コロナ不況とIT投資

新型コロナウイルス感染症の流行──すなわちコロナ禍は、日本を含む世界の経済にダメージを与え、回復がいつになるかは不透明です。一方で、ビジネスや暮らしのデジタルシフトが進行し、企業はITへの戦略投資を増やさなければならない局面にもあります。こうした中で、IT投資の方針をどう描くべきかについて考えます。

コロナ禍が経済に与えたインパクト

ご承知のとおり、コロナ禍は日本を含む世界の経済に負のインパクトを与えています。まずは、そのインパクトについてざっと見ていきましょう。

世界のGDPは4.5%ダウン

OECD(経済協力開発機構)が2020年9月に公表した世界経済レポート(*1)の暫定予測によれば、コロナ禍の影響により、2020年におけるワールドワイドのGDPは前年比で4.5%ダウンする見込みといいます。

G7を構成する日本(5.8%減)、米国(3.8%減)、ドイツ(5.4%減)、カナダ(5.8%減)、英国(10.1%減)、フランス(9.5%減)、イタリア(10.5%減)は軒並みGDPを減らし、ロシアも7.3%減、高いGDP成長率をキープしてきた中国ですら1.8%増にとどまると見ています。

ちなみに日本政府が発表したGDPの速報値(2020年8月速報)によれば、2020年上半期のGDP(実質)は251兆4,442億円と前年同期比で5.8%減です。特に緊急事態宣言が発出された第2四半期(4月-6月期)の落ち込みが激しく、前年同期比で9.9%減となっています。仮にこのまま推移して実質GDPが5%程度下がれば、経済規模が2019年比で約27兆円縮小する計算になります。

脚注
*1 参考:OECDレポート「OECD Economic Outlook, Interim Report ~ Coronavirus(COVID-19):Living with uncertainty」(2020年9月版)

国内景気は回復基調にあるものの……

一方、日本政府によれば、国内の景気は2020年5月を底に回復の基調にあるといいます。例えば、下図(図1)をご覧ください。

図1:景気動向指数(CI一致指数)の推移(2015年=100)
図1:景気動向指数(CI一致指数)の推移(2015年=100)
資料:内閣府「景気動向指数」(2020年10月26日改定版)を基に編集部で作成

これは内閣府発表の「景気動向指数」(2020年10月26日改定版)を基に作成した「CI一致指数」の推移です。CI一致指数とは、「生産(指数)」「耐久消費財出荷(指数)」「輸出数量(指数)」「有効求人倍率」「商業販売額(対前年同月伸び率)」などを「系列値」として使った指数で、景気の判断材料としてよく使われるものです。

上図のとおり、2020年5月に「71.2」(2015年=100)にまで落ち込んだ指数が、6月、7月、8月の3カ月連続で上昇していることが分かります。

もっとも、8月の「79.2」という数値も決して高いとは言えず、前年同月の「98.4」とは20ポイント近く開きがあります。主だった系列値を見ても前年同月比で以下のような落ち込みを見せています。
  • 有効求人倍率:2019年8月「1.59倍」→2020年8月「1.04倍」
  • 生産指数(2015年=100):同「99.9」→同「88.6」
  • 耐久消費財出荷指数(2015年=100):同「103.8」→同「86.4」
  • 輸出数量指数(2015年=100):同「102.5」→同「90.0」
図1を見ると、コロナ以前の2019年9月ごろから、景気は少しずつ悪化していました。そのさなかにコロナ禍が発生し、景気の悪化に拍車をかけ、2020年8月を迎えたことになります。状況を真正面からとらえれば、およそ1年間、不景気が続いているかたちです。

日本企業の2020年度着地予想は減収減益

また、内閣府・財務省「法人企業景気予測調査結果(令和2年7~9月期調査)」(*2)によると、上記の景気動向指数と同様に、7月、8月、9月と企業の景況判断は上向いているようです。

ただし、2020年度における売上高の見込みは全産業平均で前年度比6.8%の減収、経常利益に至っては同23.2%減です。コロナ禍が企業に与えた負のインパクトはやはり大きく、大多数の企業が、先行きを厳しくとらえているようです。

脚注
*2 参考:内閣府・財務省「法人企業景気予測調査結果(令和2年7~9月期調査)」
有効回答社数:1万1,221社(うち大企業4,006社、中堅2,920社、中小4,295社)

2020年度はソフトウェア、情報機器への投資を重視

上述したような減収減益の見込みは、当然、設備投資の切り詰めにつながります。

実際、前出の「法人企業景気予測調査結果(令和2年7~9月期調査)」によると、ソフトウェア投資を含む設備投資額について、2020年度は全産業平均で前年度比6.8%ダウンが見込まれています。

