューションとは見ずに、単に業務を処理するための道具、あるいは効率化するための道具としてとらえることを意味しています。

ITを単なる業務ツールととらえると、特定業務の固有ニーズに適合したシステムを導入しようとする意識が強くなります。結果として、業務ごと、事業部ごとに異なるシステムが導入され、それぞれのシステムが他のシステムとは連携しない“サイロ”の構造を成すことがよくあります。

ただし、企業の全ての業務は相互につながりを持っています。そのため、大抵は、特定のシステムとシステムのデータを連携させたいというさまざまな業務ニーズが生まれます。これまでは、そうしたニーズが発生するたびに、都度、システムとシステムとを1対1で結ぶインタフェースが作られてきました。結果、システム全体の構造が複雑化してしまい、保守・運用管理が高止まりしてしまうケースが多く見受けられてきたのです。

自社の業務にシステムを適合させようとする動きは、ERPを導入する際にも多く見られてきました。ERPは本来、全社業務の標準化と、業務データの統合化、経営の見える化を実現するソリューションです。ところが、多くの日本企業がそこまでの変革をERPに求めず、自社の業務にERPのパッケージを適合させようと、数多くのアドオンプログラムを開発し、結果的に業務の標準化を実現しないまま、導入・保守に要する費用・工数を増大させてきたのです。

IT軽視の姿勢は、「業務が回っているなら、システムの構造がどうあろうと関係はない」という考え方も生み、それが、20年~30年前に導入されたレガシーシステムをそのまま使い続けることにもつながっています。

レガシーシステムとは、独自性が高く古い技術を使用した旧式のシステムのことです。そうしたシステムを長期にわたって使用し続け、外部のIT企業にアプリケーション開発のすべてを委ねながら、機能の追加・拡張を何度も繰り返していくと、システムが複雑化・肥大化し、トラブルを発生させる確率が高くなります。しかも、システムの中身について、特定のIT企業(の特定の担当者)にしかわからない、あるいは、ユーザー企業の特定の担当者にしかわからない(場合によっては、ユーザー企業の誰にもわらない)といった状況にも陥ります。これにより、保守・運用管理費が高止まりするばかりか、システムの中身を知る担当者が何らかの理由で不在になると、システムの保守・運用管理自体ができなくなるリスクすら高めてきたのです。

DXの取り組みを支え切れない

以上のようなかたちでITの保守・運用管理コストを増大させ、IT予算の8割強を占めるまでに膨らませてしまうと、企業競争力を強化するための戦略的なIT投資に十分な資金が振り向けられなくなります。DXレポートでは、それをDXの推進を大きく阻む一つとして挙げています。

さらに問題なのは、IT部門の金銭的なリソースだけではなく、人的リソースについても、その多くを、現業を支えるシステムの保守・運用管理に振り向けざるをえなくなり、DXをサポートする要員を十分に確保することができなくなることです。

ちなみに、DXレポートの試算によると、レガシーな基幹システムがそのままの状態で放置されていると、2025年には日本の企業で20年以上稼働する基幹システム(レガシーシステム)が全体の30%を占めることになるといいます。結果として、多くの企業が、世界の潮流であるDX競争のスタートラインに立つことができないばかりか、企業のIT予算に占める基幹システムの保守・運用管理コストの割合が9割強に達し、それによって多大な経済的な損失が発生すると予測しています。それがいわゆる『2025年の崖』と呼ばれる問題で、そのような事態に陥らないためにも、IT基盤の刷新を急ぐべきというのが、DXレポートの主張です。

基幹システムの刷新なくしてDXの推進はありえず

IT業界では、企業における現業の業務を支えるシステムのことを「SoR(System of Records)」と呼び、顧客満足度の向上や顧客体験(CX)の高度化に向けた新しいシステムのことを「SoE(System of Engagement)」と呼び、区別されることがあります。

そして、DXの取り組みを支えるシステムはSoEに分類されるのが一般的で、SoRはIT部門の管轄ですが、DXのためのSoEは、必ずしもIT部門が管轄する必要はないという見解も散見されました。

