一体、何が違うのか!?IT化とデジタルトランスフォーメーション(DX)

多くの企業がデジタルトランスフォーメーション(以下、DX)に乗り出し、新型コロナウイルス感染症の流行でDXの流れに一層の拍車がかかっているとされています。一方で、日本の企業がITに費やしてきた資金は決して小さくなく「なぜDXが進んでこなかったのか」「そもそもIT化とDXは何が違うのか」と不思議に思う方も多いようです。では、IT化とDXでは何がどう異なるのでしょうか。その点を考察します。

30年スパンで見た日本の情報化投資

総務省の「令和2年版 情報通信白書」(*1)によれば、日本における民間の情報化投資(*2)は2018年の時点で約12兆7,000億円に達し、民間設備投資の14.8%を占め、設備投資の中で一定の地位を確保しているといいます。その情報化投資の推移を30年スパンの長期で見ると、1980年代後半の経済バブル崩壊の影響から情報化投資が縮小へ向かったものの、1990年代中ごろからのPC、そしてインターネットの急速な普及によって2008年のリーマンショック直前までは堅調に伸びていました。それが、リーマンショック以降は投資が一挙に冷え込み、(東日本大震災の影響もあり)なかなか回復せず、2018年ごろになってようやくリーマンショック直前の水準に戻ったかたちです(図1)。

*1 参考:総務省の「令和2年版 情報通信白書」
*2 情報化投資:情報通信資本財(電子計算機・同付属装置、電気通信機器、ソフトウェア)に対する投資を指す。クラウドサービスの利用は、サービスの購入であり、資本財の購入とは異なるため、ここでの情報化投資に含まれない。

図1:日本の情報化投資の推移(単位:兆円/2011年価格評価)
図1:日本の情報化投資の推移(単位:兆円/2011年価格評価)
資料:総務省「令和2年版 情報通信白書」のデータをもとに編集部で作成

では、日本の情報化投資(ないしは、クラウドサービスなどを含めたICT投資)は、IT大国である米国と比べてどういった水準にあったのでしょうか。

総務省の調べによると、ICT機器などの価格変化を考慮した実質値(2010年価格)で日本と米国のICT投資額の推移を比較した場合、日本は1994年からの20年間で約6兆7,000億円から約16兆7,000億円へと2.5倍程度拡大している一方で、米国では同時期に約1,025億ドルから約6,230億ドルへと6倍程度に増加しているといいます(図2)。結果、日本と米国とのICT投資額には2016年時点で4倍近い開きが出ていたようです。

図2:日本と米国のICT投資の推移
図2:日本と米国のICT投資の推移
資料:総務省「平成30年版情報通信白書」のデータを基に編集部で作成

もっとも、総務省によると、1994年から2016年にかけて、米国と日本では経済規模に大きな開きが出ており、GDPに占めるICT投資額の比率は両国についてそれほど大きな差はなく、2011年ごろまでは日本のほうがやや比率が高かったといいます。

図3:日米のICT投資/GDP比(実質)推移
図3:日米のICT投資/GDP比(実質)推移
資料:総務省「平成30年版情報通信白書」のデータを基に編集部で作成

こうしたデータを見ると、日本は特にICT投資に消極的ではなかったと言えます。ただし、総務省では「平成30年版情報通信白書」の中で、日本のGDPとICT投資額が伸び悩み、米国に大きく水を開けられたこと自体を問題視し、その要因として「ICT資本ストックの付加価値創出効果が弱いため、新たなICT投資に結びつかなかったためと言える」と指摘しています。要するに、日本ではICT投資の質や使われ方に課題があり、投資を付加価値にうまく転換できておらず、それが投資を鈍らせてきたということです。