ただし、そうした「切り詰め」傾向の中でも、「ソフトウェア」や「情報機器」は重要度の高い設備投資と見なされているようです。例えば、大企業では「ソフトウェア」が重要度第1位の設備投資で、「情報機器」が第3位に位置づけられています。

また、中堅企業では「ソフトウェア」と「情報機器」が重要度第1位・2位の設備投資に位置づけられ、中小企業でも「情報機器」「ソフトウェア」が重要度第1位・3位にそれぞれ位置づけられています。背景には、“ウィズコロナ”環境下でのテレワーク環境の整備などがあるようです。

こうした傾向からも推察いただけると考えますが、日本のIT業界はコロナ禍による負のインパクトをそれほど被っていません。

例えば、図2は経産省「特定サービス産業動態統計調査/情報サービス業」(2020年8月分確報)から、システムインテグレーション(SI)業を含むソフトウェア業の売上規模を抜き出し、グラフ化したものです。

ご覧のとおり、2020年第2四半期(4月-6月期)における業界全体の売上規模についても、前年同期からそれほどの落ち込みを見せていません。

図2:ソフトウェア業の売上高推移(単位:100万円)
図2:ソフトウェア業の売上高推移(単位:100万円)
資料:経産省「特定サービス産業動態統計調査/情報サービス業」(2020年8月分確報)を基に編集部で作成

また、同じく経産省がまとめた「特定サービス産業動態統計調査/インターネット付随サービス業(*3)」(2020年8月分確報)の売上高についても、2020年第2四半期(4月-6月期)の売上高は前年同期からそれほど下がっていません(図3)。

しかも、この業界では、2020年4月から8月にかけての5カ月間において、前年同月比でマイナス成長を記録したのは5月の2.6%減のみで、6月は前年同月比1.4%増、7月は同4.4%増、8月は同2.9%増を記録しています。さらに、この3カ月間、SaaS(ASP)業の売上規模は、前年同月比で20%強の伸びを示しています。

脚注
*3 インターネット付随サービス業:"サーバーハウジング/ホスティング、セキュリティサービス、課金・決済代行、サイト運営、ASP(ソフトウェア開発除く)、コンテンツ配信などの業務を展開する事業者を指す。

図3:インターネット付随サービス業の売上高推移(単位:100万円)
図3:インターネット付随サービス業の売上高推移(単位:100万円)
資料:経産省「特定サービス産業動態統計調査/インターネト付随サービス業」(2020年8月分確報)を基に編集部で作成

どうなる?どうする?アフターコロナのIT投資

2019年、デジタルトランスフォーメーション(DX)の潮流やWindows 7のサポート期限の満了もあり、日本のIT業界は比較的好調でした。これを言い換えれば、多くの日本企業が、IT基盤の整備に相応の投資を行っていたことになります。

そうした中で、前述したようにコロナ以前の2019年9月から景気が少しずつ悪化し始めていましたので、2020年の国内IT投資は若干冷え込むのではないかとの見方もありました。ところが、コロナ禍という大規模なパンデミックが発生・長期化し、日本の多くの企業がテレワーク環境の整備や業務のデジタル化を急ぎました。これにより、IT投資は冷え込むどころか、逆に押し上げられたかたちになっています。

では、コロナが終息するであろう2021年以降、企業のIT投資はどういった方向へと進むのでしょうか。

前出のOECDのレポートでは、2021年における日本のGDPの対前年成長率は1.5%程度と予測しています。

2019年の日本のGDP成長率は0.7%でしたので、1.5%の伸びは高い成長率と言えます。とはいえ、2020年における日本のGDPは上半期ですでに5.8%ダウンしています。仮にこのまま推移すれば、2021年に1.5%のGDP成長を達成しても、GDPは2019年の水準には戻らない計算になります。

そう考えれば、2020年にコロナ対策で想定外のIT投資を行った日本企業が、事業利益の確保に向けて、2021年におけるIT投資を切り詰めようと考えても不思議はないと言えます。

ただし一方で、ITへの戦略投資を抑えることで、デジタルテクノロジーによるビジネスの高効率化が進むニューノーマルの時代において、果たして企業競争力を維持できるのか、という問題も頭をもたげてくるはずです。

改めて見直す日本の情報化・デジタル化の現在地

そもそも、日本の生産性は他の先進諸国に比べて非常に低い水準にあるとされてきました。例えば、OECDの統計データで調べると、2018年時点における日本の「労働者1人当たりのGDP」(=各国の労働生産性を測る際の指標の一つ)は「7万6,212ドル」で、米国の「13万520ドル」と約1.7倍の開きがあります。

