新型コロナウイルス感染症(以下、コロナ)の流行を境に、働き方の標準的な選択肢となりつつあるリモートワーク。その推進によって無駄のない、高効率な働き方が実現されると言われていますが、一方で、会社組織への従業員の帰属意識や組織としての一体感が薄れていくという懸念もあります。そこで、リモートワークの体制下でも、会社に対する従業員エンゲージメントを維持・向上させるための方策について、SAPジャパンの実践を交えながら考察します。

リモートワークを巡る課題
リモートワーク(ないしは、テレワーク)は、場所を選ばない働き方を意味し、従業員が最も働きやすい場所、あるいは効率的に働ける場所、働くことが可能な場所で仕事をこなすことを指しています。例えば、フルタイムのオフィスワーカーが、フルタイムのリモートワーカー(在宅勤務者)へと移行した場合、通勤時間を仕事やプライベートの時間として自由に使えるようになります。おそらく、日本の場合、多くのビジネスパーソンは会社と自宅との往復に1.5時間から2時間程度は使っているはずです。つまり、年間のワークデイが220日だとすれば、1年間で330時間から440時間もの時間が、リモートワークへの移行で自由に使えるようになるわけです。その一点だけをとらえても、リモートワークという働き方の効率性・合理性がご理解いただけるはずです。
ですので、リモートワークを働き方の選択肢として採用することは、従業員の働きやすさを増し、生産性を高めて、満足度も上げる取り組みと言えます。また、リモートワークの導入は、遠隔地にいる優れた人材や、何らかの理由でフルタイムのオフィスワークができない優秀な人材を組織の戦力として確保できるチャンスを広げることにもつながります。
もっとも、リモートワークの採用でこうした効果を手にするには、IT環境の整備や労務管理・人事制度の改変・整備など、数々の課題を解決しなければなりません。
例えば、今回のコロナ禍の下、多くの企業が緊急事態への対応策として、リモートワーク(在宅勤務)の実施を迫られましたが、会社によるIT環境の整備不足や準備不足から、自宅での作業効率がなかなか高められない人たちも多くいたようです。
また、部下たちの働く姿が管理職者(マネージャー)から見えないリモートワークを推進するうえでは、人事評価の方式をプロセス重視型から成果重視型へと転換させる必要もあります。そうしなければ、リモートワーク中の従業員は何をもって自分の働きぶりが評価されるのかが分からず、それがストレスへとつながっていくからです。マネージャー側も、部下たちの働き方をどのようにしてリードするべきか、あるいはマネージするべきかが見えなくなるはずです。
さらに、リモートワークでは、オンとオフ、あるいは仕事とプライベートとの切り替え・切り分けがなかなかできず、それがストレスや疲労の蓄積につながったり、同僚や上司・部下とのコミュニケーションがうまくとれず、意思疎通に齟齬(そご)が生じたり、運動不足から体調を崩したりなど、オフィスワークではなかったような問題がさまざまに発生することが多いと言えます。
従業員エンゲージメントの重要性
以上に示したリモートワークを巡る課題の多くは、リモートワークという働き方が、自己管理・自己裁量を土台にしたものであることに起因します。ご存知のとおり、リモートワークは基本的に、自らの判断で働く場所、働く時間、働くペース配分、タスク(作業)の優先順位づけ・スケジュールなどをマネージして、自分に課せられたミッションを果たしていく働き方です。
この働き方は、とても自由で、自分の置かれた環境や性格、ライフスタイルにフィットした仕事の進め方が選べる反面、自己管理の仕方を間違えると、例えば、オンとオフの切り替えがうまくできず、“働き過ぎ”を状態化させてしまったり、その逆に、作業の遅延を頻繁に発生させてしまったりするわけです。
このような課題の発生を回避する一手として、マイクロマネジメントの考え方をリモートワークにも適用し、従業員の働き方を時間で細かく管理するという方法も考えられますが、それを採用するのは賢明とは言えません。というのも、そうした管理によってテレワークの自由度が損なわれ、従業員の働く意欲を低下させてしまう可能性があるうえに、従業員の働き方を時間で細かく管理したところで、従業員(テレワークの対象となるようなホワイトカラーの従業員)がより優れた成果を、よりスピーディーに出せるようになる(=つまりは、付加価値生産性を高められるようになる)わけではないからです。
そこで重要になるのが、従業員がリモートでも快適に、ストレスなく働けて、それぞれの能力を最大に発揮できるようにすることです。
そのためには、先ほど述べたIT環境や労務・人事制度を整えることが大切ですが、それ以上に重要になるのは、従業員エンゲージメントを高めることです。
