SAPのERPで三分法は出来る?出来ない?
SAPのERPを利用したことのない顧客は、三分法での損益計算書や製造原価明細書はシステムで当然に出力されるものだと思っています。しかしながらSAPのERPは三分法と相性がよくありません。それはSAPのコンセプトに起因していますが、顧客認識とシステムとのGAPに適切に応えることができないと、せっかくのERPソリューションも不満の種になってしまいます。 ここではSAPで三分法レポートを作成するための考慮事項について論じていきます。

顧客の認識との乖離
はじめまして、SAP認定パートナーのスターコンサルティング株式会社です。今までSAPのERPを利用したことのない顧客は、三分法での損益計算書や製造原価明細書はシステムで当然に出力されるものだと思っています。
しかしながらSAPのERPは三分法と相性がよくありません。それはSAPが目指しているものから来るコンセプトに起因しています。
その顧客認識とシステムとのGAPに適切に応えることができないと、せっかくのERPソリューションも不満の種になってしまいます。
ここではSAPで三分法レポートを作成するための考慮事項について論じていきます。
経営者の意思決定に資するSAPのERP
SAPのERPは経営者の意思決定支援のためのシステムソリューションです。リアルタイムに現状を捉え、次の手を考え、行動に移す。スピード経営が求められる昨今、決算が終わるまで前月の利益が全く分からないというのは話になりません。SAPのERPは期中で粗利が把握できるよう売上、売上原価、商品の勘定を使って商品売買の記帳を行う「売上原価対立法」を採用・実装しています。例えば、顧客に請求を行うと
「売掛金 xx / 売上 xx」 の仕訳が計上され、
出荷を行うと
「売上原価 xx / 商品 xx」 の仕訳がリアルタイムで計上されます。
それにより、売上と売上原価の差額からリアルタイムで粗利の把握が可能になるのが売上原価対立法の利点です。
三分法での表示要求
しかしながら、金融商品取引法の適用を受ける上場会社が財務諸表(*1)を作成する際に従うべき「財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則」では以下のように定められています。
*1 貸借対照表、損益計算書、株主資本等変動計算書、キャッシュ・フロー計算書など
三分法レポート作成の考慮事項
個別財務諸表では前出の形式で損益計算書を表示することが求められますが、それを実現するために「売上原価対立法」でリアルタイムに仕訳を登録するSAPのERPでは別途以下の金額把握が必要となります。1.期首棚卸高(商品、製品、原材料、半製品、仕掛品、貯蔵品)
2.仕入高(原材料、商品)
3.期末棚卸高(商品、製品、原材料、半製品、仕掛品、貯蔵品)
4.他勘定振替高
5.当期発生分の費用
以下で個別に内容を確認します。
1.期首棚卸高
把握すべき勘定としては商品、製品、原材料、半製品、仕掛品、貯蔵品などがあります。基本的にSAPのERPはそれぞれの勘定残高を持っていますが、リアルタイムのシステムのため、現在の勘定残高は期末残高となります。
ただし、データ構造としてBS勘定は期首残高も保持していますので、勘定毎の期首残高は取得が可能です。
注意すべき点として、SAPのERPでは標準原価を使用することが多いですが、三分法で表示させるべき金額は当然標準原価での評価額ではなく原価差額調整後の実際原価での評価額となります。
同じ商品の勘定であっても、品目の在庫データと連携している自動仕訳用の商品勘定とマニュアル仕訳調整が可能なGL用の商品勘定という形で勘定を分けて運用していることが多いため、原価差額調整分を含め、漏れなく対象勘定を特定することがポイントとなります。
2.仕入高
半製品も原材料として扱うと、原材料仕入と商品仕入が主な検討内容となります。(貯蔵品は各社プロセス定義が異なる可能性が高いのでここでは詳細は割愛します)基本的には当期の購買データから受入、取消、返品、値引、値増など仕入に関する取引データを勘定(商品、原材料)毎に抽出します。
月末に確定する仕入付随費用や受入価格差異など原価差額がある場合はそれらも加味する必要があります。
先に申し上げたとおりSAPのERPでは売上原価対立法を採用しており、「仕入」勘定なるものがありません。そのため、商品勘定の動きの中から仕入に該当する取引(伝票)データを抽出することが必要となり、当該顧客の取引・仕訳の発生パターンなど業務とシステムの動きを押さえている必要があり、単にSAPのERPのシステム設定ができるだけの導入ベンダーではこの定義ができません。ここに難しさの一端があります。
3.期末棚卸高
1.の期首棚卸高と同様の勘定に対して期末棚卸高の把握も必要となります。SAPのERPは期首棚卸高同様、データ構造として期末残高も保持しています。それだけを聞くと該当勘定の期末残高を取得してくればよいのですが、事はそう単純ではありません。リアルタイムで勘定残高を持っているシステムならではの落とし穴もあるのです。