また、2019年のOECD推計値を見ても、この開きに変化は見られていません(図4)。この図4にあるとおり、2001年時点では、米国労働者1人当たりのGDPは「7万6,009ドル」で、日本(5万3,436ドル)の約1.4倍でした。その差が約20年間でますます広がっていった格好です。

図4:米国 vs. 日本:労働者1人当たりのGDP推移
図4:米国 vs. 日本:労働者1人当たりのGDP推移
資料:OECD Statを基に編集部で作成

このような差が生まれたのは、2001年から2019年にかけて米国のGDPが年間平均成長率2.0%のペースで拡大したのに対して、日本のGDPの年間平均成長率が約0.8%にとどまり、GDPの絶対規模に大きな開きが生じたことに起因します。

そして、日本のGDPが低成長を長く続けたのも、労働者1人当たりのGDPで米国に大きく水を開けられたのも、日本のIT投資(情報化投資)が伸びてこなかったことに深く関係するという見方が一般的です。

実際、総務省がまとめた日本の情報化投資額の推移を見ても、2001年以降、情報化投資額がそれほど大きく伸びていないことが分かります。2018年の投資額(約12兆7,000億円)は、2001年(約10兆6,000億円)の約1.2倍でしかありません。

図5:日本の情報化投資推移額(単位:兆円)
図5:日本の情報化投資推移額(単位:兆円)
資料-1:総務省「令和元年度 ICTの経済分析に関する調査」(2020年3月公表)
資料-2:総務省「令和2年版情報通信白書」

それに対して、2018年における米国の情報化投資額は5,651億300万ドルで、2001年(2,177億400万ドル)の約2.6倍に膨らんでいるといいます(参考:総務省「令和元年度 ICTの経済分析に関する調査/2020年3月公表」)。

また、米国の民間企業設備投資に占める情報化投資の比率は2018年で40.8%に達し、日本の14.8%と大きな開きがあるようです。さらに、GDPに占める情報化投資の比率も米国では2001年の1.7%から2018年は3.2%へと拡大しており、その点でも、日本(2001年2.3%、2018年2.4%)との差を広げています。

情報化投資に対するこうした日米企業の積極性の差が、結果的にGDP成長率や生産性の差につながっているというのが、日本の行政府の見解です。

しかも、先に触れた2019年における日本の「労働者1人当たりのGDP」は、OECD加盟国中27番目の数字で、G7中最下位です。

1991年ごろは、G7各国における「労働者1人当たりのGDP」にそれほど大きな開きはなく、英国よりも日本のほうが上でした。しかし、それからの約20年間でG7各国との差が開き続け、OECD全体の中での順位も、1991年の「17位」から2001年の「20位」、2011年の「24位」へと落ち続け、2019年の27位に至っています。

図6:G7労働者1人あたりのDGP推移(単位:ドル)
図6:G7労働者1人あたりのDGP推移(単位:ドル)
資料:OECD Statのデータに基づき編集部で作成


さらに、フランスの著名なビジネススクールIMDが例年発表し、世界で注目される国際競争力ランキング「IMD World Competitiveness Rankings」(*4)においても、2019年の日本の順位は世界30位と低評価で、2020年はさらに4つ順位を落として34位(アジア・パシフィック9位)に沈んでいます。同じくIMDの世界デジタル競争力ランキング「IMD World Digital Competitiveness」(*5)の順位も、日本は2019年で23位、2020年では27位という結果です。

このような状態の中で、日本はコロナ禍に巻き込まれていきました。結果として、テレワーク環境の整備や一部業務のデジタル化が進みましたが、それは他の先進国の企業が当たり前のように実施してきた施策の後追いとも言えます。そうした国々に生産性の面で追いつき、追い越すには、一層の情報化・デジタル化への投資が必要になると見なすこともできます。

脚注
*4 参考:「IMD World Competitiveness Rankings 2020」
*5 参考:「IMD World Digital Competitiveness」

必要とされるより戦略的なIT投資

もちろん、収支の面で厳しい戦いを強いられ、かつ、世界の経済情勢の先行きが不透明な中でのテクノロジーへの投資ですから、全てが生産性や信頼性の向上、ビジネススピードのアップなど、企業競争力の強化に直結したものでなければなりません。

例えば、何らかの業務システムが老朽化し、更改が必要になったとします。この場合、そのシステムだけを刷新することに経営上のどれほどの効果があるのかを慎重に見定める必要があるでしょう。企業の業務は一つで完結するものはなく、異なる機能を持った業務の連携によって成り立つものだからです。一つの業務を合理化したところで、全体としてのビジネススピードの向上にはつながらず、また、他システムとのデータ連携に多くの手間とコストが費やされる可能性があります。