このような見解に従うと、DXのためのシステム開発の予算は、旧来のIT予算に組み入れるべきものではなく、また、DXの取り組みをIT部門がサポートする必要は特段ないという見方もできます。ただし、予算は別枠で確保するべきかもしれませんが、DXの取り組みにはIT部門のサポートが必要不可欠です。

そもそもSoRも、SoEも、企業のシステムであることに変わりはなく、本番システム(アプリケーション)の運用管理は、IT部門が管轄する会社のIT基盤上で行われ、たとえ、SoEの稼働プラットフォームがクラウドであっても、そのアプリケーションの運用管理の責任を持たなければならないのはIT部門となります。しかも、DXの取り組みの中で、AIやIoTを活用して新たなサービスを立ち上げるにせよ、バリューチェーンのスマート化を図るにせよ、SoRとの連携や、SoRのデータの活用が必要とされます。その点でもIT部門の支援が必須になります。

加えて言えば、DXは一過性のプロジェクトではなく、継続的なビジネス変革の取り組みです。DXのシステムは一度開発したらすべてが完了するような仕組みではなく、アイデアをすばやくかたちにして、ローンチし、改善を繰り返してくタイプのシステムです。この取り組みでは、ビジネス担当者とサービス開発の担当者、サービスの運用管理の担当者が一体となって動くことが必要とされ、IT部門が重要な役割を担うことになります。

戦略的ERP投資と基幹システム刷新の効果

以上のように考えていくと、やはりDXレポートが指摘するとおり、保守・運用管理のコストと労力を高止まりさせている基幹システムを刷新し、IT部門の余力を生まないかぎり、DXの推進はままならないという結論に至るはずです。

実際、JSUGの冊子『日本企業のためのERP導入の羅針盤』によれば、戦略性をもった基幹システムの刷新によって、大きな成果を手にしている日本企業もあるといいます。

その一社である食品加工・小売事業者では、経営資源を競争領域に集中させることを目的にした戦略的なERP投資を行っています。同社では、イノベーションとコストリダクションを経営の2本柱に据え、業務のシンプル化と効率化に向けて「SAP S/4HANA」をベースに基幹システムを再構築しました。このとき、経営判断のスピードアップと業務のシンプル化のみにERPの導入目的を絞り込み、アドオンプログラムを従来比で98%削減しました。また、データベースについては一切のカスタマイズを行わず、経営がどうITを使いことなすかに集中したといいます。

また、ある飲料品・小売業者では、DXの取り組みに向けて、30年以上を使用してきたレガシーシステムを刷新し、総額60億円規模のコスト削減と生産・販売プロセスの全体最適化、さらにはグローバル対応などを実現しています。このほか、保険会社6社とIT企業3社が、現物(証明書など)の管理や保険料回収といった共通の業務とシステムを共用化し、運用コストの大幅に削減したという例もあります。

IMDと米国シスコシステムズが共同で設立したDXの研究拠点「Global Center for Digital Business Transformation(DBTセンター)」の調べによると、世界におけるDXの取り組みの90%以上が成功を見ていないといいます。それほど、デジタルテクノロジーによるビジネス変革は困難な取り組みで、そう簡単には成功はつかめないということです。

とはいえ、デジタルテクノロジーによるビジネス変革に成功した企業の破壊力は凄まじく、それはグーグルやアマゾンが世界の産業構造をどう変化させてきたかを見れば明らかです。ゆえに、成功確率が10%未満であっても、DXに取り組む企業が後を絶たないわけです。また、失敗も経験ととらえるならば、海外の企業は、DXで実践経験を積み上げ始めています。その中で1社でも成功する企業が登場すれば、その企業がターゲットにしている産業が大きく揺さぶられることになるはずです。

そうしたDX競争のスタートラインにしっかりと立つためにも、基幹システムの戦略的な刷新を急ぐ必要があるのではないでしょうか。

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