改めて訴えたい!デザインシンキングが役立つ理由

デジタルトランスフォーメーション(DX)の潮流と連動するように注目を集めた「デザインシンキング」。今日ではそのブームが去り、「デザインシンキングは本当に役に立つのか」という声も出てきております。そこで、デザインシンキングを企業が実践する意義について改めてお話しします。

目次

デザインシンキングは役に立つのか?

「デザインシンキング」は、これまでの延長線上にはない新しいアイデアを生むための手法として期待を集めました。ただし、そうした斬新なアイデアが次々と生まれ、新しいビジネスが数多く創出されるほど世の中は甘くはありません。ゆえに、デザインシンキングの取り組みが、時として何も生み出さない会議に見えてしまうことがあり、「デザインシンキングは本当に役に立つのか?」という疑念も広がっているようです。

SAPの実践と経験から言わせていただければ、デザインシンキングは役に立ちます。以下では、なぜそう言い切れるのかについて説明いたします。

SAPでは、デザインシンキングを「課題の発見と解決を反復させながら、解決策をより良くデザインすること」と定義しています。課題の中心にヒトを置き、そのヒトに対する徹底的な観察と理解を通じて課題の発見と解決のアイデアを導き出していきます。

こうしたデザインシンキングの手法が注目を集めた理由の一つは、アップルやUber Technologies、Airbnbといった成功企業、あるいは既成市場のディスラプターたちの間に、ある共通性があったからです。その共通性とは、「誰をどんな状態にしたいか」を起点に製品やサービスをデザインしている点です。

例えば、アップルの製品は、周囲を驚愕させるような超最先端テクノロジーが使われているわけではありませんが、同社の製品や製品に付随するサービスには「人々のライフスタイルをこのように変えたい」「このようにデザインしたい」という意志があります。そのライフスタイルのデザインが生活者の心をとらえ「確かに、そんなふうに暮らせたら素敵かもしれない」という共感を生み、それにテクノロジーの発展が上手く重なり合って爆発的な普及につながったと言えます。言い換えれば、アップルにとってのパーソナルコンピュータやスマートフォンは、叶えたい人々のライフスタイルを実現するための手段にすぎないということです。

また、Uberの配車サービスも、Airbnbの自宅のシェアリングサービスも、既成の市場や業界の慣習のことを考えずに、何をどうすると「ヒトの移動がもっと楽になるのか」「ヒトの旅が快適で、安価になるのか」を考えた末にデザインされたサービスであり、だからこそ彼らはディスラプターとして大きく成功することができたと言えます。

さらに、日本でも「誰をどんな状態にしたいか」を起点に製品やサービスをデザインし、大きな成功を収めている企業が多くあり、なかには経営者が自ら、自社の運営する店舗の店員となり、顧客を徹底的に観察してサービスの革新に活かしてきたというケースもあります。

デザインシンキングの価値は、このようなイノベーターの振る舞い方や思考法・発想法を、学習可能な“型(モデル)”として解き明かしている点にあります。言い換えれば、デザインシンキングを会社組織の中に取り組むことで、
組織の構成メンバーがイノベーターの振る舞い方や思考法・発想法を体得し、自分たちの能力に転換できる可能性が広がるというわけです。

デザインシンキングの使いどころとは?

デザインシンキングは課題の発見と解決のための手法ですが、解決すべきことが明確で、それに対する解決の手段もシンプルなテーマにまでデザインシンキングを適用する必要はありません。デザインシンキングは、例えば、「顧客を幸せにする」といったテーマの設定自体がぼんやりとしていて、その課題の解決によって何を目指すべきかのゴールも曖昧で、かつ、解決手段の選択肢がいくつでも考えられるようなモノゴトの方向性を決めるのに適したアプローチと言えます。より端的に言えば、デザインシンキングは、考慮すべきことが数多くある複雑な課題を解決するのに適したものと言えるでしょう。

またデザインシンキングは、「ヒト」を中心に据えた発想法・思考法であることから、B2Bビジネスにおける課題の発見や解決には不向きと見なされることがあります。

しかし、デザインシンキングで言う「ヒト」とは、必ずしも「消費者(コンシューマー)」だけを指しているわけではなく、ヒトはB2Bビジネスにおける顧客であっても、あるいは従業員であっても構いません。