また、会計・販売・在庫・生産管理といった基幹業務を支える仕組みとして、ERPパッケージソフトウェアの導入を考えるのであれば、カスタマイズを極力避けることが、投資の合理化につながります。ERPパッケージのカスタマイズは、企業固有の業務要件にパッケージを適合させる取り組みですが、カスタマイズモジュールの開発には相当のコストと工数がかかります。その支出に見合うだけのビジネス効果は、ERPパッケージのカスタマイズには期待できないのが通常です。逆に、相当のコストと時間をかけて開発したモジュールが、組織の変更や担当者の配置転換などによって使われなくなるケースも多々あります。さらに、カスタムモジュールを数多く開発してしまったことで、ERPパッケージのバージョンアップに即座に対応できず、結果として、新たなテクノロジーによって基幹業務を変革するタイミングも遅れてしまうことになりかねません。ですので、ERPパッケージの導入時には、パッケージに備わっている標準機能や標準プロセスに自社の業務を適合させ、一切のカスタマイズは行わないという思い切りが大切と言えます。

ERPパッケージによる業務の標準化には、業務から属人性や特殊性を排除し、組織の柔軟性を増すというビジネス効果が期待できます。またもう一つ、ERPパッケージによって業務を標準化することは、基幹業務プロセスをデジタルテクノロジーによって可能な限り自動化し、単純労働の人への負担を最小化することにもつながります。

こうした自動化は、これからのIT投資を考えるうえでもキモになる部分です。

ニューノーマルの時代は、事業の先行きがこれまで以上に見えにくくなるはずです。このような時代では、既存事業を支える業務プロセスを極力自動化して、事業の拡縮に連動した人的リソースの変動を可能な限り小さく抑えることが必要とされます。

また、デジタルテクノロジーによって自動化が可能な業務に、多くの人員を配置することは、そもそも経営資源の無駄使いと見なせます。そして、そうした無駄は、あらゆるモノゴトのデジタルシフトが進行していくニューノーマルの時代では、企業競争力の大きな低下につながる可能性が大きいと言えます。

例えば、人からの問い合わせ対応を自動化する技術として、AI(人工知能)を使ったチャットボットがあることはご存知のはずです。現在、この技術は進化を続け、その応用によって顧客からの問い合わせ対応をかなりの部分まで自動化できるようになっています。そして、チャットボットを使えば、1日に数千件、あるいはそれ以上の顧客からの問い合わせに対応できる可能性が広がっています。

おそらく、人だけでそれだけの数の問い合わせをさばこうとした場合、相当数の人員をアサインしなければならないはずです。もちろん、現時点のAIが顧客への問い合わせに完璧にこたえられるわけではなく、AIだけでは対応できない問い合わせを人にフィードするといった仕組み作りは必要になるでしょう。ただし、それでもAIの活用により、問い合わせ対応に要する人的リソースをかなり小さく抑えられるはずです。使い方によっては、1~2人程度の人員で、1日数百件規模の問い合わせに対応できるカスタマーサービス部門が立ち上げられるかもしれません。

デジタルテクノロジーが進化を続ける今日では、このような自動化が、顧客の発掘などの営業活動やマーケティング、店舗での接客など、あらゆる領域で引き起こされていきます。少なくとも、労働時間の長短によって生み出される付加価値の大小が決まるようなホワイトカラーの単純労働は全て自動化へと向かうはずです。

また、そうした自動化によって、従業員の持つ人としての能力を最大限に活かせる環境作りに成功すると、デジタルトランスフォーメーション(DX)で言うところの「新たな企業価値の創造」「新たなビジネスモデルの創出」に向けて、より多くの人的リソースを振り向けられるようになります。

そのためにも、自社の業務の中で、自動化によって大きなビジネス利益につながる部分はどこかを見定めつつ、デジタルテクノロジーの動向に目を光らせながら、投資の機会をうかがうことが大切と言えます。そして言うまでもなく、人の代替として機能させるデジタルテクノロジーは、可能な限りソフトウェアであること、もっと言えば、サービス(クラウドサービス)であることが大切です。理由はシンプルで、ソフトウェアはいくら働かせても疲労せず、経年劣化も引き起こさないからです。そしてクラウドサービスならば、たとえ自動化に失敗しても、不良資産を抱え込む心配はなく、成功したときにはスケールさせるのも簡単です。変化が常態化している今の時代では、ITというデジタルテクノロジーへの投資は、ソフトウェア、あるいはクラウドサービス以外にあり得ない──。そう割り切ったほうが良いかもしれません。

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