企業ITが内包してきた問題点

こうした「ICT投資の中身」に関する問題を、企業によるDXを阻害する要因として改善を求めた経済産業省(以下、経産省)のレポートが2018年に公表された「DXレポート~ITシステム『2025年の崖』の克服とDXの本格的な展開~(*3)」です。同レポートによると、日本企業はICT(ないしは、IT)に対して相応額の投資を行ってきたものの、その多く(およそ8割)が既存業務を支えるシステムの維持管理に費やされ、DXなどの戦略的な取り組みに十分な金銭的・人的リソースを振り向けることができずにきたといいます。そうした日本の企業ITの問題点として、DXレポートは主に以下のような事柄を挙げています。

  • 社内の業務システムについて開発を外部に委託してきた結果、自社内システムの開発に関するノウハウが社内に蓄積されてこなかった
  • システムが事業部門ごとに構築され、全社横断的なデータ活用が困難になった
  • システムに対して過剰なカスタマイズが行われ、複雑化・ブラックボックス化した
  • 旧式の技術・アーキテクチャを持ったレガシーシステムが長期にわたり維持され、維持管理費が高額化した
では、そもそもなぜこのような状況が生まれたのでしょうか。

大きな理由として考えられるのは、ITが社内業務の効率化・合理化のための道具と見なされてきたことです。つまり、日本企業にとってのIT化とは業務の効率化・合理化、あるいはオペレーションコストの低減策を意味し、付加価値創出や差異化のドライバーとは認識されていなかったということです。

企業でのIT活用は、1960年代に会計・給与計算・販売管理などの業務にコンピュータが使われ始めたことに端を発しています。以来、管理系の部門として(多くは総務部門の配下に)情報システム部門(電算室)が置かれ、基幹業務やオフィス業務の効率化・合理化を主眼にIT投資が進められてきました。

この投資は事業部門の売上アップに相応の貢献をしたはずですが、バランスシート上ではIT投資の効果は見えず、コストだけが見えます。ゆえに、単純に「IT投資=コスト」という見方が一般化し、業績の上下に応じて予算枠が決められ、収益が減少すれば削減要求が強まるのが通常でした。実際、(前出の図1からも分かるとおり)IT予算は1980年代後半のバブル崩壊、2008年のリーマンショックなどで企業の業績が落ちるたびに削られてきました。また、企業が収益(利益)の維持・拡大を目指す中で、ITコストの削減は情報システム部門のきわめて重要な使命になっていったともいえます。

加えて、管理部門である情報システム部門にとって、サービスを提供する対象は社内の事業部門であり、事業部門がある意味で顧客です。ゆえに、事業部門のニーズを満たすことが第一の優先事項となり、先ほど触れた「システムが事業部門ごとに構築される」「システムに対して過剰なカスタマイズが行われる」といった事象につながっていきました。

このようにカスタマイズや機能拡張が繰り返されるとシステムの構造は複雑化していきます。しかも、事業部門の要求に応じて異なる業務システム間でデータを連携させるインタフェースが都度開発されていき、システムの構造はますます複雑化しました。結果として、システムをドラスティックに変更することが難しくなり、レガシーシステムが長期間にわたって維持され、運用管理コストが高止まりしてしまう状況が多く生まれてきたわけです。

*3 参考:「D X レポート~ITシステム『2025年の崖』の克服とDXの本格的な展開~」

「IT」と「デジタル」

総務省や経産省をはじめとする行政府は、日本の企業IT、ないしはIT化を巡る上述したような状況を日本の国際競争力を停滞させるものと見て、より戦略的にITを活用するよう企業に求めてきました。その取り組みの一環として経産省は、東京証券取引所と共同で「攻めのIT経営銘柄」と呼ばれる銘柄認定の制度を2015年から始動させ、その後継版として2020年からはDXに積極的に取り組む上場企業を「デジタルトランスフォーメーション銘柄(DX銘柄)」として選定する制度を始動させています。

ここで留意すべき点は「攻めのIT経営」の発展形として「DX」が位置づけられていることです。要するに、「ITの戦略活用」と呼ばれてきたことは「DX」とほぼ同義と見てよいということです。