例えば、業務上の課題は従業員に紐づいています。ゆえに、業務プロセスの改善を目指すときに、担当者の観察から入り、業務の遂行に負の影響を与えている事象、あるいは担当者のストレスの蓄積につながる事象についてさまざまな検討を重ね、改善のアイデアを練り上げていくことで、これまでとは違う改善のアプローチが生み出せる可能性があります。

B2Bビジネスを展開する企業の中には、デザインシンキングのアプローチを活用して、自社の顧客とともにその顧客が提供している完成品のあるべき姿を構想している企業もあります。

あるドイツの素材メーカーは、自社の素材を利用する自動車メーカーとともに、将来のモビリティ世界がどのようになっていくかについて、デザインシンキングのアプローチで構想しています。加えて、そもそもSAPはB2Bビジネスを展開する企業ですが、デザインシンキングを世界中の拠点で推進しています。理由は、SAPのユーザー企業の先にはそれぞれの顧客が存在し、その顧客に企業がどのような価値を提供できるのかを理解したうえで製品の機能などを開発・提供する必要があるからです。

また、この考え方を一歩進めた形で、SAPジャパンでは小松製作所とNTTドコモと共同でLANDLOGを立ち上げました。LANLOGは、デザインシンキングのアプローチによって建設生産プロセスに革命を起こすことを目指しています。LANDLOGの参加企業には、元請けや下請けといった上下の関係性はありません。フラットな関係性の中で、旧来の建設業のあり方を変え、将来の建設業の姿をデザインしようとしています。



デザインシンキングを機能させる要件とは?

以上のとおり、デザインシンキングは企業にとって役立つ手法です。ただし、それを機能させるにはいくつかの要件を満たす必要があります。まず、SAPではデザインシンキングに不可欠な要素として「PEOPLE(人)」「PROCESS(プロセス)」「PLACE(場所)」の3つを位置づけています。このうちPEOPLEとは、多様な専門性を持つ人が集まり、デザインシンキングの対象となるヒトへの深い共感や気づきを得ることを指しています。また、PROCESSとは、デザインシンキングにおけるチームの検討プロセスが明確にあることを指し、PLACEとはデザインシンキングという創造的プロセスに資する物理的な空間を意味しています。

「PEOPLE(人)」「PROCESS(プロセス)」「PLACE(場所)」
さらにもう一つ、デザインシンキングによる成果を手にするうえで大切なことは、参加者の「マインドセット」が創造的プロセスに資するものであるかどうかです。

例えば、特定の領域で一定の経験と知識を持つ人は、その領域に関して専門性を持たない人の意見を否定し、自分の見解によって相手を説き伏せようする意識がどうしても強くなります。ところが、このようなマインドでは、デザインシンキングをいくら重ねてもイノベーティブなアイデアはまず生まれません。特に、他の参加者よりも職位や経験が勝る人の否定は、他の参加者から発想の自由を奪い、創造的プロセスに大きなダメージを与えます。したがって、デザインシンキングの場では、自分が正しいという先入観を捨てて相手の意見に耳を傾け、意見を否定する態度を抑え込み、相手の意見を受け入れたうえで、それをどう発展させるかを考えることが大切です。

また同様に、特定のビジネス領域に関して豊富な経験と知識を持つ方は、デザインシンキングにおける観察の段階において、無意識のうちに固定概念にとらわれがちになります。この固定観念も自由な着想の妨げになるもので、デザインシンキングの場には持ち込まないことが重要です。大切なことは、見慣れた物事においても、常に新しい気づきや視点を得ようとすることで、課題の本質は何かを発見する力を養うことです。またそれこそが、複雑化が進み変化のスピードが速い現代において、求められているビジネスパーソンの能力と言えます。

医療の発達により、ヒトの寿命はますます長くなり、ビジネスパーソンが引退を許される年数も長期化することが目に見えています。その一方で、ビジネスモデルのライフサイクルはどんどん短くなっており、結果としてビジネスパーソンは一生涯のうちに複数のキャリアを渡り歩かなければ生きていけない時代に突入しつつあります。そうした時代を生きる私たち個人にとっても、デザインシンキングのプラクティスを重ね、これまでの固定観念や経験をすべて脇に追いやり、新しいアイデアを生み出す能力を身に付けておく意義は大きいと言えるのです。

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