DXのカナメ、IoTデータの分析・活用は誰が担うのか
IoTで収集したデータをどう活用していくかは、世界の潮流である「Industry 4.0」やデジタルトランスフォーメーション(DX)におけるテーマの一つです。ここでは、日本企業におけるIoTの導入・活用の状況を確認しながら、IoTデータの収集・分析・活用を誰が担うべきかという、人・組織にかかわる課題について考察します。

日本のIoT活用は進んでいるのか
IoTは、ドイツ政府が2011年に「Industry 4.0」のコンセプトを打ち出す以前の2009年ごろから存在していた概念です。つまり、IoTが世の中に登場してからすでに10年以上の歳月が経過しているわけです。その歴史の中でIoTの重要性に対する市場での理解が進み、いまやIoTは、Industry 4.0やデジタルトランスフォーメーション(DX)を語るうえで欠かせないキーワードとなり、製造企業を中心に、IoTの導入・活用が世界的に活発化しています。では、日本のIoT導入はどの程度まで進んでいるのでしょうか──。
その一端を示す調査データ(企業に対するアンケート調査結果)が、総務省の『平成30年版情報通信白書』で紹介されています。この調査データは、世界第1位の経済大国である米国やIndustry 4.0の発祥国であるドイツなどの企業と、日本企業のIoT・AIの導入状況(2018年の状況)を比較したものです(図1)。
■プロダクト(*1)に対するIoT・AIの導入状況

■プロセス(*1)に対するIoT・AIの導入状況

図1:諸外国のIoT・AIの導入状況と予定(プロセス・プロダクト別)/単位:%
*1 ここで言う「プロダクト」とは、企業活動の結果生み出される財やサービスそのものを表し、「プロセス」とは企業活動において財・サービスを生み出す際に必要な、企業内部の過程のこと。
出典:総務省「平成30年版情報通信白書~AI・IoT導入状況と予定~」を基に編集部で作成
参考URL:https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h30/html/nd132210.html
図1を見ればお分かりいただけるとおり、2018年におけるAIの導入率は、米国やドイツに比べて低いものの、IoTの導入率については、全体的にドイツよりもやや上で、米国よりもやや下といった状況にあるようです。まとめれば、米国、ドイツ、日本の企業のIoTの導入率に、2018年時点ではそれほどの差は見られていないということです。
ただし、導入予定の企業を含めた比率を見比べますと、2020年以降は、米国企業・ドイツ企業のIoT導入率が、日本企業のそれを大きく上回る可能性が高いことが分かります。
IoTの導入・活用を巡る課題
IoT導入の広がりに、日本と米国やドイツに差が見られるということは、IoT導入を巡る各国企業の課題にも違いがあることが想定されます。そのため、上で示したアンケート調査では、ITの導入・活用を巡る課題についても調べています。このうち、IoTの導入に際して各国企業が課題と感じている点(複数回答)は図2に示すとおりです。ご覧のとおり、各国の企業は、IoTネットワークを第三者に乗っ取られるリスクなど、セキュリティ面での課題を問題視する比率が総じて高いようです。また、そのこと以上に注目すべきは、日本企業の場合、「IoT の導入を先導する組織・人材の不足」を課題と感じる企業の比率(31.8%)が、米国(12.1%)、ドイツ(13.6%)に比べて倍以上高いことです。

図2:IoTの導入に当たって課題に感じること(単位:%/複数回答)
出典:総務省「平成30年版情報通信白書~AI・IoT導入状況と予定~」のデータを基に編集部で作成
同様に、IoT活用を進めていくうえでの課題についても、日本企業は、ITインフラ(通信回線などの基盤)にかかわる課題よりも、「ビジネスモデルの構築」「組織としてのビジョンや戦略の立案」「組織風土」といった、人・組織にかかわる課題を問題視する傾向が、ドイツや米国の企業に比べて強くあるようです(図3)。ちなみに、図3を見ると、「自社のニーズに対応したソリューションや製品・サービス」に対して課題感を抱く日本企業も他の2国に比べて多いようですが、その背景要因として、前出の「IoT の導入を先導する組織・人材の不足」といった問題があるのもかもしれません。