ちなみに、DX銘柄におけるDXの定義は下記のとおりです。

「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること。」

この一文の「データとデジタル技術」を「データとIT」、あるいは「IT」に置き換えると「攻めのIT経営」の定義になります。となると「IT」と「デジタル技術」のどこがどう違うのかという話になりますが、本質的なところで両者に違いはありません。ITとは情報をデジタル化する技術のことで、デジタル化された情報をデータといいます。

ではなぜ、わざわざITではなくデジタル技術という言葉が使われているのでしょうか。

理由を少し乱暴に言えば「言葉に対するイメージ」の違いといえます。ITというと企業の業務システムやオフィスシステム、あるいは、それらのシステムを構成するPCやワークステーション、スマートフォン、サーバー、ネットワーク機器を想起します。ただし、ITという言葉からは、コンピュータ制御の産業用ロボット・産業制御システムや家電、自動車などはイメージされないのが通常で、それらをIT機器と呼ばないのが一般的です。そして、DXでいうところの「デジタル技術」は、これらの機器・製品を含めて、多岐にわたるモノ・コトのデジタル化やコンピュータ制御などを実現する技術を指しています。その技術はITなのですが、ITという言葉を使うとイメージ的に狭い範囲のデジタル化の技術と見られてしまうので「デジタル技術」という言葉を使用しているのが実態と思われます。

しかも最近では、DXというワードが広く認知されたことから、従来はIT化、ないしはシステム化と呼ばれてきたこともデジタル化と呼ばれるようになりました。例えば、RPAを使った業務の効率化や処理の自動化、あるいは申請・承認フローから「紙」「印鑑」を排するペーパーレス化の取り組みは、少し前ならIT化・システム化と呼んでいたと思いますが、今日ではデジタル化と表現されることが多くなっています。

さらに言えば、ITを使った業務の効率化・省力化という、これまで企業が行ってきたIT化と同じことをDX(ないしは、DXの目的)とするケースも散見されています。

IT化とDXの違い

上述した「DX銘柄」の定義からも分かるとおり、DXとは「ビジネス環境の激しい変化」を前提にしたものです。つまり、DXは、自社のビジネスモデルが市場で通用しなくなり、現行業務そのもののドラスティックな見直しが必要になる変化がいつでも起こりうることを前提に「データとデジタル技術(=IT)」を使って自らビジネスモデルの変革や新しい価値創出、あるいは破壊的なイノベーションを仕掛けていく取り組みといえます。ゆえに、ITによる現行業務の効率化・省力化のみをDXととらえるのは間違いといえるでしょう。

ただし、ITによる業務の効率化・省力化が、ビジネスモデルの変革や新しい付加価値の創出などにつながるのであれば、それはDXへのステップとなります。

例えば、前出のDXレポートが問題視した「システムが事業部門ごとに構築される」といったIT化の取り組みは、部門単位での業務の効率化・省力化には有効だったと考えますが、部門を横断した全社データの収集や活用を困難にしたり、事業再編などの組織的な変化に対するシステムの対応を鈍らせたりするものです。ゆえに、DXに向けたステップになるどころか、DXの阻害要因となってきたわけです。

その逆に、すべての事業に共通してかかわる基幹業務についてはプロセスの標準化とデータの統合を推し進め、自動化できるプロセスをすべて自動化しておけば、さまざまな変化に基幹業務とシステムを即応させることが可能になります。つまり、DXを推進するための土台が築かれるわけです。

DXは、自社の製品・サービスを使う顧客が、本当は何がしたいのか、何を求めているかを徹底的に追求し、ITによって自社や自社の製品・サービス・事業を変革する取り組みです。それを推進するには、新しいアイデアを具体化し、始動させる組織や仕組みが必要になりますが、それをしっかりと支える土台を整えることも大切です。それが、変化に強い組織をつくるための“IT化”の取り組みであるということです。

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