それが実地棚卸の結果計上される棚卸評価損益や、品目単価変更や低価法などで計上される棚卸資産評価損益などです。
SAPのERPでは通常これらの勘定は以下のようにBSの棚卸資産の相手勘定として計上されます。
「商品棚卸評価損 xx / 商品 xx」
簿記の手順上この仕訳は決算整理仕訳の期末棚卸高への振替後に処理されるものです。
話は少し逸れますが私は簿記の勉強をした際、「しいれくりしょう、くりしょうしいれ」という呪文のような言葉を覚えたものです。
これは「仕入 xx / 繰越商品 xx」、「繰越商品 xx / 仕入 xx」 の仕訳のことであり、前者は期首商品棚卸高から仕入への振替、後者は仕入から期末棚卸高への振替仕訳です。こうした決算整理仕訳で仕入勘定に必要な金額を集めることにより初めて商品売買益(売上原価)が確定します。その後で商品評価損などの「商品棚卸評価損 xx / (繰越)商品 xx」 という仕訳を計上するのです。
例えば、期末棚卸高は400で、実地棚卸をした結果、10の減耗を認識したのであれば、リアルタイムの商品勘定残高は390となりますが、三分法での表示は下図のようになります。
つまり期末棚卸高でさえも単純に勘定残高(390)をそのまま表示するだけにはならないのです。(*2)
ちなみに期末棚卸高の金額把握も期首同様、原価差額調整後の実際原価での評価額が前提となります。

*2 棚卸評価損益などは財務諸表上の注記で対応できる可能性もあります。顧客の主幹監査法人に相談してみてください。
4.他勘定振替高
他勘定振替高とは、販売以外の用途に供した棚卸資産の額のことです。例えば仕入れた商品を展示会用として使用した場合、それは売上原価ではなく、販売費として認識、計上されなくてはなりません。
「販売展示会費 xx/ 商品 xx」 といった形で仕訳されます。
しかしこのままだと展示会で利用した分も含めて期末商品棚卸高が減ってしまっており、差額で算出する売上原価が大きくなってしまうので「他勘定振替高」として売上原価から控除する必要があります。
この場合も標準原価を採用している場合、商品を振り替える際の金額は原価差額調整後の金額でなければならないことに注意が必要です。
他勘定振替高をどう認識するかは導入コンサルの手腕もありいくつかの方法が考えられますのでこの場で詳細は割愛させていただきますが、他勘定振替高の認識も三分法レポート表示の1つのポイントとなります。
5.当期発生分の費用
同じSAP社の製品でも製品によってコンセプトに細かい違いがあります。弊社も取り扱っている中堅・中小企業向けクラウドERPソリューション「SAP Business ByDesign®」では、収益に対応する直接原価は全て「繰延売上原価」という仕掛品勘定に一旦計上することが可能です。材料費であれ、経費であれ全て「繰延売上原価」の勘定に計上されます。どの原価(勘定)が計上されたかは「発生源勘定」という情報項目に保持されるだけです。
例えば、外注加工のサプライヤ請求書を受領した際は
「繰延売上原価 xx / 仕入先(AP) xx」 という仕訳が計上され、繰延売上原価勘定の補足情報として「発生源勘定=外注加工費」が仕訳データとして登録されます。
期末に「収益認識」という機能を実行することで費用・収益を対応させる形で以下のように繰延売上原価が発生源に振り替えられるという仕組みです。
「外注加工費 xx / 繰延売上原価 xx」
しかしながら、これは仕掛品管理が容易になるという利点はありますが、該当費用勘定を発生主義で捉えられないという問題もでてきます。
製造原価明細書では当期に製造に掛かった費用は一旦全て認識し、うち当期末で仕掛となっている金額を認識するという表示が求められます。
繰延売上原価勘定のままだと当期の費用認識が分類別に正しくできないため、レポートの作成元データは発生源勘定を基準にする必要がでてきます。
こうした点も製品特性と業務を理解していないと対応ができない大きなポイントとなるのです。
顧客が製造会社であれば、上記で説明したような内容に加え、更に「製造原価明細書」の作成、提示が求められます。
大きな考慮点は同じですが、更に製造原価を材料費、労務費、経費として分類し、仕掛品と併せて当期製品製造原価(=製品売上原価)の算出をしなければなりません。
これにより、導入を担当するベンダーの力量は大変重要になります。
最後に
経営者の迅速な意思決定のサポート行う有用なソリューションであるSAPのERPですが、単にシステム設定ができるというだけのベンダーが導入を行うと、大きな痛手を被ります。三分法レポート表示に当たり前に対応していると思っている顧客からは、それが必要な機能であっても改めて要求としては挙がってこず、Go Liveの延期につながりかねない大きな問題となり得ます。
導入ベンダーを選ぶ際は、製品特性や機能に明るいだけでなく、業務を分かった上でシステム導入を進められる会社を選ばれることを強くお勧めします。
スターコンサルティングは豊富な導入経験と業務知識を持ち、SAPからアワードを授与されているERP導入トップパートナーの1社として、今後も中堅・中小企業の皆様へ貢献していきます。