出典:総務省「平成30年版情報通信白書~AI・IoT導入状況と予定~」のデータを基に編集部で作成
いずれにしろ、IoT導入・活用を巡る人と組織の問題は、IoTの活用に向けてシステムを導入するよりも、解決に時間がかかったり、解決が難しかったりする可能性が大きい問題と言えます。少し乱暴な言い方をすれば、システムやテクノロジーにかかわる問題は相応の資金をかければ解決できてしまうものですが、人・組織にかかわる問題はそうではないということです。
例えば、IoTの導入・活用を主導する人材が社内にいない場合、人材を社内で一から育成したり、外部から雇用したりする必要が生じますが、人材の育成には時間がかかり、雇用には、自社の条件やニーズに適合した人材がなかなか見つけられないといったリスクがあります。また、IoTの戦略活用に向けて組織風土を変える必要があるのであれば、それにも相当の時間がかかるでしょう。さらに、IoTの活用によって、ビジネスモデルの構築やビジョン・戦略の立案を適切に行うには、そのための陣容・体制を整えなければならず、それも簡単なことではないと言えます。
とはいえ、こうした人・組織の問題を解決しなければ、IoTの戦略活用は難しくなり、Industry 4.0、あるいはDXの競争に乗り遅れてしまうおそれが強まります。それを避けるには、やはり、IoTの導入・戦略活用の推進体制を整えることが必要になってきます。
IoTのデータ分析・活用は誰が担うのか
IoT導入・戦略活用の推進体制を整えるうえではまず、社内の誰(どの部門)に、IoTによるデータの収集・活用を主導させるかを決めなければなりません。もちろん、それはIoTの導入目的によって異なってくるでしょう。ただし、IoTの導入目的を、DXの実現、ないしはIndustry 4.0への対応といった全社的な戦略に結びつけるのであれば、経営戦略や社内情報システムを統括する部門が、IoTデータの取集・活用に関する戦略・計画策定の主導権を握るのが自然なかたちと言えます。
実際、経済産業省が2019年6月に公表した『2019年版ものづくり白書(ものづくり基盤技術振興基本法第8条に基づく年次報告)』(以下、白書と呼ぶ)によれば、IoTやAIの活用が広がりを見せつつある製造産業では、「データの収集/利活用」の主導権が、製造現場からIT部門や経営者・経営戦略部門へと移り始めたといいます(図4)。

図4:データ収集・利活用の戦略・計画を主導する部門の変化(2016-18年)
出典:経済産業省『2019年版ものづくり白書』(経産省2018年調べ)を基に編集部で作成
https://www.meti.go.jp/report/whitepaper/mono/2019/honbun_pdf/index.html
白書では、こうした変化を「データの利活用が、生産現場内の取り組みから、全社横断的な取り組みへと変化していることの表れ」と指摘し、「収集されたデータが現場のラインの中で閉じることなく、バリューチェーン全体で活用されるには、社内横断部門が主導していくことが重要」と付け加えています。
とはいえ、製造企業における収集データ活用の実施率はそれほど高くなく、かつ、活用の範囲も製造部門内でのプロセス改善に限定される傾向が依然として強いようです。例えば、収集したデータを、顧客とのやり取りやマーケティングの効率化などにつなげている製造企業は全体の3.9%でしかありません(図5)。

図5:収集データの活用状況(2018年)
出典:経済産業省『2019年版ものづくり白書』(経産省2018年調べ)を基に編集部で作成
https://www.meti.go.jp/report/whitepaper/mono/2019/honbun_pdf/index.html
当然のことながら、製造のプロセスをいくら効率化しても、テクノロジーを巧みに使う新興企業によって市場での価格破壊が引きこされたり、製品自体が売れなくなったりすれば、効率化の意味が薄れてしまいます。そのため、白書では、収集データの利活用によって、製品の生産管理や製造工程のみならず、企画・設計・調達・製造・輸送・販売といったエンジニアリングチェーン、サプライチェーン全体の最適化が必要であると訴えています。
実のところ、IoTデバイスで収集されたデータの意味は、そのデバイスの身近で働く現場の担当者の方が最も深く理解できます。例えば、製造現場の生産設備から収集したデータの意味を直感的に理解できるのは製造現場の人です。そのため、IoTを使って製造設備の不良を察知する仕組みを作り上げたり、検品時の不良品を検出するシステムを構築したりして、歩留まり改善などに役立てるのであれば、製造現場がデータ収集・分析、あるいは活用の担い手になるのが最も機能的な体制と言えます。
ただし、特定の業務を担う現場がデータ収集・活用の主導権を握っていると、データの活用が当該業務の部分最適化だけで終わってしまう可能性が高くなります。結果として、データ収集・活用の取り組みがIndustry 4.0やDXで目指すべきバリューチェーン全体の最適化やビジネスモデルの変革、さらには、新たな価値創出につながっていかないおそれが強まります。ゆえに、経営とIT部門が一致協力してIoTを経営にどう活かすかの方針を決めて、現場でのデータ分析・活用をけん引していくことが求められているのです。
そして、組織横断的にデータを分析・活用できるデータ基盤を整えることで、現場では分析のためのレポート作成工数を減らしながら、意思決定・アクションにつながる分析結果を提供することが可能になります。一方、経営企画部門やIT部門、データサイエンティストに対しては、現場が使うのと同じデータ基盤の中で、新たな価値創出やリスク回避につながる組織横断的な高度な分析ができるようにします。こうすることで、経営の効率化や高度化を一段階上げるIoTデータの分析・活用が可能になるのです。
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