ここで言う従業員エンゲージメントとは、従業員各人が自分の会社や自分の所属組織に対して信頼を寄せ、満足感を抱き、かつ、会社・自組織のビジョン・目標に共感して、その達成に自発的に貢献しようとする意欲を指しています。この意欲が高いと、働く場所や時間とは関係なく、従業員たちは自分の能力を最大限に発揮させながら、自分の会社や所属組織のビジネス目標達成に貢献しようとします。会社や自組織の成功と、自身の成功がほぼ等関係にあるからです。そして、こうした従業員が多い企業は、リモートワークが本来持つ効率性・合理性を最大限に活かすことが可能になるというわけです。
エンゲージメントを高める方策=従業員サーベイ
実のところ、リモートワークが長期化すると、会社に対する従業員のエンゲージメントは低下しがちになります。理由は単純で、会社から物理的に離れたところで仕事をしていると、会社への帰属意識が薄れがちになり、会社がどのような状態・状況にあるのかや会社が自分たちのことをしっかりとケアしてくれているかどうかが、どうしても見えづらくなるためです。もちろん、リモートワーク中であっても、自分の所属する組織(部署・チーム)の同僚・上司(マネージャー)・部下とは、仕事を通じて頻繁にコミュニケーションをとることになるので、相応のつながりは保てるはずです。ですが、他組織を含めて、会社全体のことはかなりとらえにくくなります。そうした中で、会社から従業員に対して、何のアクションも起こさないと、従業員のエンゲージメントを高く保てなくなるおそれが強まるのです。
そうしたリスクを回避する一手が、会社に対する従業員のエンゲージメントレベルを点検するサーベイを定期的に実施することです。
例えば、SAPジャパンでは2020年2月から全社でリモートワーク体制を敷き、少なくとも2020年末までは、リモートワーク体制を維持する方針ですが、その中で、従業員エンゲージメントを維持・向上させるための施策として従業員サーベイを展開しています。
サーベイに使用しているツールは、SAPのグループ会社クアルトリクス社が提供しているエクスペリエンス管理ソリューション「Qualtrics」です。つまり、同ソリューションの従業員エクスペリエンスの調査ツールを用いて、全従業員の悩みや不安、課題を収集・分析・可視化し、それらを解消・解決する施策につなげているわけです。
Qualtricsを使った従業員サーベイは、当記事掲載時点ですでに2020年3月、4月、5月、6月、8月の計5回実施しております。3月サーベイの結果を受けたかたちで、業務プロセスの完全デジタル化に向けたIT環境の強化や社長から社員へ向けたビデオメッセージの配信、さらには、サーベイ結果の公開による悩みの共有化といった施策を展開しました。また、4月サーベイでは自社の業績を心配する声やリモートワークでの疲労を訴える声が多かったことから、そうした声に対応する一手として、業績を確認するための全社オンライン会議を4月から5月にかけて実施したほか、リモートワークにおけるストレス解消のテクニック/手法の紹介や人事系の相談を受け付ける窓口設置などを行っています。また、サーベイに寄せられた会社への全ての質問に漏れなく解答するという施策も講じています。次に6月になると、緊急事態宣言も解除されたことから、社員の関心が「不安・ストレス」から「新しい働き方への模索」に移っていることも分かりました。これを受けて、8月には今後の働き方を考えるためのサーベイを実施し、社員の声を吸い上げています。


このように、従業員サーベイは、従業員のニーズや状態をつぶさにとらえ、それぞれの悩み・課題を解消・解決する適切な施策へとつなげられるという点で、従業員エンゲージメントを維持・向上させるための有効なソリューションと言えます。しかも、従業員サーベイの実施やその結果を受けて実施する取り組みによって、「会社は自分たちを大切に思っている」「自分たちは会社の施策決定に携わっている」という印象を従業員に与えることができます。現にSAPジャパンでは従来のアンケート回答率が50%程度でしたが、3月以降、回を重ねるごとに回答率が高くなり、8月のサーベイでは75%近い社員が回答しています。また、5月のサーベイはグローバル全体で実施したものでしたが、半年前に比べて、日本は従業員エンゲージメント指数が10%もアップしました。これらの結果からも、従業員サーベイは従業員のエンゲージメントを高める要素となりえるのです。
本稿の冒頭でも述べたとおり、コロナ禍が終息したアフターコロナの世界では、リモートワークが働き方の標準的な選択肢になるとされ、従業員によるリモートワークの生産性を最大化することが、会社の競争力向上につながっていくはずです。そのためには、従業員エンゲージメントの維持・向上が不可欠であり、また、従業員エンゲージメントが高いレベルにある会社は、従業員のニーズに従った働き方を採用するだけで、高いパフォーマンスを発揮させる可能性が高いとも言えます。
そうした可能性を追求する意味でも、従業員サーベイを短サイクルで実施し、従業員エンゲージメントを高めていく手法を試してみてはいかがでしょうか。
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